米大統領選、トランプ氏が大統領になる日は来るのか(4)
~トランプ氏は共和党を結束できるか~
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
環境政策の発言で炎上したクリントン氏
5月3日のインディアナ州の予備選では、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)が勝利したが、ヒラリー・クリントン元国務長官は総獲得票数や代議員数でサンダース氏に大差を付けていることから優位に変わりはないが、環境政策についての発言で炎上する騒ぎとなった。
クリントン氏は3月にタウンホールのイベントで、これからは再生可能エネルギーの時代だと述べ、自分が大統領になったら「炭鉱は閉鎖、石炭会社や鉱夫という職業も消滅する(We’re going to put a lot of coal miners and coal companies out of business.)」と発言したことがTVで放送された。この発言は、自分たちの苦しみを全く理解していないと、労働者階級の白人男性からの強い反発を招いた。クリントン氏を支持する民主党のジョー・マンチン上院議員(ウェストバージニア州選出)は、先の発言は石炭産出州のウェストバージニア州でのクリントン氏の勝利を危うくする恐れがあると、クリントン氏に苦言を呈したという。
5月10日のウェストバージニア州での予備選を前に、2日、クリントン氏は、マンチン上院議員や失業中の鉱夫らが参加するTV討論で、「先の発言は、そうした事態にならないようにするという意味で言ったのだ」と“言い訳”する映像が全国に流れた。このことがクリントン氏の環境政策はブレると批判を招き、思いがけないイメージダウンになってしまった。現オバマ政権は、気候変動対策として“石炭への戦争”をしかけ、炭鉱の町では失業問題が深刻化しており、クリントン氏の当初の発言は本音ではないかと、鉱夫らの怒りが収まっていないことも伝えられている。
5月3日 鉱夫らとTV討論するクリントン氏 出典:FOX NEWS
あと半年、次期大統領はどちらか
トランプ支持者は、トランプ氏が「第2のロナルド・レーガン」となり、既成の政治に風穴を開け、現状を打破してくれることを期待している。筆者が2月にワシントンDCでヒアリングしたアナリストが語っていたように、レーガン氏も大統領選に出馬した当時は「映画スターが大統領だって!?」と国民は冷ややかに見ていたが、8年間の任期を務め、国民に愛された有能な大統領として歴史に名を残した。支持者にとってトランプ氏はレーガン氏の再来だとして期待が膨らんでいるのだろう。
これについてウォールストリートジャーナル紙は、「クリントンが大統領になるよりも、トランプ大統領のほうが経済成長を取り戻せる可能性が高い」とビジネスマンとしての手腕を評価しながら、「問題は、トランプはレーガンではないことだ」と述べ、「レーガンは40年間小さな政府と米国の国益を追求する哲学を確立し、卓越した優秀な政治戦略家だった。トランプは政治的戦術家として有能だが、政策や発言からも『大きな仕事をしたい』という欲望以外のまともな目的は見られない」と釘を刺している。
メキシコとの国境の壁の建設、イスラム教徒の米国への入国禁止の提案、自由貿易協定への反対姿勢は、共和党主流派の考えとは相容れないものだ。党内では「トランプ氏がやろうとしている貿易戦争はグローバルに経済的な大惨事を招く」との声や、保守タカ派は、海外の同盟から米国は手を引くべきだとするトランプ氏の主張に懸念を表明し、党内の亀裂は深まるばかりだ。
トランプ氏の環境政策についても、本選までの間に打ち出されてくるだろう。トランプ氏は「気候変動は中国がでっち上げたいかさま」と主張してきたが、3月のスーパーチューズデーを制したトランプ氏に対して米メディアが「相変わらずそう思っているのか?」と尋ねたところ、「あれはジョークだよ!」と笑って言い返した。最近になり選挙対策の参謀を数人、陣営に招き入れた影響かもしれないが、“大統領”になることを意識しはじめ、言いたい放題から“キャラ変更”か、との報道もあった。
既存政治への批判を背景とするトランプ旋風は、エスタブリッシュメント(支配階層)への国民の不満の表れであることから、エリート政治家のクリントン氏にとって本選で逆風になるかもしれない。トランプ氏との本選での対決では、白人男性票をめぐり厳しい戦いになることも予想される。また、クリントン氏にとっては、FBIが数週間内に事情聴取の予定とされる電子メール問題注1)が今後影響する可能性もある。
ウォールストリートジャーナルとNBCニュースが共同で行った最新の世論調査では、クリントン氏に否定的な人の割合は56%。肯定的な人の割合は3分の1弱。一方、トランプ氏に対して否定的な人は65%、肯定的な人は4分の1未満という結果となった。過去を見ても、有権者の間で否定的な見方がこれほど高い候補者同士が本選を戦ったことはないという。あと半年、二人のうちどちらかが時期大統領となる。果たして米国民はどちらを選ぶのだろうか。
- 注1)
- 電子メール問題とは:国務長官在任中の公務に私的な電子メールアカウントを使っていた問題