中露の連携強化と日本の安全保障


防衛研究所米欧ロシア研究室長

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 ロシアのウクライナ侵攻により、世界的に化石燃料価格が上昇しています。また、サハリン2事業の国有化により日本も大きな影響を受け、液化天然ガスを筆頭に化石燃料の調達に問題を生じる可能性もあります。
 ロシアのウクライナ侵攻の影響を幅広い視点から、解説戴きました。エネルギー問題とは直接関係していませんが、背景を理解戴ければと思います。

 ロシアのプーチン大統領は2022年2月24日、隣国ウクライナに対する全面的な侵略戦争を開始した。国連安保理常任理事国でもあるロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、主権と領土の一体性の尊重や、武力による現状変更への反対などを支柱とする既存の国際秩序に対するあからさまな挑戦であり、国際社会による強い非難を招いている。国連総会では、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議が、141カ国の賛成を得て採択された。日本を含めた多くの民主主義国はロシアに対する強力な制裁を行い、北大西洋条約機構(NATO)諸国はウクライナに対する大規模な軍事支援を実行し、国際秩序を破壊するロシアによる行為に対抗している。

 他方で、ロシアと同じく国連安保理常任理事国である中国は、ロシアによる侵略行為を一切非難することなく、ロシアの立場を擁護する姿勢を貫いている。中国は、ロシアを非難する国連総会決議に棄権票を投じ、国連人権理事会におけるロシアの資格を停止する決議には反対した。中国はロシアに対する制裁に参加せず、ロシアとの経済関係を維持しており、ロシアに対する西側諸国による制裁を批判さえしている。また中国は、西側諸国によるウクライナへの軍事支援を「火に油を注ぐ行為」だとして批判し、その停止を要求している。さらに中国は、NATOによる東方拡大によってロシアの安全保障が脅かされたことが、ロシアとウクライナの紛争を引き起こした原因であると主張し、ロシアの立場への理解を示した。その上で中国は、NATOを「冷戦の遺物」だと批判し、NATOに対してロシアとの対話を通じて「均衡のとれた、実効性のある、持続可能な欧州の安全保障体制」を構築すべきだと主張するのである。

 このように中国が、ウクライナを侵攻したロシアの立場を擁護する姿勢を示す理由は、中国がロシアと2つの戦略的な利益を共有しているからである。第1の共通利益は、既存の国際秩序を変更することである。中国とロシアは既存の国際秩序に強い不満を有している。国力が増大している中国は、台湾や尖閣諸島、スプラトリー(南沙)諸島への支配拡大をめざしているが、その最大の障害となるのは米国が主導するアジアにおける既存の安全保障秩序である。国力が衰退傾向にあるロシアは、旧ソ連圏諸国に対する影響力が低下して大国としての地位を失うことを恐れて、NATOを中心に維持されてきた冷戦後の欧州の秩序の変更を望んでいる。中露両国は、それぞれが正面に据える地域において、西側諸国が主導する既存の秩序を変更することを目指しているのである。

 第2の共通利益は、権威主義的な政治体制を維持することである。中国共産党による一党支配体制の中国と、プーチン大統領による権威主義的な統治体制のロシアは、西側諸国が重視する自由や民主、人権などの価値観を体制維持にとっての脅威と見なしている。両国の支配層は、西側の価値観が国内に流入し、「カラー革命」のような反体制活動の活発化につながることを警戒し、人権などに関する西側による批判に対して内政干渉だとして反発している。中国とロシアは、権威主義体制を維持するためにも、西側諸国の価値観と主導権を前提としている既存の国際秩序を改変することに大きな共通利益を見出しているのである。

 プーチン大統領が2022年2月4日に訪中した際に発表された中露共同声明は、この2つの共通利益を確認している。この共同声明で中国とロシアは、両国の「新型の国家間関係は冷戦期の軍事・政治同盟関係を超越するモデル」であり、「新型の国際関係」と「グローバルガバナンスの改善」に向けて連携を進める方針を示した。その上で両国は、「NATOの継続的な拡大に反対」するとともに、「アジア太平洋地域における閉鎖的な同盟システムの構築に反対」する立場を宣言した。また両国は、「民主と人権の擁護は、他国に対して圧力を加える道具となってはならない」と主張し、「民主の価値を乱用し、民主と人権の擁護を口実として主権国家の内政に干渉すること」に共同で反対する立場を強調したのである。

 このように戦略的な利益を共有する中国とロシアは、日本周辺の海空域において軍事的な連携を強化しつつある。2022年5月24日、中国とロシアの爆撃機が日本海から東シナ海、太平洋にかけて長距離の共同飛行を行った。中国が「共同戦略空中パトロール」と称する同様の飛行は、2019年7月に始まり、今回で4回目となる。また、2021年10月には、中国とロシアの海軍艦艇が、日本海で共同演習を行った後に、隊列を組んで津軽海峡を通過し、太平洋を経て東シナ海へ至る「共同海上パトロール」を実施した。両国海軍艦艇によるこのような共同航行は初めてであり、岸信夫防衛大臣は「日本に対する示威行動」だとして強い警戒感を示した。2022年6月には、ロシアの艦隊が日本海から太平洋、東シナ海へと日本を周回する形で航行した直後に、中国の艦隊が同様の航行を行う動きも見られた。さらに同年7月4日には、ロシアのフリゲートと中国のフリゲートが相次いで尖閣諸島の接続水域を通過した。

 中露による軍事的連携の強化は、ルールに基づいた既存の国際秩序を変革しようとする両国の戦略的な共通利益に根差したものであり、今後も深化していくだろう。尖閣諸島と北方領土において、それぞれ日本の主権を損なう行動をとっている中国とロシアの軍事的連携は、日本の安全保障を直接脅かすだけでなく、東アジアの安定を支えてきた既存の安全保障秩序にとっても脅威である。日本としては、中露による軍事的な威圧に屈することなく、ルールに背く両国による行動を抑止するための能力強化が喫緊の課題である。そのためには反撃能力の強化を柱として自衛隊の態勢を抜本的に強化するとともに、米軍との共同作戦能力を更に高める必要がある。また、ルールを共有するインド太平洋諸国との協力を強化するために、既に発足している日米豪、日米豪印(クワッド)といった多国間の枠組みを推進するとともに、韓国や台湾、東南アジア諸国、太平洋島嶼国などとの安全保障上の協力を深めていくことも必要となるだろう。


図:中露の爆撃機などによる飛行の概要(2022年5月24日)
(出所)「中国及びロシアの軍用機の動向について」統合幕僚監部、2022年5月24日。