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がん専門医が語る福島の真実


東京大学医学部附属病院放射線治療部門長


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 福島第一原発の事故から10年目を迎えています。幸い、チェルノブイリの事故とは違い、住民の被ばく量は非常に少なく、実効線量で年間5ミリシーベルトを超える一般住民はほぼ皆無と言えます。CT検査による被ばくは7ミリシーベルトですから、いかに被ばく量が少ないか分かります。
 とくに、流通する食品の放射能については徹底した管理がなされました。米や肉などの一般食品の放射能の基準値は、EUや米国の1/12程度のキロあたり100ベクレルと設定されました。そして、事故翌年の2012年から米の「全量全袋検査」が開始され、2014年以降、厳しい基準を超える米袋はありません。まさに「福島の勝利」です。
 その一方、福島では、甲状腺がんと診断される子供が増えています。原発事故当時18歳以下だったすべての県民に甲状腺検査を行っており、これまでに200人を超える小児甲状腺がんが発見されています。


イメージ:PIXTA

 この検査は、チェルノブイリ原発の事故後に、約7千名の子供に甲状腺がんが見つかったことから始められたものです。なお、チェルノブイリでは、小児甲状腺がん以外には、小児、成人を問わず、いかなるがんの増加も確認されていません。
 福島でもチェルノブイリと同じことが起きているといった報道も見られますが、これは誤解です。県民健康調査検討委員会の評価部会も6月、「小児甲状腺の多発と放射線被ばくとの関連は認められない」とする中間報告を公表しています。国際原子力機関や国連科学委員会といった国際機関も同様の報告を行っています。
 牧草に付着した放射性ヨウ素は牛乳に含まれます。チェルノブイリの場合、旧ソ連政府は事故を数日間、公表もしませんでしたし、食品の規制も遅れました。また、甲状腺ホルモンの材料となるヨウ素は主に海草から摂取しますから、内陸にあるチェルノブイリの子供たちは、慢性的なヨウ素不足でした。その子供たちの目の前に、原発から放出された放射性ヨウ素が突然出現したのです。放射性であろうとなかろうと物質としての性質は変わりませんから、子供たちの甲状腺に莫大な放射性ヨウ素が取り込まれてしまいました。
 就学前の子供の5%近くが5000ミリシーベルトを超える甲状腺被ばくを受けた一方、被ばく量が50ミリシーベルト以下はわずか0.2%にすぎません。
 福島の子供では99%が30ミリシーベルト以下ですから、チェルノブイリと福島では、甲状腺の被ばく量が桁違いに違います。
 福島では、もともと子供たちが持っていた「無害な」甲状腺がんを、精密な検査によって発見しているにすぎません。がんが「増加」しているのではなく、「発見」が増えているのです。
 県民健康調査検討委員会の評価部会も「小児甲状腺の多発と放射線被ばくとの関連は認められない」とする中間報告を公表しています。国際原子力機関や国連科学委員会といった国際機関も同様の報告を行っています。
 小児甲状腺がんの検査は東京で行っても、福島と同じ割合で患者が見つかります。そもそも、すべてのがんが、放置すればどんどん大きくなって命を奪う病気というわけではありません。とくに甲状腺がんは、微小なものまで含めると、ほとんどの高齢者が持っているといわれます。
 お隣の韓国では、甲状腺がんの検診が拡がってしまい、20年間で発見数が15倍に増えました。しかし、死亡数は減りません。もともと、このがんで命を落とすことが極めてまれだからです。一方、がんと告知されれば、精神的ダメージもありますし、甲状腺の全摘手術を受ければ、一生甲状腺ホルモンを飲むことにもなりますから、マイナスの方が大きくなるでしょう。甲状腺がんの検診は「無駄」というより、「してはいけない」と言えるでしょう。
 世界保健機関(WHO)の傘下の国際がん研究機関(IARC)の専門家グループが昨年、「原子力災害後の甲状腺の健康調査」と題した文書を公表しました。研究グループはがん検診や放射線疫学、放射線計測、病理学、内分泌学、外科など、14人の専門家で構成され、現在までに得られた科学的知見をもとに検討を行いました。また、福島県の県民健康調査検討委員会メンバーとも意見交換が行われました。

 この文書では、2つの提言を出しています。

(1)
原子力災害後に、全住民を対象とした甲状腺検査は実施しないこと。
(2)
「リスクが高い個人」に対しては「甲状腺モニタリングプログラム」を考えること。

 要は、被ばく線量が高い個人にしぼって検査を行うべきだと勧告しているわけです。そして、IARCは「リスクの高い個人」を「甲状腺の被ばく線量が100~500ミリシーベルトあるいはそれ以上」の人と定義しています。
 甲状腺の被ばく線量が100ミリシーベルトを上まわる福島の子供はいませんから、「検査をしないことを推奨する」が当てはまることになります。
 しかし、一度始めた検査を中止することは簡単ではありません。甲状腺がんの「過剰検査」は福島の事故の教訓の一つと言えるでしょう。



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