エネルギーコストが2割も上がるのは国難である

浦野光人氏・経済同友会「低炭素社会づくり委員会」委員長/ニチレイ会長に聞く[前編]


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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「エネルギーコストが2割も上がるのは国難」――。経済同友会「低炭素社会づくり委員会」委員長を務める浦野光人ニチレイ会長は、こう指摘する。原子力発電や再生可能エネルギーなど今後のエネルギー政策や温暖化対策について、また、日本のあるべき姿について率直なご意見を聞いた。

――エネルギー基本計画の見直しについて、国に具体的な動きが出てくると思いますが、まずは短期的な電力需給についてどのようにお考えでしょうか。

浦野光人氏(以下敬称略):現在稼働している原発が定期点検で止まった後に再稼働できるのかという問題もありますが、再稼働を待っている原発については、「どうなるか」ではなく、きちんとした手順を踏んで、速やかに再稼働させていくべきだと思います。一方で、LNG(液化天然ガス)火力の増設など、新しい火力発電所も必要になってくるかもしれません。短期的な電力需給については、やはり原発の再稼働に重点を置く必要があります。

――電源立地の自治体によっては再稼働を認めないところも少なくありません。

浦野:ここはやはり、本当に粘り強くお話していかないといけないでしょう。もちろん、その前にやるべきことがあります。今のストレステスト(耐性評価)についても、その内容をきちんと公開すべきでしょうし、結果がどうなのかについて公表することも大事です。

 福島第一原子力発電所での事故原因についても、事故調査・検証委員会の中間報告は出ましたが、まだきちんと総括できていないと思います。今後、日本が原発から離れたとしても、世界では必ず増えていくわけですから、世界の原発に対しても「フクシマの教訓」をきちんと説明できることが大事でしょう。首長さんを含め、住民の方には納得しないとする方が多いわけですし、政府にも東京電力にも、事故原因を解明して公表する責任があります。今、日本政府も電力会社も信頼を失った状態ですから、海外の、具体的にはIAEA(国際原子力機関)のような組織のチェックを受けるなど、世界が認める形でフクシマの原因をきちんと説明する。そういうことを迅速に行ったうえで、ストレステストの結果を踏まえて再稼働につなげることが、今、一番にやるべきことでしょう。

――原子力発電は、安全性の確保とともに、信頼性の回復も不可欠ということでしょうか。再稼働が必要ということは、産業界にとって原子力発電は必要という判断でしょうか。

浦野:現在動いている原発が全部止まったと仮定したときに、具体的にどんなことが考えられるかと言うと、電力量そのものが不足する事態が起きるでしょう。さらに、短期的に見たとき、火力発電を増やすにしろ、コストが間違いなく上がります。これは、あくまで机上の計算ですが、すべての原発が止まったら、電気料金が2割程度値上がりすることを覚悟しなくてはならないというのが、産業界の一般的な感覚です。業種によりますが、電気代が2割上がって耐えられる企業はそれほど多くはないでしょう。ニチレイの場合は冷蔵倉庫が主要設備で電力に依存するところが大きく、2割上がったら経営に対する影響は甚大です。

――家庭に比べると、産業界に与えるインパクトはかなり大きいと言えますね。

浦野:家庭の場合、電気料金が2割値上がりすると、平均的には、毎月1500円から2000円支出が増えるといった感じだと思います。それでも毎月のことですから、決して小さい額ではないと思います。しかし、企業の場合は利益に直結する問題です。

浦野光人(うらの・みつど)氏。1971年に日本冷蔵㈱(現在のニチレイ)に入社。情報システム部長、取締役経営企画部長、代表取締役社長を経て、2007年6月に代表取締役会長に就任、現在に至る。経済同友会では、「低炭素社会づくり委員会」委員長として温暖化対策に取り組む

原発がすべて止まった場合、関西でどんなことが起きるのか?

――2011年の夏よりも今年の夏の電力需給の方が厳しいという見方も強いですが、どのようにお考えでしょうか。

浦野:その通りです。原発がすべて止まった場合、特に東京よりも関西の方が厳しい状況になると思います。そうなった場合に、関西でどんなことが起こるのかは怖いくらいです。

――関西の企業は不安な気持ちで状況を見守っているのでしょうか。

浦野:そうですね。今、何となく「脱原発で行ける」と思っている方も少なくないかもしれませんが、短期的に見たときに、決してそんな簡単なことではありません。企業は短期間で海外に出ることはできませんし、タイの洪水被害のように、海外に移転したとしても、そこでまた被害にあうこともあります。

 ともかく、すでにストレステストを終えて国に報告書が提出されている原発については、再稼働に向けて早急にきちんと詰めていく必要があります。信頼は心の問題でもあり、物差しで測れるものではありません。最終的にどんなやり方をしていくのか、政府や産業界、学会、そして地元の方々を含めて、みんなが真剣に話し合っていかなくてはなりません。

 タイの洪水被害は必ずしも地球温暖化が原因ではないかもしれませんが、そういう環境側面も含めて考えたときに、発電時に温室効果ガスを出さない原子力発電の持つ可能性は非常に大きいと言えます。

エネルギー源には一長一短。多様な選択肢が欠かせない

――中・長期のエネルギー政策については、どのようにお考えでしょうか。

浦野:エネルギー問題は、安定供給、経済性、環境適合性、それから安全といった4つの要素をクリアする必要があります。個々のエネルギー源には一長一短があり、一つのエネルギー源に頼ることは難しいと思います。そういうなかで、日本にとってのベストミックスがどういうものか、短期と中・長期に分けて考える必要が当然あるわけです。

 中・長期でみたときの技術進歩のあり方をどう想定するのかということによって物事が大きく変わってきます。例えば、再生可能エネルギーは、コストや安定性を考えると、今の技術水準では産業界が使える電源にはなりません。しかし、もし技術進歩の結果、例えば宇宙空間で発電して、地球に送れるような壮大なシステムができるとすれば、これは素晴らしいということになってくる。

――短期と中・長期で分けて考えると、エネルギー問題はずいぶん見え方が違ってくるように思います。

浦野:原子力発電にしても、今は見えていませんが、安全性の考え方が飛躍的に変わるという可能性が将来的にはあるかもしれません。今の時点では、原発そのものの安全が確保されても最終廃棄物の問題は残ります。これは、世界でもまだ解決できてない問題です。

 中・長期のエネルギー政策を語るときに、現在の技術を前提に発想することには大変問題があります。柔軟性を持って「いつでも変えられる」と考えるべきです。将来、どんな技術が出てくるかわからない。だから、今の時点で脱原発と決めつけて行動を起こすべきではありません。例えば、20年待ってもまったく技術が出てこなかったら、そのときには脱原発でもいいかもしれない。一方で、今の技術レベルでメガソーラー計画を各地で本当に進めたら、これは膨大な無駄な投資になります。

――メガソーラー計画の機運が高まっていますが、控えたほうがいいと。

浦野:今のレベルで言えば、そうです。太陽光発電は、1kW時当たりの発電コストが40円前後かかると言われますが、メガソーラーで急激に価格が大きく下がるとは思えません。変換効率の問題もあります。また、メガソーラー施設自体が自然環境に与える影響も指摘されています。日本には砂漠があるわけではありませんから、農地や里山などに設置せざるを得ない。そうすると、自然環境に対する影響も出てくるわけです。

 だから私は、今、何かに決め打ちするのではなく、すべてのエネルギー源の可能性について、本当に少しずつ少しずつ選り分けながら進んで行くことが大事だと思っています。当面は、すべてのエネルギーを組み合わせて使っていくという考えに立ち、少しずつ判断を変えていけばいいのではないでしょうか。今から、50年先のことを「これでやるのだ!」と固定的に考える必要はまったくないわけです。

――2030年、2050年の技術水準が予測できない以上、エネルギー政策にも柔軟性が必要ですね。

浦野:自然環境に与える影響まで含めて考えると、原子力が本当の意味で安全になり、再生可能エネルギー、なかでも太陽光発電がコストも含めてきちんと使えるようになると、エネルギーに関する部分では人類はハッピーでしょうね。

再生可能エネルギーの全量買取制度から企業だけ逃れるわけにはいかない。

――7月1日に施行される再生可能エネルギーの全量買取制度について、どのようにお考えですか。

浦野:全量買取制度には、ある程度の意味はあります。屋根に太陽光パネルを付けたときに、今まで、例えば200万円かかったとします。ほとんど得にはならないけど、自分としては気持ちいいわけです。ところが全量買取制度で、200万円かけてもペイするようになる。そういう意味ではマインドが変わっていくでしょう。しかし、ペイするからと言ってメガソーラーを展開するというように考えていくと、下手をしたら、スペインのような結末を迎えてしまう。私は正直言いまして、今の技術水準で再生可能エネルギーに大きくシフトすることは、ちょっと違うだろうなと思っています。全量買取制度そのものは、法律としてあっていいと思いますが。

――企業にも、再生可能エネルギーの全量買取についてサーチャージが課されます。電力多消費産業に対する軽減措置もありますが、どうお考えですか。

浦野:軽減措置と言っても、国民の納得を得ながらやっていくことは非常に難しいと思います。基本的に全量買取で価格を決めたら、それは等しく配分していくべきでしょう。企業にだけ、減免措置で勘弁するというわけにはいかないでしょう。

――企業側も負担を受けなければいけないと。

浦野:そういう覚悟でなかったら、やっていけないでしょう。再生可能エネルギーを、国民の皆さんがどの側面から見ているかなのです。もし、今は「安全」ということだけで見ているのだとしたら、負の部分もきちんと知る義務があります。メリットとデメリットをきちんと知ったうえで、なおかつ「私は太陽光だ」と言うのであれば、それはそれで議論の始まりになるでしょう。

――それが「自分でエネルギーを選択する」ということですね。メリットとデメリットをきちんと知ったうえで、自分のなかで判断していくということですね。

浦野:エネルギーの地産地消という意味では、コージェネレーションと太陽光発電を組み合わせたら、普通の家庭でしたら、電力会社に頼らなくてもおそらく賄えます。安全が第一だから、それだけお金をかけても自分は頑張りたいというのであれば、それはそれで立派なことです。でも、きちんと知っていただければご理解いただけると思いますが、産業用の電力供給はそれでは難しい。「そういうことも含めてEU(欧州連合)はやっているじゃないか」という話がありますが、EUは国境を接しているなかで、フランスの原子力発電も含めて、網の目の広域電力ネットワークのなかで電気が回っているわけです。それに比べると、日本は一国で電力を賄っていて、EUのような経験がまったくないなかで、にわかに他国との間で広域で電気を融通できるかというと、そうはいかないでしょう。

――つまり、海外の事例をそのまま日本に当てはめるのは難しいということでしょうか。

浦野:そうです。先行事例に学ぶことは大切ですけども、それが日本でどういう意味を持つのか、日本でどう使えるのかということを考えないとダメでしょう。

――島国の日本は特殊な立地ではありますね。東アジアから電気が送れればとも思いますが。

浦野:東アジアよりも、例えば日本にはサハリンあたりが一番近いわけですから、サハリンにガス火力発電所を設置して発電してもらえれば、あそこからだったら、すぐ電気を送れますよね。とはいえ、ロシアとの関係を考えると、なかなか実現は難しいでしょうが。

「欧州と日本では、エネルギー基盤に大きな差がある」と指摘する浦野委員長は語る

日本の成長において、原発問題が停滞するのは国難である

――安全性が高く、安定的なエネルギーの確保は、日本だけでなく世界にとっても大事なことですね。

浦野:化石燃料は埋蔵量の懸念がありますし、持続可能性という部分では常にひやひやしています。今後、世界の人口は確実に80億人以上になると言われるなかで、人類が持続的な発展を求めるのなら、早急に再生可能エネルギーを安定的で低コストのエネルギー源に変えていくのと同時に、原子力発電が最終廃棄物の心配もなく稼働できるようにしていくしかないと思います。だから、原発の問題が本当に国民の皆さんの納得を得られないとしたら、もう国難として対処するしかありません。

――国難ですか。

浦野:そうです。エネルギーコストが2割も上がって、一般市民の方々も企業もそれに耐えていかなくてはいけないわけですから。日本は20年間成長していませんが、今後、成長しようと考えているのだとしたら、原発の問題が停滞することは国難です。

――今の状況を国難だと考えている国民は少ないかもしれません。

浦野:そういう議論をしてないからです。

――むしろ、「原子力が危険だ」という声ばかりが広がっているように感じます。

浦野:どんなリスクも過大評価されることがあります。ただ、今までは原発のリスクを過小評価していたとも言えます。その繰り返しですよね。過小評価しては何か起きて、次に過大評価して、何も進まなくなってしまう。ですから、そこの見極めが少なくとも政治レベルでは急がれることです。

――結局、決断するのは政治ということになりますね。

浦野:話が飛躍しますが、例えば、ここ10年の米国のテロ対策についても同じことが言えるのではないでしょうか。テロを過小評価していたら9.11(米国同時多発テロ)が起きた。その後、米国は予防的な措置と先制攻撃が必要だとしてイラク戦争に踏み切った。それで本当にテロが根絶できたかというと、テロを根絶できなかった。この間に使った戦費は膨大ですし、世界経済をおかしくした要因になったのではないか。そう考えると、本当にリーダーの決断は難しい。米国が9.11以降、テロの脅威を過大評価したことは間違いないでしょう。しかし、あそこで対策を何もやらなかったら、同じようなテロがまた起こったかもしれない。本当にわかりません。

 ただし、間違いなく言えるのは、我々の持っている資源は有限だということです。だから、エネルギー対策についても、日本が完全に脱原発でいったときに、将来の可能性を含めて、日本の持っているいろいろな意味での資源がどれだけ失われるかを十分に考える必要がある。言ってみれば、「安全」というものをどれだけのコストで買うのか、その取引です。そのトータルコストについて、きちんと議論されていないのです。

(後編に続く)

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