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シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える(7)

シェルシナリオの紹介(承前)と シリーズ2の総括


東京大学公共政策大学院 客員教授


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 2020年9月、シェル社が“コロナシナリオ” Rethinking the 2020sを公表した。シナリオは3つで、Waves、IslandsそれにSky。前回はWavesシナリオを紹介したので、続きを書く。

セキュリティ優先 An Islands World

 自給自足。各国は自国利益を護り国際協力から距離を置く。貿易と経済成長が減速、経済力格差が先進国/途上国間の緊張を悪化させる。米中間の地政学的分断は深まる。
 多くの政府は、ロックダウンの緩和と再強化の繰り返しに苦闘。経済活動は“失われた10年”、エネルギー需要は伸び悩む。各国はローカルな再エネソリューションに注力し、環境汚染は改善。CO2排出量の伸びは鈍化するが、それは経済減速の結果だ。各国は国内問題に注力し、気候政策等世界大の課題の進展はパッチワークとなる。
 今後10年、セキュリティを社会目標として優先すればIslandsシナリオになる。2030年を過ぎてIslandsは、地政学的パワーのブロック化が進んだ、分断された世界となる。

健康優先 A Sky World

 社会は市民の健康的生活の確保を優先。COVID-19は手ごわく、容易に収束しない。ソーシャルディスタンシングは長期にわたり、社会活動の再開は漸進的である。ただし、この“手ごわさ”が各国政府を真剣にさせ、実務的な協働を促す。ベストプラクティスやソリューション、トラベルコリドー(2国間の往来可能な仕組み)。国家間アライアンスが構築されてゆく。
 国内経済対策は、生産性向上策と経済のレジリエンス構築が主力で、これが将来の安定成長に向けた手堅い基盤となる。2020年代後半、グリーン投資刺激策の影響が現れ、世界のエネルギーシステムは変わり始める。CO2排出量の軌道はパリ協定の目標に沿い始める。

 市民の健康的生活優先を実効あるものとするには、よく調整された政策パッケージが必要だが、社会はこれに成功する。それが若い世代の政治家たちを勇気づけ、他の社会目標、例えばエネルギー転換と気候変動対策等が推進されてゆく。
 このSkyシナリオは、シェルが2018年に公表した「Sky Meeting the Goals of the Paris Agreement」に描かれた「Skyシナリオ」の行程に乗る。
 2030年以降、先駆的な政府と民間企業との間に協力関係が見られる。革新的な政策イニシアチブやビジネスモデル、そして科学技術の展開。
 
 以上がシェルの社会経済シナリオです。

 さて再び、デロイト社シナリオと対比しながら考えてみる。
 デロイト社は、今後の「パンデミックの深刻度および伝染の進行パターン」に、最大の不確実性を見出した。そこではCOVID-19側の適応・変異や、ヒトの側の感染症に対する感受性の変化によってさらに悪い事態が起こるかも、という予感を取り込んだ。対してシェルは、CODID-19 を一過性のショックと見る。伝染進行パターンの違いは異なる社会の公衆衛生の能力の違いに因る、と考える。
 シェルのシナリオの中にも、COVID-19が“思ったよりも手ごわく、容易に収束しない”という想定がある。が、シェルのSkyシナリオでは、だからこそ各国政府は市民の健康的生活を優先すべく真剣に行動し、国際間での協調行動が促されてゆくのだ、というストーリーだ注1)
 対してデロイト社は、“思ったより手ごわい”事態の扱いが、シェルとは違う。中国の感染症対応が欧米より優れていたため、中国の国際的影響力が強まる(Sunrise in the East)。あるいは“手ごわすぎて破壊的”、感染症の恐怖に支配される世界が続いて各国が孤立する注2)(Lone Wolves)、と展開する。

 筆者としては、シェルはとりわけヨーロッパのステイクホルダーの中で企業活動をしているもので、EU政府内の論調に配慮すれば、対外広報上の理由でSkyシナリオを必要とするのか、と推測するが、どうだろうか。

エネルギーシナリオへ

 シェルに戻る。Waves、IslandsそれにSky、3つのシナリオ世界で語られているエネルギー・環境問題の未来に読者の関心が高いだろう。再説すれば、3つの社会経済シナリオは、今後10年のエネルギー・環境課題の取組み方をそれぞれの仕方で規定し、それは2030年以降のエネルギーミックスとエネルギー起源のCO2排出量を規定する。これがシェルのシナリオの型式だ。
 シェルはエネルギー・環境課題についての3様の未来を数量化して見せる。以下図表をいくつか掲載する。詳しく知りたい方は原典に当たられたい。

エネルギー需要

 CODID-19はエネルギー需要伸び率の“発射台”を下げた。だが、再び伸長がはじまるだろう。人口増加と経済成長が理由だが、成長速度は過去よりも緩やかになる。伸び率は、3シナリオに描き分けた経済回復度合い、政策、そして消費者選択に依存する。
 セキュリティを優先するIslands では経済発展が抑圧され、今後10年間のエネルギー需要の伸び率が、他のシナリオの半分程度にまで押し下げられてしまう。

エネルギー起源CO2排出量

 COVID-19の影響でエネルギー起源のCO2排出量の伸びが、いったん止まっている。
 ところで、エネルギー転換のペースは長いリードタイムが必要な技術ドライバーによるところが大きい。既におおかた進行中だ。だから、社会が何を優先するかの選択に関わらず、逆戻りはしない。
 市民生活の健康を政策課題として優先してゆくSkyシナリオでは、2030年に至れば、世界エネルギーシステムの大規模な再構成が始まっている。
 この動きが、パリ協定の削減目標到達のためのトリガーを提供する可能性がある。

再生可能エネルギーとエネルギーバランス

 3シナリオに共通して、ソーラーと風力エネルギー由来電力の高成長がみられる。が、2020年代のエネルギーシステムは、依然として化石燃料に依存する。
 3シナリオ共、天然ガス需要は成長を続けるが、石炭はいつかピークを迎える。石油はシナリオによって異なる。石油の需要は天然ガスや石炭よりもCovid-19による影響が大きかった。ロックダウンがモビリティに影響したのだ。モビリティは石油需要の40%を占めている。過去20年間に渡り、世界のエネルギー需要における化石燃料のシェアは約80%のままで安定していた。この化石燃料シェアは2030年までに、WavesとIslandsでは2.5%程度下落し、Skyでは5%程度下落。

 シェルは、先行する2018年のシナリオ作品「スカイシナリオ Sky Meeting the Goals of the Paris Agreement」との、対外発信面での連続性にこだわった、と推測する。2018年のシナリオはエネルギーストーリーが中心で、そこには、パリ協定の目標達成をめざすシナリオ 「Sky」 が書かれた。他のシナリオは、「Mountains」と 「Oceans」である。両シナリオではパリ目標には届かない未来世界が描かれた。シナリオチームは広報部門と協働して、2018年版Skyシナリオの発信に努めシェルの評判を高めた。
 2020年9月の「Rethinking the 2020s」の発表も同趣旨と見なしてよい。シェルは2018年と2020年のSky シナリオに、企業メッセージを乗せている。

 筆者はシリーズ1で、中長期経営計画に従事するエネルギー・環境関連企業の皆さんに、エールを送った。中長計の射程は3年から5年。目の前の“コロナ禍”は、計画策定の発射台である。従ってもし、中長計作業に何かの形でシナリオプランニング手法を使うなら、シェルよりもデロイト社を参考とすべきと考える。コロナ禍の将来の更なる悪化の可能性、を一瞥すべきだ。

 最後に、シリーズ2『シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える』の全体を、簡単にまとめる。

 シリーズ2の第2第3第4回では、現状分析の技法を解説した。
 現状分析では、おびただしい公開情報を調査分析する。情報の質をしっかり見極め、捨ててよい情報は捨てなければならぬ。そこで、注目した論説をデータ化・カード化して並べ、ロジック検証する。論述の質の良し悪しを、ロジックの良し悪し、という基準で捌く。ここが技法。さらに、夥しいカードを同じ画面に貼ると、カード同士の出会いが起こり、思いがけない斬新な未来展開が予感できる。
 このような作業を経て、はじめて、シナリオ作品の制作に入ります。

 第156、7回では、コロナ禍を題材にして、シナリオプランニングの手法から考えた。
 この手法の特徴は我々の社会システムを丸ごと、全体で考えることだ。昨今、エネルギー企業・研究機関の一部ではコロナ禍の、世界大の包括的な影響を認識し、この文脈を取り込んで将来のビジネス環境や政策環境を検討している。こうした組織は、エネルギー・環境問題の手慣れた専門性の巣穴から出て、従業員や消費者・・・つまり一般社会、と目線を合わせたい。専門性の巣穴は居心地がよいのだけれど、閉塞的。そこで、社会に開かれた組織はシナリオ手法に目を向ける。
 もうひとつのシナリオ手法の特徴。未来は今現在、正確にわかるものではない。未来の統計など、ない。だから、いよいよ未来展開(シナリオストーリー)を書き始めるときには、手堅い現状分析技法から、断然、離れる。ロジック(因果関係、相関関係、前後関係)が説得的に成立するのなら、勇気をもって書き進んでゆく。この姿勢の好例を、シリーズ2 第1回で紹介した、杉野綾子氏の米国エネルギー政策の将来展望の仕事に見ます。
 考え進む例を、もうひとつ。IPCC/COP運動の将来についてデロイト社のSunrise in the Eastシナリオが、すごく示唆的なのだ。以下、筆者がこのシナリオロジックを敷衍して前に進んでみます。
 Sunrise in the Eastでは、IPCC/COPの国際的な活動の場で、中国が国際交渉のリーダーシップを取り始めるだろう注3) 。世界に向けて“中国スタイルの”低炭素化ロードマップを示すだろう。(これが国際間交渉の従来型手続きにうまく乗らないならば、もちろん、一帯一路構想に戻ればよいのだ。)
 中国の原発輸出案件が増える。ジオエンジニアリング実験が始まる。政府がひとびとのライフスタイルを、低炭素化をめざす“新常態”に向けて強制してゆく。国民のデジタル監視システムと社会経済の低炭素化運動は、実は喰い合わせがよいのかもしれない・・・ 日本の温暖化関係の研究者たちや論壇は、ここ30年にわたって、ヨーロッパの議論を範としてきたが、さて・・・ 
 シナリオ手法は、こんな着想をうながすのだった。
 
 以上で シリーズ2を終えます。

注1)
原文 Governments focus on the pragmatic need to build alliances to solve the problems of the day. This is driven by the persistence of the virus
注2)
原文 The COVID-19 pandemic becomes a prolonged crisis as waves of disease rock the globe for longer than anyone was prepared for. Mounting deaths, social unrest, and economic freefall become prominent. The invisible enemy is everywhere, and paranoia grows.
注3)
9月22日 習近平国家主席氏は国連総会の一般討論演説;「CO2の排出量が30年までにピークを迎え、60年より前に実質ゼロを実現するよう努力する」、「中国の貢献度を高め、さらに有力な政策と措置をとる」