藤井敏道氏・セメント協会 生産・環境幹事会幹事長/三菱マテリアル株式会社 常務取締役に聞く[後編]

縁の下の力持ち、セメントの循環型社会への貢献


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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今回ご登場いただくのは、セメント協会 生産・環境委員会委員長代行で生産・環境幹事会幹事長の藤井敏道氏。前編に続き震災直後のセメント業界の対応と復旧状況、さらに今後の業界としての環境・エネルギー問題への取り組みについて聞いた。

火力発電所も資源リサイクルするセメント産業がないと稼働できない

――エネルギー政策や温暖化政策については、業界としてどのようにお考えでしょうか。

藤井敏道氏(以下敬称略):エネルギーにも原子力から火力、水力、地熱等いろいろなものがありますが、エネルギー政策を今後どのように考えていくか早く方向性を示し、ロードマップ作りをできるだけ早くやる必要があります。日本は資源があまりない国ですから、太陽光や地熱の開発など自前で調達できるものについては積極的に利用していくことが必要でしょう。私どもも地熱発電をやっていますし、東北に小規模ですが何カ所か水力発電も持っています。

藤井敏道(ふじいとしみち)氏。セメント協会生産・環境幹事会幹事長。京都大学工学部工業化学科卒業後、1977年4月に三菱鉱業セメント(現在の三菱マテリアル)に入社。セメント事業カンパニー生産管理部長、九州工場・工場長、執行役員セメント事業カンパニー技術統括部長などを経て2010年6月に代表取締役常務取締役・セメント事業カンパニープレジデントに就任、現在に至る。

――今年7月1日から再生可能エネルギーは全量買取制度がスタートしますが、どう考えていますか。

藤井:私どもは方向性についてはいいと思いますが、買取価格について皆が納得できるものにしてほしい。日本は、国際的に産業として勝っていかなくてはなりませんし、国際的に他国と比べて納得のできるような価格でないと、産業の空洞化につながってくると思います。その点で、将来的なエネルギー政策の方向性をきちっと示して対応していくことが必要です。

 廃棄物もある意味では資源です。廃棄物の中に廃プラスティックや木屑があったりします。我々は、廃プラスティックを熱エネルギーを持つ原料として使っています。廃プラスティックなどのマテリアル・リサイクルやケミカル・リサイクルについては広く理解が得られていますが、サーマル(熱)・リサイクルについても資源を大切にするという点から、もう少し理解していただきたい。国も積極的に進める方向で後押ししてほしい。

 もう1つ忘れていけないのは、現在のように原子力問題が出た時に、今後の電力供給を火力発電に頼らなくてはならなくなる。実は火力発電に一番貢献しているのは、セメントです。なぜかというと、火力発電はエネルギー源として石炭を使うからです。石炭を使うと必ず灰が出る。その灰をどう処理するかというと、約800万トンの石炭灰をセメント業界が処理しています。つまり、セメント業界が処理できないと火力発電所を運転したくとも運転できない。昔は、埋め立て地に回すこともしたが、資源の再利用でセメント業界が原料として使っています。セメント業界のことをよくご存じない方は、単にセメントを作っているだけだろうと思うかもしれませんが、セメント1トン作るのに約460キロの廃棄物や副産物を使っています。

――セメント製品の半分は廃棄物利用だとは知りませんでした。

藤井:セメント業界が日本からなくなってしまうと、その廃棄物をどうするのでしょうか。廃棄物を埋め立てると、埋め立て処分場の寿命が5-6年分、短くなってしまうことにもなる。下水汚泥や浄水汚泥、いろいろな国民の生活に密接に関わりあうことをやっていることをご理解いただきたい。

――セメント産業は高効率に資源やエネルギーを利用しているのですね。

藤井:セメント産業では自家発電設備を持っています。1トンのセメントを作るのに110kWh、年間にして60億kWhの電気が必要です。そのうちの約60%が自家発電で賄われています。自家発電でも単に火力発電所をもっているだけでなくて、セメントの焼成炉があり、排熱発電もやっています。また自家発電方法として、いくつかの会社ではバイオマス発電もやっています。セメント産業自体が熱エネルギーを有効利用していて、80%近くの利用効率です。普通の発電所では、だいたい40%程度でしょうから、セメントは高効率にエネルギー利用しています。

――今年の夏の電力対策はどうでしょうか。

藤井:セメントをどう作るかというと、石灰石や廃棄物を一度砕いて粉にして焼いて、クリンカという中間製品をつくり、もう一度粉砕してセメントを作ります。その間炉はずっと回さなくてはならず、粉砕工程では電力の安い夜に回しています。だから思ったよりも昼間の電力使用量は、比率としては少ない。逆に、今回の電力抑制の問題があった時には、たとえば東北地区では、グループ会社で一緒に電力を抑制します、あるセメント工場で余った余剰電力分を別の工場で使うというように。セメント会社自体もいろいろな省エネをやりましたが、逆に電力を供給することも併せてやっており、他のグループ会社を助けることもあります。

――では、今後のエネルギー政策の中で原子力発電についてどう考えていますか。

藤井:資源のない日本では、我々は常に新しいものを目指し、やっていかなくちゃならない。そういう中で原子力発電は、技術的に貴重な効率のよいエネルギーを生み出すものですから、もっと高いレベルを目指しながら安全に使える技術をどんどん蓄積していくべきです。原子力発電なしというのではなく、きちっと安全に使える技術を生み出していくほうがいいのではないか。そういう意味でも、やはり日本はナンバー1でなくてはいけない。ナンバー2では、だめです。ナンバー1を常に目指してナンバー2になったら、何クソと発奮して常にナンバー1を目指していかなくてはならない。原子力についても同じことが言えます。

日本は世界トップのエネルギー効率で貢献を

――セメントというと堤防やダム、コンクリートで固めるものという表の部分しか見えにくいですが、実際には資源リサイクルに大きく貢献していることに認識を新たにしました。

藤井:セメントは、エネルギー多消費産業です。そのため産業の効率化、エネルギー効率からいうと日本を100とすると他国というのは全然レベルが違います。

クリンカ t 当たり エネルギー消費量指数比較(2003年)日本=100
出所:The International Energy Agency (IEA)「Worldwide Trends in Energy Use and Efficiency 2008」より作成

――たしかにずいぶん違いますね。

藤井:国際的にエネルギー効率のいい技術を提供し貢献する。私ども国際会議などでさまざまな技術支援を呼び掛けています。エネルギー効率が他国より優れているのは、日本は地震もありますので、それに対応できるような非常に高品質のセメントを作っています。セメントを作る上でできるだけ資源効率を向上させるために、省エネルギーも積極的に取り組んできた。それで世界的にトップの位置にあるといえるでしょう。

――セメントの国内需要はどのような状況ですか。

藤井:昨年のセメントの国内需要は年間4160万トンでしたが、実は最盛期の半分以下に落ちています。(セメントの国内需要は、バブル経済終盤の1990年度に8628万トンとなりピークを記録)

出所:セメント協会「セメントの需給」 http://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jc5.html

――十数年で大きくグラフが動いていますね。

藤井:これが今の日本の実情です。セメント業界ではこれに対応すべく生産力を落としてきた。しかし、このままどんどん減っていくかというと、そうではないと思います。セメントが安定的に社会基盤のインフラ整備に必要だからです。たとえば先進国では、国民1人当たりセメントは年間300キロから400キロ使われているレベルですが、中国では1人当たり1トン以上使っています。日本も、社会基盤を整備する時にはコンクリートを使いますからぐっと伸びてきたが、ある程度整備できたところで安定状態になった。さまざまな災害対策を含め、若干生産力が戻るかもしれませんが、昔のようなことはないでしょう。しかし、社会インフラの整備だけではなくて、循環型社会を築く上でもセメント産業は必要不可欠です。新興国ではセメント需要が増えているので、日本のセメント産業は海外進出を積極的にやっていくことになると思います。

日本が生き残るのは、やはり技術力。成長のバイタリティを他国から吸い上げる

――これから日本が技術立国としてどうあるべきでしょうか。

藤井:日本は一時期、内弁慶的な閉ざされた社会的なところがあったと思います。やはり世界の中でやっていこうと思ったら世界を知る、グローバルな人間になっていく、チャレンジ精神を持っていることが一番必要です。自分達の実力を理解し、ナンバー1を目指す。これがないと成長戦略はありません。日本は危ないんじゃないかと恐れるのはなく、よそも知ってその中で生き残るのは、やはり技術力しかない。その技術を高めるためにもっと努力していくべきではないかと思います。

――技術開発に加えて、外にどんどん出て行ける人間がやはり日本を強くしていくということでしょうか。

藤井:その通りです。日本人は、これまで成長していく世の中をきちっと見て、肌で感じてきた。昔の日本人がなぜ強かったかというと、いろいろな成長期において様々に努力しながら、すぐにそれが反映されていったからだと思います。今、日本は安定期に入っていますから、成長のためのバイタリティをどこから吸い上げるかというと、国内ではなかなか吸い上げにくいでしょう。世界に出ていき、成長している国で実感してくることが必要です。たとえば中国に行って元気をもらって、日本でまた頑張るというように。これからは、どんどん外に出てモチベーションを高めることが大事です。

【インタビュー後記】
これまでセメントというと、コンクリートが瞬時に連想され、女性の私にはあまり接点がないものように感じていました。しかし、セメントの原料の約半分が廃棄物や副産物を利用したもので、原料も国産の資源を利用したものであることを再認識しました。藤井さんのお話から、持続可能な循環型社会をつくる上でも、縁の下の力持ちとして私たちの暮らしを裏から支えてくれていることを知り、セメントについてもっと知りたいと思いました。機会あればセメント工場もぜひ見学したいです。

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