日本で電力安定供給の危機?(その1)
中山 寿美枝
J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授
はじめに
この夏は猛暑日が多く、昼だけでなく夜もエアコンに頼る日々が続いている中、政府は節電を呼び掛けている注1)。2011年の東日本大震災の直後には、関東地方において輪番停電が実施されたが、それは多くの発電所が津波と地震による被害で発電不可能になったという「未曽有の事態」によるものだった。では何故、今の日本でそんな電力安定供給の危機が起きているのだろうか。
供給力不足の原因
政府の節電要請は以下のような書き出しである。
今夏の電力需給は、全国で瞬間的な需要変動に対応するために必要とされる予備率3%以上を確保しているものの、厳しい見通しです。また、大規模な発電所のトラブルが発生した場合、安定供給ができない可能性が懸念されます。加えて、ロシアによるウクライナ侵略などの影響により、石油、天然ガス、石炭等の調達リスクの高まりが生じています。
まず、供給力そのものがギリギリで、予備率3%以上を辛うじて確保しているが、稼働中の発電所がトラブルで停止すると供給力が不足して停電の可能性があるという。そして、発電所トラブルがない場合でも、燃料調達量不足による発電量制約が生じる可能性も高まっているという。つまり、供給力不足には、①発電可能な発電設備容量が不足する場合と、②発電に必要な燃料が不足する場合、の2つのパターンがあるが、今夏はその両方にリスクがある、ということである。
欧州ではロシアからのエネルギー輸入制限により②のリスクが顕在化しつつあるが、日本ではまだ②のリスクは小さく、一方で①のリスクは緊急かつ深刻であるので、本稿では①のリスクに注目したい。
2022年3月の需給ひっ迫
本年3月21~23日に、史上初の需給ひっ迫警報が東京電力・東北電力エリアに発令された事例は、このリスクを象徴している。資源エネルギー庁は、電力・ガス基本政策小委員会においてこの時の電力需給ひっ迫を検証して、課題と対策を取りまとめてパブコメに付して最終版を公表している注2)(以下「需給ひっ迫報告書」と呼ぶ)が、ひっ迫発生の要因として以下の3点を挙げている。
- (1)
- 地震等による発電所の停止及び地域間連系線の運用容量低下
①3/16の福島県沖地震の影響
-計335万kWが計画外停止(東京分110万kW、東北分225万kW)
-東北から東京向けの送電線の運用容量が半減(500万kW→250万kW)
②3/17以降の発電所トラブル:計134万kWが停止- (2)
- 真冬並みの寒さによる需要の大幅な増大:想定最大需要4,840万kW
- (3)
- 発電所の計画的な補修点検、悪天候による太陽光の出力大幅減
-今冬最大需要(5,374万kW)の1月6日と比べ計511万kWの発電所が計画停止
-太陽光発電の出力は最大175万kW(設備容量の1割程度)
東京電力パワーグリッドが公開しているデータから、需給ひっ迫警報(3月21日20時~3月23日11時)の前後5日間の東電エリアの電力需要と電源種別の発電電力量の状況を描いたグラフを以下に示す(電源種別は凡例の通りの分類で、火力の内訳はない)。
季節外れの降雪と低温に見舞われた3月22日を他の日と比較すると、明らかに需要(黒の太線)が高く、太陽光発電量(黄色)が少ないことが見て取れる。当日の日中の火力発電量(灰色)は時間あたり約3000万kWとなっているが、需給ひっ迫検証の資料では、この時のLNG火力発電所の利用率は101%、石炭火力の利用率は107%であり、最大限であったことがわかる。4840万kWと予測された最大需要を、総理自らが節電要請を行うなどして4520万kW(率にすると93%)に抑制し、供給の方は降雪によりほとんど発電できない太陽光の代わりに揚水発電と連系線経由の電力融通を駆使して需要をギリギリ満たすことができた、ということがわかる。
揚水発電を行うためには、予め下池の水を上池にポンプで汲み上げておかなければならない(図1中の紺色の部分が揚水動力の電力消費を表す)。通常は一定の揚水発電可能量を確保するような運用を行っているが、需給ひっ迫報告書(p32-33)によると22日の日中には、揚水発電可能量をほぼゼロになるまで揚水発電を実施したことが示されている。
また、かつてない規模での電力融通が行われたことが需給ひっ迫報告書に記載されている(p10)。広域電力融通を司る電力広域機関(OCCTO)は、東電エリアに隣接する東北、中部だけでなく、全てのエリアの一般送配電事業者に融通指令を出した。西側の電力会社からの融通電力は玉突きで中部電力に送られ、周波数変換所を介して東京電力に融通された。なお、東北電力も需給がひっ迫したために、北海道電力から融通を受けた。
脱炭素政策と供給力確保
需給ひっ迫報告書では、「構造的課題」の一つとして
再エネの導入拡大に伴う稼働率の低下等により、火力発電所の休廃止が増加
ということを挙げて、2016~2020年度には全国で1600万kWの火力発電所が廃止されたことを指摘している。稼働率低下に伴って収益性も低下するので、事業者が経営判断により火力発電所を休廃止しているというのは事実で、現在進行形である。図2は、OCCTO「2022年度供給計画とりまとめ」から作成した東電エリアの3月1日時点の電源構成で、このグラフでは火力発電設備は全体(約9700万kW)の5割を超えているが、JERAは本年3月31日に約960万kWの火力発電設備の廃止を公表注4)しており、うち約560万kWが東電エリアである。
しかし、経営判断による火力発電所の休廃止に加えて、日本政府による非効率石炭火力のフェードアウト推進などの脱炭素政策が、火力発電設備の減少に一層拍車をかけていることも事実である。2050年カーボンニュートラルを目指す脱炭素政策により、今後更に火力発電所の休廃止が進み、図1に灰色で示す火力発電がなくなってしまったら、同じような「季節外れの降雪で需要が激増、太陽光発電量は激減」という場合に、何が電力供給を担うのだろうか。
一方で、脱炭素に資する供給力の増強が可能な方法は存在する。図1には、凡例に示す原子力の赤色がないのは、東電エリアでは原子力発電が一つも稼働していないからである。しかし、本年3月22日において、仮に、安全審査を通過している東電エリアの3基の原子炉が動いていたとすれば、合計で330万kWの供給力が追加的に利用可能で、あのような需給ひっ迫には至らなかっただろう。
電化が進んだ現代社会では、大規模停電は多くの人命に関わる大災害となりうる。長時間続けば通信障害を引き起こし、社会システム全体を大混乱に陥れることになる。そんな大惨事を確実に防ぐには、時間軸と優先順位を踏まえて、今一度、供給力確保強化の方法を考える必要があるのではないか。どんな高邁な目標も、電力安定供給を犠牲にしてまで達成する価値はない。
- 注1)
- 資源エネルギー庁省エネポータルサイト「夏季の省エネ・節電にご協力ください」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/shoene_setsuden/
- 注2)
- 第52回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会資料4-6「2022年3月の東日本における電力需給ひっ迫に係る検証 取りまとめ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/052_04_06.pdf
よりコンパクトにまとまっているのは第50回 資料4-1(パブコメ資料のベース)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/050_04_01.pdf
- 注3)
- 東京電力パワーグリッド「過去の電力使用実績データ」
https://www.tepco.co.jp/forecast/html/download-j.html
- 注4)
- JERAプレスリリース「大井火力発電所1~3号機、横浜火力発電所5・6号機および知多火力発電所1~4号機の廃止について」
https://www.jera.co.jp/information/20220331_872