日本はゼロエミ電気不足などではない

-再エネ大量導入は製造業にとって有害無益だ-


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 「日本は海外に比べ温暖化対策が遅れている。製造業が生き残るためには、製造工程でのCO2を減らすために、ゼロエミ電気の比率を上げなければいけない」という意見がある。
 もちろん、原子力の再稼働ならば何も問題はない。
 だが再エネの一層の大量導入によってゼロエミ電気を増やすならば、コストが嵩む。これでは、CO2云々以前に、そもそもサプライチェーンに生き残れず全滅する。

 それに、じつは日本にゼロエミ電源はあり余っている。

 海外が製品のサプライチェーンに対してゼロエミを義務付けるといっても、全ての企業がそうする訳ではない。世界全体での割合で言えば、ごく限定的になるだろう。
 ここでは仮に「米国とEUの全ての企業が輸入品に対してゼロエミ電源100%を義務付ける」と想定した上で、日本の輸出のために必要なゼロエミ電源の量を勘定してみよう。
 日本の対世界の輸出総額は2019年において7060億ドルだった。このうち、対EU輸出総額は820億ドルで、対米輸出総額は1400億ドルだった。従って対EUと対米を足すと2220億ドルであった。これは輸出総額の31%にあたる。(以上データはジェトロ
 これに対して日本のGDPは5兆1540億ドル(ジェトロ)だったから、米国とEUへの輸出合計金額はGDPとの比率では222/5154=4.3%に過ぎない。
 ここでGDPを1円生み出すための電力消費と、輸出を1円するための電力消費を等しいと置くと、日本の電源の4.3%だけゼロエミッションになっていれば、それを使うことで米国とEUへの輸出製品は全てゼロエミッション電源で賄えることになる。
 具体的な業務手続きとしては、輸出する製品について投入電力量を計算し、実際にそれだけのゼロエミ電力を買えばよい。もしそれで足りなければ、それに見合うだけのゼロエミ電力の証書である「非化石証書」を買えばよい。

 日本のゼロエミ電源比率は2018年度で23%であった。これは2030年度には44%になる予定(図1)だから、じつはゼロエミ電源は全ての輸出を賄ってなお「有り余っている」。

 もしも強引に再エネを大量導入して電気料金が高騰すれば、日本の製造業は壊滅するだろう。そうではなく、原子力の再稼働を進める一方で、輸出するために必要な企業には、非化石証書を買い求めやすくするような制度設計をしてゆけばよい。

 輸出する企業だけがゼロエミ電気を購入したり非化石証書を買ったりするというのは、如何にもいびつに感じるかもしれない。けれども、欧米も似たようなことをやることになると見る。電源構成は似たり寄ったりだからだ。

 例えば米国の電源構成を見ると、日本同様に化石燃料が半分以上を占めている(図2)。このためすべての企業がゼロエミ電源に切り替えることは不可能で、一部の企業しかゼロエミ電源にはできない。

 またしばしば、日本と欧州諸国を比較して、こんな意見も聞く: 

フランスは原子力発電が多いから火力発電の多い日本よりCO2原単位が低くて、今後の自動車生産は日本ではなくフランスでやることになるのではないか
スウェーデンの水力を使ってCO2ゼロのバッテリーを造ると、日本の電源構成では太刀打ちできない。

 実際に発電の割合を確認すると、フランスは原子力が69%を占めている。スウェーデンは原子力が38%、水力が40%で合計すると78%になっている
 けれども、EU全体として見てみれば、原子力さえ再稼働すれば日本とたいして電源構成は変わらない(図3)。ということは、EU企業が出来ることと日本企業が出来ることはたいして変わらないはずだ。

 つまりEUの企業がフランスの原子力の電気を買ったり、スウェーデンの水力の電気を買ったりしているのと同じことを、日本もやればよい。
 例えば日本にバッテリー工場を建てるとき、ゼロエミにしたければ、水力の電気を買えばよいことだ。あるいは、日本の自動車工場も、原子力ないしは太陽光によるゼロエミ電力を買えばよい。

 ここに、面白い地図がある。日本でも、県別に見るならば、とくに中部地方にはゼロエミ電源比率が100%近い県が幾つもある(図4)。水力発電所が多い長野県、岐阜県、山梨県等だ。


図4 再生可能エネルギー発電割合
(2018年。図は総合地球環境学研究所による。データは資源エネルギー庁 都道府県別発電実績

 つまり日本の中にもスウェーデンがあるのだ! 製造業はCO2を理由に日本を出る必要などない。
 たまたまだが、この地域の人口を足すと、ちょうどスウェーデン並みになりそうだ。中部地方は製造業も盛んだが、必要なら、このゼロエミ電気を安く買えるように制度を作ればよい話だ。
 そしてもちろん、原子力が本格的に再稼働すれば、こんどは日本の中に「フランス」が出来る。
 日本にゼロエミ電源は有り余っている。「日本製造業がサプライチェーンに生き残るための再エネ大量導入」なる考えは、百害あって一利なしである。

地球温暖化のファクトフルネス
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