原発の電気は安いのか?(前編)


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 また、同報告書はベースロード電源3種(CCGT、石炭、原子力)の発電単価を割引率を変えて提示している(図3)。割引率3%を確保できれば原子力はすべての国で最も低廉な電源とされるが、原子力はガスや石炭に比べて資本集約的であることから、割引率の上昇に伴い、コストの増加幅が他の二つの電源よりも大きくなる。その結果、割引率7%では原子力の中央値は石炭とほぼ同じ、10%になると最も高くなってしまう可能性すらあることが示されている。 
 比較のために、各種再生可能エネルギーに対して行われた同様の分析についても掲載しておくが(図4)、ここでは割引率の変化が電源ごとの競争優位性を逆転させるほどではないことがみてとれる。

図3/ベースロード電源の割引率ごとの発電原価(各国)図3/ベースロード電源の割引率ごとの発電原価(各国)[拡大画像表示]
図4/再生可能エネルギー電源の割引率ごとの発電原価(各国)図4/再生可能エネルギー電源の割引率ごとの発電原価(各国)[拡大画像表示]

 もう一つの重要な要素が稼働率である。東電福島原子力発電所事故のコストなどが膨らむ報道が続く中で、発電コスト検証ワーキンググループによる試算結果では原子力が最も安いとなったことに対して違和感を感じられた方も多いだろう。しかし原子力は生み出す電気の量が莫大であるため、冒頭の計算式の分母が巨大になり、結果として1kWhあたりのコストが安くなるのである。とはいえ、それはあくまでも予定の稼働年数、稼働率を前提としたものであるため、現在の日本のように、安全規制の見直しに対応するため数年間停止するといったことになれば結果は大きく異なる。
 図5はエネルギー・環境会議の下に設置されたコスト等検証委員会の報告書にあるデータであるが、原子力や地熱といった設備投資がコストの太宗を占める電源では、設備利用率によって発電コストが特に大きく左右されることが示されている。 
 日本では、東電福島事故前から他国の原子力発電所に比べて一旦停止するとそれが長期化するケースが多く、稼働率が低くなりがちであることが指摘されていた(戒能・2009注5))。米国などは安全対策投資などの事業者の努力に応じて審査項目を簡素化したり、オンライン審査を活用して停止期間の短縮を図るなど規制者と事業者それぞれの努力によって、高い稼働率確保と安全性向上の両立を図っている。その結果米国は2000年代以降ほぼ90%以上の稼働率を確保しているのに対して、わが国では震災前から60~70%にしか届いていないため、原子力に安い電気の供給を期待するという点からすれば厳しい条件となっている。

図5/設備利用率ごとの発電コストと価格上昇率図5/設備利用率ごとの発電コストと価格上昇率
(出典:エネルギー・環境会議 コスト等検証委員会 H23. 12. 19)
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既設の原子力発電所のコスト

 なお、これまで述べてきたモデルプラント方式はあくまでも今後プラントを新設する場合のコスト比較である。原発の電気は安いのか、といったときに、既設の発電所についても混同されている場合が散見されるため念のため付言するが、既に減価償却が終わっているような場合には、燃料コストが安い原子力発電所は圧倒的に安価な電源となる。 
 これは関西電力株式会社が高浜原子力発電所3、4号機の再稼働後に、速やかに電気料金の値下げを行ったことからも明らかである。詳しい方には、九州電力株式会社は川内原子力発電所1、2号機が再稼働しても値下げしなかったではないかと指摘されることもある。しかし、それは平成25年5月の値上げ実施の際、川内1、2号機、玄海3、4号機の4基の再稼働を見込んだ値上げ幅としたものの、玄海の再稼働遅れにも再値上げを実施せず、内部留保の取り崩しなどでしのいできたためだ。いわば原発稼働による利益を「先食い」してしまったものであり、今後既設の原子力発電所が本来のパフォーマンスを発揮すれば、高い競争力を持つこととなる。

前編の結びとして

 将来のエネルギーのあり方について広く国民的議論が行われることが望ましいことは論を俟たないが、議論の前提として正確な情報提供がなされなければならない。消費者がモノを買うときに最も気にするであろう「お値段」についても当然正確な情報提供が求められるが、発電コストは条件次第であって、単純に「安い」「高い」とはいえないのだ。原子力が安い電源として国民に貢献するには、ファイナンスコストの抑制を可能にする制度設計、高い稼働率の確保が可能になるような規制および事業者双方の合理化・効率化の努力など、広範な条件整備が必要となる。しかし特にファイナンスコストの抑制を可能にする事業環境整備の必要性について、国民の多くは理解していない。原子力の安全性について、どんなに安全対策を講じたとしても残余のリスクは存在することの説明を省いてしまったように、コストについても単純に「原発の電気は安い」と説明してきたことがいま国民を大きく混乱させている。もし今後も日本が原子力発電を利用するのであれば、原子力事業のファイナンスについて、国民に丁寧に説明していくことが必要不可欠であろう。
 後編では自由化した市場で原子力のプロジェクトファイナンスを行うとの仮定において、利用率や運転開始の遅延などによってそれがどのような影響を受けるかの分析を行ってみたい。

注5)
RIETI ディスカッションペーパー「原子力発電所の稼働率・トラブル発生率に関する日米比較分析」
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/09120006.html

次回:原発の電気は安いのか?(中編)