地球温暖化に保険の考え方は適用できるか


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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経済学が考える温暖化のリスクの大きさ

 経済学では、将来に不確実な事象があるときには、保険を掛けることを対策として教えている。火災保険と同じ概念だ。住宅が火災にあう可能性は低いが、火災にあった際には大きな被害がでる。このために保険を掛け、万一に備えることになる。同様に、温暖化が事実かどうか疑問はあっても、対策には取り組まざるを得ないということだ。

 だが、温暖化に関する保険を設計することを想定すると、基本的なところで火災保険との大きな違いがある。例えば、火災保険では、万一の場合の被害額がはっきりしており、その被害額に応じて保険料が定められている。

 では、温暖化による被害額はいくらだろうか。また、その想定被害額に対応する保険料はいくらになるだろうか。これを知ることはまず不可能だ。英国政府の依頼で「温暖化の経済学」を著したスターン卿は、この金額を試算しており、被害額は国内総生産(GDP)の5%以上、その被害を抑えるための対策費はGDPの1%としているが、この計算はかなりデタラメだ。

 仮に、被害額を計算する前提が正しいとしても、対策を取る時点と被害が発生する時では、数十年以上の隔たりがある。経済学では。今の100万円と1年後、10年後の100万円は同じ価値という考え方を取らない。10年後の100万円よりは1年後の100万円の価値が高く、1年後の100万円よりは今の100万円の価値が高い。今、100万円を預金すれば、1年後、10年後にはより多くの金額を得られることからも明らかだ。

 温暖化対策は、今すぐ実施しても、効果が表れるのは数十年先のことである。だから対策費と将来の被害額を比較するには、将来の金額を今の金額に引き直すために、金利の概念に相当する「割引率」を利用する必要がある。スターン卿はその計算の際に年0.1%という割引率を使用している。しかし、0.1%では50年後の価値も今の価値とほとんど変わらない、意味のない割引率を採用している。

 実際に使用されている割引率をみると、日本の公共事業の場合で年率3~4%。米国でもほぼ同様の割引率が用いられている。温暖化対策は公共事業に近いことから、この割引率を利用することが適当だろう。とすると、50年後の100万円の価値は5分の1になり、今の20万円と同等の価値になる。もちろん、対策を講じても温暖化が遅れるだけと考えられるので、被害額がゼロになるわけではない。とすると、対策費より効果が小さいことになる。温暖化の被害額が相対的に大きくなるといわれる途上国で利用される割引率は、先進国より相当に高いのが普通だ。途上国で利用される割引率を利用すると、費用対効果はさらに悪化する。

 リスクがある以上、温暖化問題でも保険の概念は利用できる。しかし、保険料にあたる対策費をどの程度に設定するかは世代間の費用負担の衡平の問題もあり、難しい問題なのである。

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