「適応(Adaptation)」への取組みも重要!


国際環境経済研究所主席研究員、一般社団法人 環境政策対話研究所 理事

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 気候変動の問題が注目され始めたのは、1980年台になってからでした。実験室では地表で反射された太陽光、赤外線を、二酸化炭素、メタン、フロン類等の温室効果ガスと呼ばれるガスが吸収することは知られていましたが、地球規模でも同様のことが起こっているとの指摘が行われるようになったのです。
 温暖化、気候変動の問題を科学的に検討する国連の組織として気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が1988年に設立され、IPCCは気候変動問題に関する分析レポートを今までに5度作成しています。最新のレポートは第5次評価報告書ですが、当研究所所長の山本も査読者として指名され、レポート作成に係りました。
 気候変動の影響に対処するため、温室効果ガスの排出の抑制等を行う「緩和(Mitigation)」 だけではなく、すでに現れている影響や中長期的に避けられない影響に対して「適応(Adaptation)」を進めることが求められています。適応とは、簡単に言えば、気候変動、温暖化により海面が上昇した際に低地の被害を最小限に抑えるためのインフラを建設する、あるいは降水量の変化に強い作物を育てるなどの対策を取ることです。そのためには、国際協力、先進国による途上国支援も必要になります。今回は適応について説明します。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)における適応の取扱い

 IPCCは、設立以来気候変動の最新の科学的知見の評価を行い、報告書として取りまとめています。2013年9月から2014年11 月にかけて、 第5次評価報告書(AR5)が承認・公表され、気候システムの温暖化は疑う余地がないこと、人間による影響が近年の温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高いこと、気候変動は全ての大陸と海洋にわたり、自然及び人間社会に影響を与えていること、将来、温室効果ガスの継続的な排出は、更なる温暖化と気候システムの全ての要素に長期にわたる変化をもたらし、それにより、人々や生態系にとって深刻で広範囲にわたる不可逆的な影響を生じる可能性が高まることなどが示されました。
 IPCC第5次評価報告書の第2作業部会(影響、適応および脆弱性)報告書では、気候システムへの人間の干渉が起きており気候変動は人間及び自然システムにリスクをもたらす (図 SPM.1)としています。
 将来、温室効果ガスの排出量がどのようなシナリオをとったとしても、世界の平均気温は上昇し、21世紀末に向けて、気候変動の影響のリスクが高くなると予測されています。気候変動の影響に対処するためには、温室効果ガスの排出の抑制等を行う緩和だけではなく、すでに現れている影響や中長期的に避けられない影響に対して「適応」を進めることが求められているのです。

図SPM.1図SPM.1 「第2作業部会 第5次評価報告書の中核となる概念の図解」
出典: IPCC AR5 WGII SPM Fig SPM.1
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 図の注釈では、「気候に関連した影響のリスクは、気候に関連するハザード(災害外力)(危険な事象や傾向などを含む)と、人間及び自然システムの脆弱性や曝露との相互作用の結果もたらされる。気候システム(左)及び適応と緩和を含む社会経済プロセス(右)双方における変化が、ハザード、曝露及び脆弱性の根本原因である」と記されています。
 また、報告書において、「適応とは、現実又は予想される気候及びその影響に対する調整の過程。人間システムにおいて、適応は 危害を和らげ又は回避し、もしくは有益な機会を活かそうとする。一部の自然システムにおいては、人間の介入は予想される気候やその影響に対する調整を促進する可能性がある」と用語解説されています。
 ちなみに、最近よく目にする「レジリエンス(強靱性)」という言葉については、「適応、学習及び変革のための能力を維持しつつ、本質的な機能、アイデンティティ及び構造を維持する形で対応又は再編することで危険な事象又は傾向もしくは混乱に対処する、社会、経済及び環境システムの能力」と解説されています。

気候変動に関する条約交渉における「適応」の取扱い

 適応については、2010年12月の気候変動枠組条約第 16回締約国会議(COP16)で採択された「カンクン合意」において、全ての締約国が適応対策を強化するため、後発開発途上国(LDC)向けの中長期の適応計画プロセスの開始、適応委員会の設立等を含む「カンクン適応枠組み」が合意されました。また、2014年12月の条約第20回締約国会議(COP20)で採択された「リマ声明」においては、2015年11月から12月にかけての条約第21回締約国会議(COP21)で採択予定の2020 年以降の気候変動の新たな国際枠組みにより、適応行動を強化していくとの認識が示されていました。

COP21「パリ協定」における適応の規定

 そのCOP21において採択された「パリ協定」において、適応に関しては、適応能力を向上させること、資金の流れを低排出で気候に強靭な発展に向けた道筋に適合させること、などが規定されました。
 パリ協定における、適応についての決定は、一言で言うと、適応の長期目標の設定、各国の適応計画プロセスや行動の実施、適応報告書の提出と定期的更新、ということになります。
パリ協定、第7条【適応(気候変動の悪影響への対処)】では、適応について、以下のように規定しています。

気候変動に対し、適応能力を拡充し、強靱性を強化し、脆弱性を減少させる世界全体の目標を設定する。
より高い水準の緩和が追加的な適応努力の必要性を減少し得ること、及び追加的な適応の必要性は追加的な適応費用を伴い得ることを認識する。
適応努力に関する支援及び国際協力の重要性並びに開発途上国(特に気候変動の悪影響を著しく受けやすい開発途上国)の必要性を考慮する重要性を認識する。
情報共有、制度的な措置の強化、科学上の知識の強化を含む、適応に関する行動を推進する協力を強化すべき。
適当な場合には、適応計画立案過程及び行動の実施(関連計画、政策又は貢献 の立案若しくは強化を含む。)に取り組む。
開発締約国に追加的な負担を生じさせることなく、適当な場合には、優先事項、実施及び支援の必要性、計画及び行動を含み得る適応報告書を提出し、定期的に更新する。
継続的で強化された支援が開発途上締約国に提供される。
世界全体の実施状況の確認(グローバルストックテイク)においては、特に、開発途上国の適応努力の認識、適応報告書を考慮した適応行動の実施の強化、適応と適応のための支援の妥当性と効果の検討、適応の世界全体の目標の達成にあたっての全体的な進捗の検討を行う。

 COP21に出席した安倍総理は、首脳会合におけるスピーチで「パリ合意には、長期目標の設定や,削減目標の見直しに関する共通プロセスの創設を盛り込みたい。日本は、先に提出した志の高い約束草案や適応計画を着実に実施していく。」と、適応についても重要性を示しました。

「気候変動の影響への適応計画」(閣議決定)について

 COP21に先駆けて2015年11月に「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定されました。
 当適応計画は、今後の温室効果ガスの排出削減によっても回避できない気候変動の影響による被害を最小化あるいは回避し、迅速に回復できる、安全・安心で持続可能な社会の構築を目指したものです。
 適応計画において、目指すべき将来の姿を、気候変動の影響への適応策の推進により、その影響による国民の生命、 財産及び生活、経済、自然環境等への被害を最小化あるいは回避し、迅速に回復できる、安全・安心で持続可能な社会の構築としています。

気候変動の影響への適応計画について出典:環境省 「気候変動の影響への適応計画概要[拡大画像表示]

 また、その基本戦略は、以下のように示されています。

政府施策への適応の組み込み:強靱性の構築、不確実性の考慮、相乗効果の発揮及び技術の開発・普及を通じて政府の関係施策に適応を組込み、現在及び将来の気候変動の影響に対処。
科学的知見の充実:観測・監視及び予測・評価の継続的実施、並びに調査・研究の推進によって、 継続的に科学的知見の充実。
気候リスク情報等の共有と提供を通じた理解と協力の促進:気候リスク情報等の体系化と共有等を通じた各主体の理解と協力の促進。
地域での適応の推進:地方公共団体における気候変動影響評価や適応計画策定、普及啓発等への協力等を通じ、地域における適応の取組の促進。
国際協力・貢献の推進:開発途上国に対する適応計画策定・対策実施支援、防災支援、人材育成、及び 我が国の科学技術の活用を通じ、適応分野の国際協力・貢献を一層推進。

 なお、分野別には、農業、森林・林業、水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害・沿岸域、健康、産業・経済活動、国民生活・都市生活など多岐にわたる施策に言及されています。

適応に関する日本政府の動き

 適応に関する国際的な議論が高まり、各国は自国の適応計画を策定することとなっています。
適応計画でも示されたとおり、開発途上国に対する適応計画策定・対策実施支援、防災支援、人材育成、及び我が国の科学技術の活用を通じ、適応分野の国際協力・貢献の推進が求められています。
 気候変動の脆弱性が特に高い国を対象に、日本の企業等による優れた技術等をもとにした気候変動の影響に対応する適応分野での貢献の実現可能性に関する調査が、経済産業省の委託事情として実施されています。
 効果的な適応プロジェクトの取捨選択のため、適応策の効果の可視化が求められており、高い効果が見込まれる複数の適応プロジェクトを組成し、その効果を検討、可視化し、途上国の適応行動の強化に貢献するとともに、適切な評価を得ることで、日本の優れた技術の途上国への普及を目指しています。平成28年度も、プロジェクトの公募が実施されました。(平成28年度途上国における適応対策への我が国企業の貢献可視化に向けた実現可能性調査事業公募
 また、2016年5月に閣議決定された「科学技術イノベーション総合戦略2016」においても、第2章 経済・社会的課題への対応 (3)地球規模課題への対応と世界の発展への貢献の項で、気候変動への適応策の推進の重要性が示されています。

「持続可能な開発目標(SDGs)」における適応の取扱い

 さかのぼって、2015年9月の歴史的な国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた17の「持続可能な開発目標(SDGs)」においても、「適応」について言及されています。
 SDGsは、2016年1月1日に正式に発効しました。今後15年間、すべての人に普遍的に適用され17の目標に基づき、各国はその力を結集し、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰も置き去りにしないことを確保するための取り組みを進めるというものです。
 SDGsは、貧しい国も、豊かな国も、中所得国も、すべての国々に対して、豊かさを追求しながら、地球を守ることを呼びかけている点が特色です。貧困に終止符を打つため、経済成長を促し、教育、健康、社会的保護、雇用機会を含む幅広い社会的ニーズを充足しながら、気候変動と環境保護に取り組む戦略が必要とされています。

我々の世界を変革する出典:国際連合広報局 「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ[拡大画像表示]

 具体的には、SDGsの目標13で、気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取ることが掲げられています。
 気候変動はあらゆる大陸のあらゆる国に影響を及ぼし、国民経済、生活に支障を来たすことで、現在だけでなく将来的にもさらに大きな負担がかかります。気候変動の深刻な影響には天候パターンの変化、海面の上昇、異常気象の増加が含まれ、特に、最貧層と最弱者層が大きな影響を受けるからです。
 よりクリーンで強靭な経済を一気に達成できるような解決策により、適応への本格的な取組みに加速が求められ、支援のための国際協力が重要と指摘されています。

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