アウトルックとガイドブック
IEA World Energy Outlook 2021の読み方(その4)
中山 寿美枝
J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授
前回:IEA World Energy Outlook 2021の読み方(その3)
5.IEEJアウトルックとの比較
この連載の最終回では、改めてWEO2021のシナリオの意味を考えてみたい。WEO2021に登場するシナリオの中で、主役はNZE(2050年ネットゼロ達成シナリオ)と思われるが、有料データベースにはNZEの主要な国・地域別のエネルギーバランス等のデータが掲載されていなかったため、ここまでの3回はAPS(ネットゼロ宣言している国は達成するシナリオ)の主要な国・地域別データの分析から得られるインプリケーションを示してきた。以下に、表1-1を再掲する。
WEO2021ではシナリオを規範的(normative)、探索的(explorative)と分類していることも特徴であると述べたが、この分類について、その意味を改めて考えてみたい。
日本エネルギー経済研究所は毎年、IEEJアウトルック注1) を無料で公表している。最新版は昨年10月に発刊されたIEEJアウトルック2022注2) である。以下は、WEO2021の4つのシナリオ(赤字)とIEEJアウトルックの3つのシナリオ(青字)の説明である。
ここで、Backcastアプローチは表1-1に記載した「規範的なシナリオ」であり、Forecastアプローチは「探索的なシナリオ」であり、それぞれ以下のような特徴がある。
Forecastアプローチは現状のベストな技術別コスト見通しにより最適な将来のエネルギー需給を展望(コスト最小になる解を計算)するものである。一方で、Backcastアプローチは将来を固定した上でそこに至る手段を探る(CO2排出量制約を満たすエネルギー需給が政策により実現されるとして計算)ものである。即ち、Backcastアプローチは将来を展望(Outlook)するものではない。
最後に、WEO2021とIEEJアウトルックのシナリオ別の2050年までのCO2排出量を示す。
2050年の値に注目すると、Forecastのシナリオの排出量は大きく減らないのに対して、Backcastの排出量は直線的に減少している。NZEは、コロナの影響による2020年の急激な落ち込み2050年まで維持するものだということがわかる。しかし、現実には2021年には世界経済の回復に伴いCO2排出量も増加に転じており、IEEJアウトルックの4つのシナリオではそれを反映している。IEAのBackcastシナリオを現実に合わせて修正するならば、2021年により高い値から更に大きな角度で急降下するカーブとなる。将来が固定されているBackcastでは、現状の変化が反映されることはない。
IEA自ら、WEO2021をCOP26のためのハンドブックとして作成したと述べているが、その通りWEO2021はもはやアウトルックではない。「ネットゼロへのガイドブック」と呼ぶのが相応しいのではないか。
- 注1)
- 2016年までは「世界アジアエネルギーアウトルック」という名前で発刊されていた。
- 注2)
- IEEJアウトルックでは、「将来展望」という意味で発刊年の翌年をタイトルに冠している。WEO2021とIEJアウトルック2022は共に2021年発刊である。