米国エネルギー省「石炭から原子力へ」政策を加速
前田 一郎
環境政策アナリスト
米国エネルギー省(以下DOE)はバイデン政権の脱炭素戦略の一環と位置づけて新型原子炉の活用を図ろうとしている。今年4月1日DOE原子力局は老朽石炭火力から新型原子炉へ転換させるための地元関係者向けのガイドブックを発表した。このガイドブックは石炭火力の原子力への転換が地元雇用を増加させ、より高収入の賃金を提供し、結果、地元自治体の収入を増大させ、地元経済活動を活性化させることができるなどとした、アルゴンヌ、アイダホ、オークリッジ各国立研究所の報告書をベースとする研究結果を盛り込んでいる。
これら研究所は同様の研究としては最初に2022年にレポートを発表し、現状で157の廃止石炭火力、237の運転中石炭火力サイトを調査してそのうち80%が新型原子力炉へ転用するのによいサイトであるとした。また、既存のインフラを再利用することで石炭火力の送電線・主変電所、冷却施設、道路・オフィスビルディングなどの活用によりサイトにもよるが15%~35%のコストを削減できると分析した。次に2023年上記レポートをベースにしてDOEは石炭火力から新型原子炉に転換することで最大100GWから2050年には最大300GWにスケールアップが可能できるとの見通しを示している。さらに今年のガイドブックではDOEは2035年までに30%の石炭火力は廃止され、そのうち300以上のサイトは新型原子炉の設置に適しているとして、さらに既存のインフラを利用することで新型原子炉の建設費を35%のコスト削減できるとこれまでの見通しを確認し、または新たにした。
こうした見通しに呼応して、すでにいくつかの電力会社が石炭火力から新型原子炉への転換の検討を開始している。例えば昨年8月デュークエナジー社はノースカロライナ州の1974運転開始したべリューズクリーク石炭火力サイトを新型原子炉転換の候補地として挙げている。同時にデュークエナジー社は同サイトにおいて早期サイト許可申請を行う旨原子力規制委員会(NRC)に対して通知している。実際の申請は2025年8月までには行うとしており、それが承認されれば2035年には同サイトにおいて新型原子炉を運転開始させる計画である。またビル・ゲイツ氏が設立したテラパワー社はワイオミング州でパシフィコープ社と協力して同社の閉鎖予定の石炭火力発電所サイトにナトリウム冷却高速炉実証炉2基を建設しようとしており、2030年の完成を目標として同実証炉の建設許可を今年3月NRCに提出した。
また全米規制公益事業委員会協会(NARUC)もレポート(Coal to Nuclear Repowering)をこの4月に発表して石炭火力から新型炉への転換の意義を解説している。とくに強調している点は環境問題であり、CO2に加えて窒素酸化物、水銀、粒子状物質などの放出を大幅に削減することで地元住民の環境・公衆衛生に寄与すると述べている。一方でその課題もいくつか指摘している。第一点目はコストである。新型炉初号機建設費はkW当たり6,000~10,000ドルと見積もられ、風力、太陽光、天然ガスに対して競争力はない。量産効果で得られるコストダウンは標準化、安定したサプライチェーンの開発に依存しなければならない。したがってインフレ抑制法に盛り込まれた税制上の優遇策、融資保証、売電契約などのインセンティブが必要となると指摘している。第二は新型原子炉への転換のタイムラインである。石炭火力を閉鎖してから新型炉建設開始のためには土地の汚染修復のためにサイトごとに状況は異なるが、8年から10年かかるとみる分析もあることに注目している。第三がパブリックアクセプタンスである。原子力の安全性一般に加え、使用済燃料貯蔵、石炭火力への閉鎖反対などである。加えて石炭から新型原子炉への転換のプロセスがどのようなもになるかについても地元住民への情報開示が必要とされている。第四は石炭から新型炉になることによる出力増強にかかわる許認可申請手続きが連邦レベル・州レベルにおいてさまざまな負担となる。たとえばメリーランド州の調査では全部で11の連邦・州レベルの許認可が必要となる。これらをいかに合理的に行うかが課題となる。第五は使用済燃料である。使用済燃料貯蔵については地元には説明が必要となる。石炭火力が残置する石炭灰のほうが圧倒的なボリュームではあるが、地元自治体への説明としては現状では使用済燃料中間貯蔵場所の用意も必要となる。
加えて、同レポートが指摘するのは、州のエネルギー関係機関と州公益事業委員会が石炭から新型原子炉への転換に関する政策決定者として、重要になるので電力会社はこれら関連機関と緊密な調整を必要とするという点である。州のエネルギー機関は経済的利益、環境保護、雇用などが重要な観点となる。州公益事業委員会にはプロジェクトの安全性、信頼性、売電料金設定などが重要な関心となる。そこで多くの場合、電力会社は統合型資源計画を作成することとしている。将来の需要想定、需給両面のリソースミックスなどを前提として新型原子炉を盛り込むことが脱炭素戦略への取り組みといかに合致するかを示す必要がある。上記のノースカロライナ州のデュークエナジー社のケースも新型原子炉をべリューズクリーク石炭火力サイトに建設することがどれだけ適しているか、脱炭素戦略の達成に寄与するかを早期サイト許可申請で示すことにしている。
上記のように課題も少なくないが、地元自治体、州エネルギー政策関係者も関心を持ち始めており、実際の動きも現れてきている点は注目を要する。
- 参考資料:
- ・
- DOE “Stakeholder Guidebook for Coal-to-Nuclear Conversions” 2024
- ・
- DOE “Investigating Benefits and Challenges of Converting Retiring Coal Plants into Nuclear Plants” 2022
- ・
- DOE “Pathways to Commercial Liftoff: Advanced Nuclear” 2023
- ・
- NARUC “Coal to Nuclear Repowering; Considerations for State Energy
- ・
- Offices and Public Utility Commissions” 2024