浜岡原子力発電所の不祥事から考えること
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「日本原子力学会誌 Vol.68,No.6(2026)」より転載)
中部電力の浜岡原子力発電所の原子力規制庁の審査において,地震動に関する中部電力の不正が報じられた。読売新聞は次のように伝えている。「1月7日の会合では,規制委事務局の原子力規制庁担当者から,中部電力が耐震設計の目安となる最大の揺れを示す基準地震動を決める際に,都合のよいデータを抜き出すなどしていた不正があったと報告された。委員からは「研究不正に例えれば捏造や改ざんに当たる事案。非常に大きな失望を感じた」,「確かな情報を得るまで審査の再開は不可能」と厳しい声が聞こえた」。
なぜ,こんなことが起こるのだろうか。企業経営の視点から不祥事の問題を考えてみたい。また,電力需要の増加が予想される中で浜岡の審査と再稼働の遅れは,日本の経済のみならず。働く人の給与にも影響を与える問題にもなるのだが,その理由も説明したい。
不祥事はなぜ起きる
経営の神様とも呼ばれたピーター・ドラッカーの著書には,「企業の目的は生き残ること」との言葉が登場する。企業が継続しないとステークホルダーと呼ばれる企業の利害関係者,株主,従業員,取引先,顧客,地域社会の人など多くの関係者に迷惑を掛けるからだ。
企業は生き残るために収益を上げる。しかし,儲けるために何をやってもよいわけではない。法令順守は当然として,ステークホルダーあるいは社会に適切に対応することも企業の存続には重要だ。例えば,従業員が働く環境,待遇に問題があれば,雇用を維持できず企業の存続に問題が生じる。要は,利益を上げるためには考慮すべきことが多くあるということだ。
私は教員になる前に,総合商社で海外の石炭資源開発事業に従事した後,環境部門に移動しインド,東南アジア,南米,ウクライナなど海外での温室効果ガス削減プロジェクトに携わった。削減分を排出権として日本の京都議定書の目標達成に利用する事業だった。加えて,グループ企業内の環境問題にも携わった。周辺からは,石炭事業で二酸化炭素を排出していた罪滅ぼしかと揶揄された。
総合商社の中にはいろいろな部門があり,中には海外での仕事を取るために法令順守の中ではあるものの,かなり無理なことをしているのではという部署もあったが,私が属していた資源エネルギー部門では法に反することはご法度だった。その後の環境に携わる仕事は管理部門内だったので,法令順守は当たり前のことだった。私は米国でも勤務したが,米国では不透明な資金の使途は厳しく追及されるのが常だ。違法行為には,厳しい刑事罰が課せられる。
2000年代には,ドイツ・シーメンスとその子会社が,南米,中国などの公務員に支払った 8億ドルについて,米国の海外腐敗行為防止法違反として訴えられ,米司法省と約 5億ドルの司法取引,証券取引委員会とは違法収益 3億5,000万ドルの返還で和解した事件もあった。シーメンスは社内体制を全面的に刷新することになった。
筆者が 20代の担当の時に,アフリカのある国から製鉄所を建設するのでコークス製造用に原料炭を購入したいとの話があり,出張した。若い担当にもかかわらず,相手国政府の上層部との面談が可能になった。面談時に話があったのは,購入代金の何パーセントもらえるのかという話だけだった。要はこの金額を伝えるために若手担当とでも面談する気になったのだろう。上司に相談したところ,すぐに交渉を打ち切れとの指示を受けた。法に触れる話が出た時点でビジネスの可能性はなくなった。
しかし,この種の危ない話でも,なんとか対応しようと努める部署もあるのではと思う。なぜ,同じ社内で異なる風土が醸成されるかと言えば,総合商社の特徴として部門を超える人事異動はほとんどなく,同じ部門で仕事を続ける人が多いためだろう。そのため,部門ごとに「風土」が形成され引き継がれる。この弊害をなくするため部門を超えた異動もあるが,いまでも異動はそれほど多くはないのではと思う。
電力会社の原子力部門も他部署との交流が少ないと理解している。専門的な知識が必要だから交流が少ないとされるが,良い風土も悪い風土も維持されることがあるのではないか。むろん不祥事に手を染めるかどうかは,個人的な判断基準も大きいが,仮に複数人が係わっていたとすれば,「風土」も考えざるを得ないだろう。
個人が,最終的に会社の利益増につながるので会社のためと思い,社会的には許されない行為を行うこともあるだろう。しかし,個人差もある。一般論だが,会社のためであれば多少の違反に目をつぶる人は,上司の評価を気にすることが多いと言われている。企業人であれば上司の評価が気になるのは当たり前なのだが,まわりの評価よりも上司の評価を重視しすぎるのは良くないのだろう。
企業時代に利益とモラルの問題で経営者から気付かさたことがある。温暖化問題で排出権の獲得事業に従事していた時,出社したら机に「社長が呼んでいます」とメモがあった。何事かと社長室に出向くと,社長から,「海外で自社が取り組んだ事業で温室効果ガスを削減した上で排出権を獲得し日本の製造業の方に利用いただくのは良いが,単に排出権を仕入れてきて転売する事業はダメだ。それは正しい事業ではない」と念を押された。入社後初めて儲けてはいけないと言われたが,住友の家訓「確実を旨とし浮利にはしらず」,すなわち「目先の利益だけを追っては信用を失うことがある」を経営者は守っていた。企業は単に利益をあげるだけでは維持できないのだ。
筆者の狭い範囲の経験から見た不祥事を防ぐ方法は次のようになる。人事異動を通し組織内で異質な風土が醸成されることを防ぐ,人事評価の多様化を図る,経営者が利益だけでなくモラルも重視することを組織内で伝える。これだけで十分なはずもないが,少しは役立つかもしれない。
浜岡の再稼働は給与にも影響を与える
給与が上がっても,それ以上に物価が上がる状況が続いている。民間企業で働く人の平均給与は,24年に27年ぶりに過去最高額を更新したが,「生活が苦しい」とする国民の比率は約 6割で前年から変化はなかった。(図1)
日本人の実質給与は上がっていないが,これは世界の中では極めて例外だ。日本とイタリアだけで給与上昇がみられないが,(図2)が2000年から25年間の主要国の給与上昇を示している。日本とイタリアだけで給与上昇が見られないが、他の国では上昇し生活が豊かになっている。新興国を含む世界 32 か国の調査でも,生活にゆとりがあると答えた世帯の比率では日本が最低になっている。(図3)
なぜ日本の平均給与は上昇しなかったのだろうか。1人あたり付加価値額で表される生産性の向上がバブル経済以降止まったことが理由だ。人件費を含む付加価値額が伸びなければ,給与は伸びない。生産性の伸びを支える従業員 1人あたりの設備を利用しているかを示す指標,労働装備率もバブル経済崩壊後全く伸びなくなっている。(図4)
中長期的な給与の上昇には生産性の伸びが必須だ。生産性が伸びない限り給与の上昇はやがて行き詰る。失われた 30 年と呼ばれる日本経済の問題は生産性が頭打ちになったことだが,その背景にはエネルギー多消費型製造業に代表される高生産性の産業から観光業,介護などの自動化による生産性の向上が難しい,必ずしも生産性が高くない産業への産業部門の構造変化があったことも見逃せない。(図5)
給与増に必要なことは生産性の上昇だ。失われた 30 年と呼ばれる期間伸びなかった生産性をどうすれば伸ばせるのだろうか。大きなカギを握るのは,生成 AI の活用だろう。利用が拡大すれば多くの分野で生産性の向上に寄与することが期待できる。日本は,先進国の中では AI の利用に遅れており,AI を支えるデータセンターの数は世界 10 位(表1)。世界のデータセンターの設備容量のシェアーは米国が45%、中国が25%を持つ。日本は2.3%程度のシェアと見られる。(図6)
米中と競い AI の利用を進めるためにはデータセンターの増設が必要だが,そのためには安定的な電力供給が条件になる。第7次エネルギー基本計画において波を打ちながら減少していた電力需要が,増加に転じると見込まれたのも電化の進展とデータセンターの増設が想定されたからだろう。
電力広域的運営推進機関の予測では,2040 年に 3,300 万 kWの原子力発電の設備容量を前提にしても発電設備は不足する。(表2)
浜岡の再稼働が遅れる事態となれば,当然データセンターの新設にも影響が生じ,結果として生産性の改善も遅れる。2035 年にかけ中部地域では電力需要増が予想されている。(図7)
浜岡の再稼働が経済にとり重要な課題である以上,原子力規制庁も早期の審査の再開を考えるべきではないか。事業者の問題が発端であるにせよ,問題の究明,再発防止策と並行して安全性の確認作業を進める必要がある。給与が上昇せず,生活が苦しい国民が増えるのは誰も望んでいない。
日本経済の成長と国民生活の改善は正念場なのだ。
(2026年3月1日 記)














