空気から直接水素を作る技術


YSエネルギー・リサーチ 代表

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 太陽光・風力発電のような出力が不規則に変動する再生可能エネルギーからの電気を利用し、水を電気分解して水素を作る方式の重要性が広く認識されるようになっているが、再エネからの電気を利用しなくても、もっと簡単に水素製造を行う新技術の開発がこの2月に報じられた。
 これは、Dutch Institute for Fundamental Energy Research(オランダ・エネルギー基礎技術研究所)が、トヨタ自動車の技術開発拠点であるトヨタモーター・ヨーロッパ(TME)の協力を得て、大気中に含まれる水分を太陽光のエネルギーで分解して直接水素を得ることができる素子を開発するのに成功したというものだ。まだ基礎研究段階であるが、NOW(オランダ技術研究機構)から開発支援資金を得ることになっている。

 この技術の具体的内容は、大気中の湿分(水蒸気)を吸収した上で太陽光が当たると活性化し取り込んだ水分を水素と酸素に分解することができる多孔質の素子を開発したというものだ。現在普及し始めている方式である水の電気分解で水素を作るときのように電力を必要としないのが大きなメリットとなる。発生した水素を貯蔵し、燃料電池や水素を燃料とするタービンに供給して発電すれば、温暖化ガスを全く排出しない発電プロセスとなる。さらに、水を電気分解するシステムでは大量の水が必要となるが、この新しいシステムでは、空気中の湿分だけを利用するために、水の乏しい地域でも水素を作ることができる。また、水の成分を調整する必要もなく、水分解のように泡の発生などによって分解が阻害されることもない。

 この新しく開発された素子の分解能力は、水の電気分解の70%相当になるということだが、今後まだ向上の余地はあるようだ。この素子は固体高分子電解質膜と多孔質の電極、水分を吸収する素材を組み合わせた膜構造になっている。現在使用されている光に反応する電極は光成分の5%以下である紫外線領域でしか活性化しないが、光の波長全体で活性化するように広帯域化し、同時に水分の吸収力を高めるのが次の開発ステップだとしている。

 この素子でできた膜がどのような大きさの構造物になるかは述べられていないが、太陽光発電パネルとあまり変わらない面積であるとすれば、利用できる分野は極めて大きいだろう。太陽の光があるところであれば、どこでも水素の製造ができるということになる。熱帯の砂漠地帯でも大気の湿度はゼロではない。ということは、量的には少なくなるが水分はあると言うことだ。このような環境の場合には、膜と空気の接触面積を大きくしてやれば対応できるはず。あるいは、空気の通過量を増やしてやる手もある。ただ、通過量を増やすのに電力を使わなくて済むようなシステム、たとえば上昇気流が強くなるような構造物に膜を張るなどの工夫が必要だろう。また、思いつきに過ぎるかも知れないが、水素を使って燃料電池を発電させると、その排気には水が含まれるから、排気を還流させるという方式も考えられる。

 この新しく開発された技術がどのように実用化されるかはまだ見えないが、水素社会実現に貢献できるものに育ってほしいものだ。素子の製造コストが大きくなければ、安価な水素を入手できる。エネルギー市場に価値あるインパクトを与えることを期待したい。ただ、再エネからの電力供給が過剰になった際の解決策の一つである水電解による水素製造の役割がなくなることはあるまい。