除染作業員と健康


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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 原子力発電所事故からの復興のために必要な人員に、除染作業員という存在があります。福島県には今でも数万人の除染作業員が、居住地の汚染を取り除くために働いています。
 今、この除染作業員の健康が、問題となっています。これが単なる労災という問題だけでなく、人手不足に悩む地域の医療を逼迫しかねない状況となっているためです。

I. 除染作業員の特殊性とは

 なぜ福島の除染作業員が他の復興現場と比べとりわけ問題になるのでしょうか。1つには、彼らが低賃金労働者の集団であること、2つめには、そのような社会的弱者でありながら「見える」形で社会に存在する事、そして3つ目には、医療保険を持つことで健康問題が顕在化した、ということが挙げられると思います。

(1)低賃金労働者を集める除染現場

 除染作業の下請け業者がホームレスをリクルートしていることは、海外のニュースにもなっており注1)、地元ではよく知られた事実です。しかし、風評被害への懸念のためか、日本ではこのニュースはほとんど報道されていません。
 人手不足、かつ6次受け、7次受けの下請け業者が当たり前の除染作業の現場では、低賃金労働者が多く集まります。結果として生活習慣のよくない人々が集まり、慢性疾患の「確率」が高くなってしまうのです。

(2)弱者が「目に見える」社会

 福島県で除染作業員であることを隠して暮らすことは困難です。
 1つには、作業員の人数は、その地域の人口に比べとても多いからです。たとえば人口約6万人の南相馬市に住む除染作業員は少なくとも5000人と言われ、日中だけ作業現場に入る方の人数も合わせれば、現在の南相馬市の人口の10%近くを占めています。この割合は原発に近くなればなるほど上昇し、中には作業員の人口の方が多い、という町すらあるようです注2)
 それだけでなく、田舎では、よそ者はとても目立ちます。作業者用の住居に住む、朝になると乗り合いバスに乗って移動する、異なる方言をしゃべる、コンビニで夕飯を買う…顔見知りがのんびり暮らす福島の田舎町で除染作業員はとても目立つ存在なのです。
 私は以前、東京の下町で勤務医をしていました。その地域にも、他人の医療保険で受診する方々やビザの切れた滞在者など、様々な社会的弱者がいます。しかしそのような方々は、東京という大都会に埋もれ、「見えない」存在として暮らしています。福島県の除染作業員は、このような弱者を社会の表面に浮かび上がらせている、という意味で特殊であると言わざるを得ません。

(3)医療保険による疾患の顕在化

 もちろん、低賃金労働者の現場は、全国どこにでも存在します。しかし除染作業員の健康問題だけがなぜ目に見える形で出てくるのでしょうか。その一因に、医療保険を持つことで疾患が顕在化したという側面があるのではないかと考えています。
 私の勤める病院でも、除染作業を始めて数日、という方が「具合が悪い」と病院を受診されることがしばしばあります。その時に進行がんが見つかったり、重症の糖尿病が見つかったり、という事がよくあるのです。このような方々の中には、除染作業員として働き始めたことで医療保険を持てるようになり、初めて病院を受診することができた、という方も多く含まれるのではないかと考えています。

II. 除染作業員の健康問題とは

 では具体的に、除染作業員の健康問題にはどのようなものがあるのでしょうか。
 除染作業員の健康問題には大きく分けて2つがあります。1つは健康リスクの高い除染作業員が持ち込む慢性疾患、そして除染作業そのものによる職業関連疾患です。本稿では、まず集団で見た除染作業員の特殊性について述べた後、2つの健康リスクについて述べてみようと思います。

(1)除染作業員が「持ち込む」リスク

 南相馬市立病院の澤野医師らの調査によれば、2012年~14年の間に同病院に入院した除染作業員方々は、ベースの健康状態がとても悪いことが示されています注3)。入院患者という偏った集団ではありますが、高血圧、糖尿病など、未治療の基礎疾患を持つ人が半数以上、喫煙率が90%以上もあり、2割近くに大量飲酒歴がありました。所得と健康リスクの高さは逆相関にあることは、既に疫学的によく知られています。このデータからも、元々健康リスクの高い人口が、被災地に急速に集まっている、という現状がうかがわれます。

(2)除染作業による労働災害

 作業員の健康リスクは、元々の疾患によるものだけではありません。作業環境・居住環境などによるリスクもまた、疾病増加へとつながっています。
 たとえば多くの除染作業は屋外で行われます。作業の性質上、時に防護服やマスク、ゴーグルなどを着用する場合もあります。そのような労働環境課では、熱中症や脱水リスク、それに伴う心血管イベントのリスクが必然的高くなります。
 それだけでなく、手の入らない人家の除染作業現場では、ハチなどの野生動物による被害も報告されています注4)。昨年は一人の作業員がスズメバチに刺され、アナフィラキシーショックで亡くなりました。またイノシシやドクガ、マムシも含めた動物関連疾患のリスクもあります。現場では長靴の着用を義務付けたり、作業前に蜂の数をチェックするなどの努力がされていますが、それだけで予防できるものではありません。

注1)
http://www.reuters.com/article/2013/12/30/us-fukushima-workers-idUSBRE9BT00520131230
注2)
http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/14/fukushima-hirono_n_4963601.html
注3)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG15HA1_W5A510C1CR0000/
注4)
http://www.minyu-net.com/news/news/0819/news1.html

(3)居住環境による健康リスク

 いま、福島県に入ると、空きビルの駐車場スペースや公園などに、2階建てのプレハブの建物が建てられているものが目に付くと思います。これが除染作業員の半数以上が暮らす、住居です。なかには10人以上が低い間仕切りで寝泊まりしているような部屋もあると聞きました。
 仮設住宅よりもはるかに劣悪な環境での集団生活は、それだけで健康リスクとなります。幸いインフルエンザの集団感染は起きていませんが、他の呼吸器感染症や、恐らく冷蔵庫がない事によるのでは、と思われる集団の食中毒の事例も出ています。
 前稿注5)で、原発事故の健康問題は放射能による健康障害をはるかに超える、ということを書きました。除染作業員についても、全く同じことが言えると思います。

医療を逼迫する作業員の健康

 このような背景から、福島県では、建設業者の労災が2011年を境に急増し、昨年には「死亡労働災害多発非常事態宣言」が出される結果となりました注6)。しかしこれは労災の問題にとどまりません。疾病・外傷が増加すれば、必然的にその治療を提供する医療従事者の負担ともなるのです。
 福島県では今、医療従事者の不足が深刻な問題となっています。例えば相馬市・南相馬市の病院スタッフで見れば、看護師の数は災害前の7割まで減少しました。一方で、避難者が増加したことなどにより、患者数はむしろ増えているところすらあるのです。そのような状況下で健康リスクの高い人々を受け入れることは、人手不足にあえぐ被災地の医療にとどめをさしてしまうかもしれません。

「災害支援」の盲点

 なぜ、このような社会問題が、震災4年以上たつまで見過ごされてきたのでしょうか。
福島の風評が更に落ちることを怖れた人々が口をつぐんだ、ということもあるかもしれません。しかしそれ以上に、これまで世間には「災害復興支援者」といえば、健康な人々が集まるもの、という思い込みがあったのではないでしょうか。
 海外の災害医学関連の文献をひも解いても、低所得の災害支援者の大量流入による公衆衛生の悪化、という論文は全くと言っていいほど見受けられません。
 しかし、原発事故の現場では、放射能に対する恐れから、当然人材不足が起こります。そして復興のスピードが早ければ早いほど、この人材不足は深刻となり、結果として日々紹介サービス業者の仲介による低賃金労働者の流入へとつながります。つまり今回の問題は、日本の目覚ましい速度での復興により生じた陰ともいえるのではないかと思います。

III. 社会に与えられた機会

除染中止では根本的解決にならない

 地域の住民側からすれば、一番の解決は除染を中止して健康問題を抱える人間を外に排除してしまう事かもしれません。実際、除染作業そのものに疑問を感じる住民の方々からは、そのような意見も出ています。しかし、日本全体で眺めた時、この社会問題を「除染作業」だけの問題として葬ってよいのでしょうか。
 もしとつぜん除染作業が中止になれば、職を失った作業員が大量に放置され、健康状態を更に悪化させるかもしれません。あるいは、同じ人々が職を求め、オリンピックの建築現場、東京へと向かうかもしれません。もし東京に移動すれば、このような弱者たちは、東京の街に飲まれ、再び目に見えない社会の片隅へと消えて行ってしまうのではないでしょうか。

支援の機会として

 逆に言えば今、目に見える形で弱者が存在する時こそ、社会全体が解決を模索できる時なのではないでしょうか。先ほどの進行がんの発見と同様、福祉の窓口もまた福島県に広げていくべきなのではないかと思います。
 たとえば求職者支援、ホームレス支援、中高年者就職支援…国内には様々な支援団体が存在します。支援を必要とする人々へのアクセスに苦心する、そのような団体にとっても、社会の弱者が見える形で集まってきている福島県にこそ、支援の方にとってもチャンスもあるのではないでしょうか。
 なによりも、今、福島には人・モノ・金、そして注目が集まっています。この集まった資源を有効に利用し、より広い社会へ還元できる手段はないものか。その辺に関し、私は門外漢ではありますが、浜通りの住民としてそう思ってしまいます。
 除染作業員を単なる反社会的集団として排斥するのではなく、福島県の「外」の、全ての人々もまた、知恵を集め、解決に取り組めないものか。様々な方の知恵が統合されることを望みます。

注5)
http://ieei.or.jp/2015/04/opinion150413/
注6)
http://fukushima-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/fukushima-roudoukyoku/anzen/pdf/270822sibouroudousaigaitahatsuhijoujitaisengenhartsurei.pdf

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