新型コロナウイルスの非科学(1)

無症状者への検査の議論は何故食い違うのか


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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 新型コロナウイルスパンデミックの影響を受け、世間の臨床検査に対するリテラシーはかつてないほど高まっています。今の日本で「PCR」「抗原・抗体」「偽陽性・偽陰性」という言葉を耳にしたことのない人はほとんどいないのではないでしょうか。しかしそのリテラシー向上が必ずしも社会問題の解決に直結しているわけではありません。
 とくに、「無症状の方に新型コロナウイルスの検査をするべきか否か」という議論は、今もなお平行線の一途を辿っているように見えます。
「検査が陰性だからといって新型コロナウイルスに感染していないと証明できない」
この事実を皆が共有しているにもかかわらず、
だから無駄な検査をすべきでない」
しかし検査をしない理由にはならない」
という2つの意見が互いに歩み寄れないのです。

科学者が語るのは科学という誤解

 議論の決着がつかない一番の理由は、この議論が科学ではないという点にあります。
 新型コロナウイルス対策の議論は科学者同士の間で交わされることが多いため、意見が対立したときにどちらかに「科学的」正当性があるかのような誤解を招きがちです。しかし一方がもう一方を論破できるような科学的根拠は、ほとんどの場合存在しません。
 もちろん科学でないから間違っている、重要でない、と言っているわけではありません。むしろ有事には科学の隙間を埋める非科学こそが重要です。ただし、互いを科学的に論破しようとした結果科学が歪むことのないよう、科学と非科学の境界を認識することは必要です。
 本稿では新型コロナウイルスの「非科学」につきまとめてみたいと思います。

前提としての科学:感染力・症状・検査の乖離

 まずは前提の知識として、新型コロナウイルスの感染・症状・検査の乖離について、これまである程度解明されている部分を簡単に説明します。
 新型コロナウイルスの潜伏期間(陽性の方と接触してから発症するまでの期間)は約5日、長くて14日と言われています注1)。しかしこれらの症状が出る2日前あたりから、他の人に感染させる可能性が出てきます注2)。つまり自覚症状なく人にうつしてしまう期間が数日あるのです。ではこの時点でPCR検査を受ければ予防できるのでしょうか。
 新型コロナウイルスの検査が陽性になりやすいのは発症してから2日目以降です注3)。つまり症状が出てすぐに検査にいっても検査陰性になってしまう可能性もあるため、慌てて検査を受けに行くとむしろ感染が見落とされてしまう危険もあります()。
 それに加え、ウイルスを持っていても終始症状が出ない、という方がいることも分かっています。そのような方がどの程度他の人に感染させるのか、検査をした場合にどの程度の方が陽性になるのかについては今のところ明確には分かっていません。

 新型コロナウイルスについて分かっていることはこれだけです。ここから先の議論は、ほぼ科学ではない議論になります。なぜわざわざ明言するかと言えば、そうすることで、「無症状者の検査」問題において非・科学の要素が占める割合がいかに大きいかを示すためです。

無症状者への検査の要不要

 無症状の方に検査を行うと偽陰性となって見落とされる可能性が高く、誤った安心感から感染が拡大するリスクがあります。またとても低い確率とはいえ偽陽性が出る為、本来隔離されるべきでない人を隔離してしまう可能性もあります(詳しくは「新型コロナウイルスの科学(2)」を参照ください)。このことから検査をしすぎることに反対する専門家も多くいます。
 問題は新型コロナウイルスについて、その40%近くが無症状の方から感染しているという試算があることです注4)。そう聞けば、「では無症状の人をたくさん検査しなければ」と考えるのはある意味自然な流れでしょう。
「たとえ確率が低くても、万一少数の陽性者を見つけられれば僥倖。偽陽性よりも感染拡大防止の方が重要ではないか」
「偽陰性が多いのなら、同じ人に繰り返し検査を行えればよいではないか」
無症状の方への検査を推進する方のこのような発言も、科学的には理屈にかなっています。つまり
「検査前確率が低いということは、検査が陽性であっても実はコロナが陽性でない患者も拾ってしまう」という理屈と
「それでも陽性者を拾えるのなら、検査をしない理由にならないではないか」
という理屈が平行線をたどり、科学的根拠だけでどちらかがもう一方を論破することはできないのです。
 では現実世界で私たちは科学以外の何を根拠にその是非を判断しているのでしょうか。次稿では、新型コロナウイルス対策の現在のボトルネックである資源の有限性という非科学について述べます。

次回:「新型コロナウイルスの非科学(2)」につづく。

注1)
https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-0504
注2)
https://www.cebm.net/study/covid-19-presymptomatic-transmission-of-sars-cov-2-in-singapore/
注3)
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2196-x
注4)
https://www.nature.com/articles/s41591-020-0869-5