林野火災対策としての森林のあり方
玉井 幸治
森林総合研究所 主任研究員
1970年代以降の日本における林野火災の発生件数と焼損面積は減少傾向にありました(図1)。しかし2004~2024年の21年間で19件しか発生しなかった150ha以上を焼損した林野火災は、2025年には5件、2026年には6件も発生し(表1)、例年に比べて明らかに多かったと言えます。
1.どうして火事になったの?
日本における林野火災の多くは、たき火や火入れなど、人に由来する火が原因です。年間で約1,000件前後発生する日本での林野火災のうち自然発火が原因と判断されているのは例年せいぜい10件程度であり、主に落雷によると言われています。
また「強い風によって樹木の枝葉が擦れ、摩擦熱によって燃え始める」ということは、考えられません。最近、博物館などで「縄文時代の生活を体験する」といった企画などで、木の摩擦熱による火起こしを体験できる機会があります。そこでは写真1のような道具を使って木の棒と板を高速で擦りあわせ、ようやく火を起こすことができます。樹木の枝葉がこの道具のように激しく擦れたら、火が起こる前に折れたり裂けたりするでしょう。
2.大規模になったのはなぜ
一般に林野火災は、林内の地面に溜まっている落ち葉や枯れ枝が燃える「地表火」から始まります。風が強かったり、傾斜が急であったりすると火の勢いが強くなって炎が大きくなり、木の幹が燃える「樹幹火」や生きた葉で構成されている樹冠が燃える「樹冠火」に拡大する危険性が高くなります。
燃えにくい落ち葉や枯れ枝は、雨水によって充分に湿っています。しかし雨の降らない日が続くと落ち葉や枯れ枝は次第に乾燥していき、やがて燃えやすい状態になります。林内が明るい森林では落ち葉や枯れ枝は早く乾燥し、暗い森林ではゆっくりと乾燥します(図2)。森林に降り注ぐ太陽エネルギーのうち、樹冠を通り抜けて林内の地面に達するエネルギー量の割合を「相対日射率」といいます。新緑が出る前の落葉樹林や苗木を植えたばかりの新植林は「相対日射率」の高い森林で、雨の降らない日が2~3日も続けば落ち葉や枯れ枝は燃えやすくなります。一方で植えてから40年以上経過しているスギ林は「相対日射率」の低い森林で、雨の降らない日が40日以上続いてようやく燃えやすくなります(図3)。森林が成長して樹冠を構成する葉量が増えていくと「相対日射率」は低下していきます。すると落ち葉や枯れ枝が燃えにくい状態である日数が増えていき、次第に燃えにくい森林になります。
2025年と2026年それぞれの1~2月には、東北から九州にかけての太平洋側や瀬戸内地域で非常に降水量の少ない日が続きました。そのため「相対日射率」の低い森林の落ち葉や枯れ枝までも乾燥し、ほとんど全ての森林で落ち葉や枯れ枝が燃えやすい状態になっていたので、150ha以上の森林が焼損するような大規模な林野火災が2025年と2026年の春には表1のように多発したのでしょう。
3.森林火災対策としての森林のあり方
林内の落ち葉や枯れ枝が燃えにくい状態にある日数がより多い森林、すなわち「相対日射率」のより低い森林ほど、林野火災がより発生しにくい森林です。そのため充分に生長して「相対日射率」が低くなっている状態の森林が、森林火災対策としての森林のあり方であると考えます。
大規模な林野火災が毎年のように発生している米国西海岸地域や地中海沿岸地域では、事前に林内の落ち葉や枯れ枝を焼却しておき、火の勢いが強くならないような対策を実施している場合があります。日本で同様な対策を実施するには、落ち葉や枯れ枝を減らす目標量を明確にするなど、充分に検討を行う必要があるでしょう。米国西海岸地域や地中海沿岸地域と日本では気象環境が異なり、そのため森林の状態も大きく異なっているためです。米国西海岸地域のロサンゼルス市、地中海沿岸地域のアテネ市、そして日本で最も林野火災が頻発している地域の一つである瀬戸内沿岸地域の岡山市での月平均気温と平均月降水量を、図4で比べてみましょう。ロサンゼルス市やアテネ市は、岡山市に比べて降水量の少ない気象環境にあります。さらに岡山市では雨が冬に少なくて夏に多いのに対し、ロサンゼルス市やアテネ市では冬よりも夏の方で雨が少なくなっています。そのため本来なら植物の生長が盛んであるはずの夏に、光合成に必要な水分が足りなくて植物が充分に生長することができないと思われます。ロサンゼルス市やアテネ市周辺では森林の生長が遅いので、森林が生長する過程において「相対日射率」が高い状態が長く続くため、燃えやすい森林が多いと考えられます。一方で温暖湿潤な気象環境にある日本では一般的に森林の生長が早く、比較的短い年月(とはいっても、20年程度を要しますが)で、 「相対日射率」が充分に低くて燃えにくい森林になります。そのため日本には、米国西海岸地域や地中海沿岸地域よりも燃えにくい森林が多いと考えられます。さらに落ち葉や枯れ枝は、森林樹木にとっては栄養源でもあります。落ち葉や枯れ枝を過剰に減らしてしまうと栄養分の不足で森林の生長が遅くなり、かえって林野火災が発生しやすい森林が増える危険性もあります。日本では温暖湿潤な気候に起因する森林の生長力を活用するのが、まずは得策と考えます。
風化カコウ岩に由来する「マサ土」は乾燥しやすい特徴を持った土壌であるため、スギやヒノキの速やかな生長を期待することはできません。そのため林野火災跡地の土壌がマサ土である場合には、乾燥に強くてマサ土での成長も比較的に期待できるカシ類、シイ類、タブノキ、ヤマモモなどを植樹することがあります。愛知県の瀬戸市周辺から瀬戸内沿岸にかけての地域が該当します。逆に岩手県などの寒い地域では、カシ類、シイ類、タブノキ、ヤマモモなどの速やかな生長を期待することはできません。
4.おわりに(森林の多様な公益的機能との連携)
充分に生長した森林ほど「相対日射率」が低くて落ち葉や枯れ枝が乾燥しにくく、火災が発生しにくい森林です。それに対して樹木を伐採した後の森林は、たとえ速やかに植林した場合でも、「相対日射率」が高くて落ち葉や枯れ枝が乾燥しやすい状態になります。その期間は、比較的生長の早いスギ林やヒノキ林でも植栽から20年程度が目安です。
林野火災対策に限定して考えれば、「森林を伐採しないほうが得策」という考えを思いつくことがあるかもしれません。しかし森林は多様な公益的機能を有しています。その中には樹木の伐採を必要とする機能も多くあります。例えば木材を生産するためには、樹木の伐採は欠かせません。また大気中の二酸化炭素を吸収して地球温暖化を緩和する森林の機能を高めるためには、定期的な樹木の伐採が望まれます。日本の林野火災の多くは、人に由来する火を原因としています。林野火災注意報や林野火災警報の発令時には屋外での火の取り扱いに注意して林野火災の発生を防ぎつつ、森林の多様な公益機能にも配慮した森林管理を行うのが適切と考えます。













