東京電力法的整理論の無邪気さと無責任さと


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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法的整理は被害者保護にはつながらない

 東京電力の法的整理を主張する方の論拠は、基本的に、公的資金によって東京電力を維持存続させることに大義はなく、市場原理の一般原則を尊重し、経営者や東電に投資してきた株主や社債権者など利害関係者の責任をまず問うべきであるということだろう。一見もっともらしく、国民感情の点からも受け入れられやすいが、それが問題解決の手段となり得るとは筆者には到底考えられない。法的整理論の問題点を損害賠償スキームにおけるものと東京電力の事業経営(廃炉等の事故処理も含む)、東電以外への影響に分類して整理する。

1.損害賠償スキームにおける問題点

 原賠法は先述した通り、事業者に無限の賠償責任を課している。無限の賠償を行うからには事業者は存続し続けなければならない。そして本来、有限の責任しか背負い得ない民間事業者に無限の賠償責任を課すことの実効性担保として原賠法に国の援助が規定されているのだ。法的整理は原賠法の目的に反し、その定める法秩序を逸脱することとなる。そのためそもそも法的整理は「あり得ない」というのが法治国家としての考え方であり注3)、「経産省幹部が金融機関に『東電は破たんさせない』と言ってしまった、といったところからこのおかしなことは始まっている」という河野議員の発言はおかしい。

 そして、東電を法的整理することは被害者保護には全くつながらない。会社更生法に従えば、損害賠償請求権は「更生債権」(更生会社に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であり、更生担保権や共益債権に該当しないもの注4))に分類され、原則として更生手続によらない弁済は禁止されている(少額の更生債権については裁判所の許可を得て随時弁済が可能な場合もある)。会社更生法による更生計画が認可決定されるまでには通常6カ月から1年という期間が必要となるが注5)、その間弁済はなされないのだ。この事態を回避するためには、例えば「平成二十三年原子力事故による被害にかかる緊急措置に関する法律」を改正して、国が直接支払いを行うための体制を整備する(現在、東電は委託先を含めて数千人規模で対応)、国による仮払いの範囲を拡大するなどの措置を講じなければならない。

 また、原子力災害の特殊性として晩発性障害が懸念されるが、会社更生の手続きにおいては一定期間内に届け出のない賠償債権(届出漏れ、事後の疾病発現等)は失権してしまうこと、被害者の損害賠償請求権を確定させるための交渉は、被害者一人ひとりが管財人と行わねばならず、被害者及び管財人にきわめて大きな負担が生じるなどの問題点も指摘されている。

注3)
こうした論に、NBL956号「原子力損害賠償法上の無限責任」同志社大学森田章教授、「福島原子力事故の責任」(社団法人日本電気協会新聞部、2012年)森本紀行他。森本氏の著書は、このインターネット番組の視聴とあわせてぜひ読んでいただきたい一冊である。
注4)
「会社更生法」(有斐閣、2012年)伊藤眞
注5)
「原子力損害賠償制度の研究」(2013年、岩波書店)遠藤典子 P176 は「通常の会社更生案件でも6カ月以上が費やされる。東京電力の場合(中略)発電所や送電施設などの専門的な設備を膨大に所有しており、果ては、子会社を通じて尾瀬国立公園の約4割の土地を所有しているといった特殊性を備えており、更生計画作成に耐えうる厳格な財産評定には、相当な期間が必要となるだろう」としている。なお本旨と関係ないが、東京電力は尾瀬国立公園の土地を直接所有しており、「子会社を通じて」との表現は誤りである。