除染作業員と健康


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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(3)居住環境による健康リスク

 いま、福島県に入ると、空きビルの駐車場スペースや公園などに、2階建てのプレハブの建物が建てられているものが目に付くと思います。これが除染作業員の半数以上が暮らす、住居です。なかには10人以上が低い間仕切りで寝泊まりしているような部屋もあると聞きました。
 仮設住宅よりもはるかに劣悪な環境での集団生活は、それだけで健康リスクとなります。幸いインフルエンザの集団感染は起きていませんが、他の呼吸器感染症や、恐らく冷蔵庫がない事によるのでは、と思われる集団の食中毒の事例も出ています。
 前稿注5)で、原発事故の健康問題は放射能による健康障害をはるかに超える、ということを書きました。除染作業員についても、全く同じことが言えると思います。

医療を逼迫する作業員の健康

 このような背景から、福島県では、建設業者の労災が2011年を境に急増し、昨年には「死亡労働災害多発非常事態宣言」が出される結果となりました注6)。しかしこれは労災の問題にとどまりません。疾病・外傷が増加すれば、必然的にその治療を提供する医療従事者の負担ともなるのです。
 福島県では今、医療従事者の不足が深刻な問題となっています。例えば相馬市・南相馬市の病院スタッフで見れば、看護師の数は災害前の7割まで減少しました。一方で、避難者が増加したことなどにより、患者数はむしろ増えているところすらあるのです。そのような状況下で健康リスクの高い人々を受け入れることは、人手不足にあえぐ被災地の医療にとどめをさしてしまうかもしれません。

「災害支援」の盲点

 なぜ、このような社会問題が、震災4年以上たつまで見過ごされてきたのでしょうか。
福島の風評が更に落ちることを怖れた人々が口をつぐんだ、ということもあるかもしれません。しかしそれ以上に、これまで世間には「災害復興支援者」といえば、健康な人々が集まるもの、という思い込みがあったのではないでしょうか。
 海外の災害医学関連の文献をひも解いても、低所得の災害支援者の大量流入による公衆衛生の悪化、という論文は全くと言っていいほど見受けられません。
 しかし、原発事故の現場では、放射能に対する恐れから、当然人材不足が起こります。そして復興のスピードが早ければ早いほど、この人材不足は深刻となり、結果として日々紹介サービス業者の仲介による低賃金労働者の流入へとつながります。つまり今回の問題は、日本の目覚ましい速度での復興により生じた陰ともいえるのではないかと思います。

III. 社会に与えられた機会

除染中止では根本的解決にならない

 地域の住民側からすれば、一番の解決は除染を中止して健康問題を抱える人間を外に排除してしまう事かもしれません。実際、除染作業そのものに疑問を感じる住民の方々からは、そのような意見も出ています。しかし、日本全体で眺めた時、この社会問題を「除染作業」だけの問題として葬ってよいのでしょうか。
 もしとつぜん除染作業が中止になれば、職を失った作業員が大量に放置され、健康状態を更に悪化させるかもしれません。あるいは、同じ人々が職を求め、オリンピックの建築現場、東京へと向かうかもしれません。もし東京に移動すれば、このような弱者たちは、東京の街に飲まれ、再び目に見えない社会の片隅へと消えて行ってしまうのではないでしょうか。

支援の機会として

 逆に言えば今、目に見える形で弱者が存在する時こそ、社会全体が解決を模索できる時なのではないでしょうか。先ほどの進行がんの発見と同様、福祉の窓口もまた福島県に広げていくべきなのではないかと思います。
 たとえば求職者支援、ホームレス支援、中高年者就職支援…国内には様々な支援団体が存在します。支援を必要とする人々へのアクセスに苦心する、そのような団体にとっても、社会の弱者が見える形で集まってきている福島県にこそ、支援の方にとってもチャンスもあるのではないでしょうか。
 なによりも、今、福島には人・モノ・金、そして注目が集まっています。この集まった資源を有効に利用し、より広い社会へ還元できる手段はないものか。その辺に関し、私は門外漢ではありますが、浜通りの住民としてそう思ってしまいます。
 除染作業員を単なる反社会的集団として排斥するのではなく、福島県の「外」の、全ての人々もまた、知恵を集め、解決に取り組めないものか。様々な方の知恵が統合されることを望みます。

注5)
http://ieei.or.jp/2015/04/opinion150413/
注6)
http://fukushima-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/fukushima-roudoukyoku/anzen/pdf/270822sibouroudousaigaitahatsuhijoujitaisengenhartsurei.pdf

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