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拡大する「ESG投資」の課題は何か

──気候変動に関する投資家エンゲージメントを巡って


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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4.ESG投資・エンゲージメントはリターンを高めることに寄与しないとする文献

 しかし、全く逆の結論を導き出している論文もある。まずは、ハーバード大学ケネディースクールの名誉教授であるJoseph P. Kalt博士らのレポート「Political, Social , and Environmental Shareholder Resolutions: Do They Create or Destroy Shareholder Value ?」を紹介する。2018年6月に発表されたこのレポートは、全米製造業者協会の委託により実施されたものであり、近年急速に増加しているESGに関する株主総会決議、その中でも特に気候変動関連の決議と、株主利益との関係性すなわち株価への影響について分析したものである。インターネット上に公開されているので、ESG投資に関心をお持ちの方にはご一読をお勧めしたい。
 同報告書は、気候変動関連の株主提案を例に、それが株主の利益(リターン)を高めているのかどうかの分析を行ったものだ。企業が気候変動関連の情報開示を増やした場合、あるいは、増やすことを求める株主提案がなされた場合に、株価がどう動くかを分析したのだ。
 結論からいえば、「そうした追加的な開示が市場に対して有益な情報を提供し、それが株主の利益となるという仮定を裏付けるものは何ら得られなかった。むしろ、そうした株主決議の採択が企業収益に何らインパクトをもたらすことはないという証左が示された」と断じている。 
 その理由として、「気候変動のような課題に関する企業のリスクやチャンスは、どのような政策がいつ導入されるかによる。企業経営者たちがシンクタンク等他のあらゆる機関と比べてそうした情報を得る能力や立場があるわけでもないのに情報開示を強制しても、対応のコストがかかるばかりで、特に有益な情報を市場に提供できるわけではない」としている。「気候変動を含む様々な課題に効果的に対処するには、世界各国が共通の政策を導入する必要がある」のであり、「課題に対する対処が進まないフラストレーションを企業に対して押し付けるべきではなく、それは政策遂行機関が負うべきタスク」とも述べられている。
 情報開示を求める株主決議の採択が企業収益にインパクトをもたらしていないことを裏付ける分析として、いくつかの特定の企業に対してなされた気候変動関連の情報開示を求める株主提案、より正確にいえば、そうした提案を含む委任勧誘状(proxy statement)が出された日の6か月前になされた100ドルの投資が、その提案に関する投票が行われた日を経てその6か月後までのリターンについて、イベントスタディという手法に基づいて分析を行っている。この手法は、企業に関するイベントが発生した際の企業価値への影響の有無などを統計的に分析するものである。
 提案が通ったケース、通らなかったケース含めて複数業種から企業を選択してイベントスタディを行っているが、例えば、エクソンモービルは2016年と2017年の株主総会に同じ内容の提案が出されている。そのうち2016年は否決されたものの、2017年は可決されるという全く異なる結果となった。


図2/エクソンモービルの投資リターン(2016年の株主総会決議の前後1年)
(出典:Political, Social, and Environmental Shareholder Resolutions: Do They Create or Destroy Shareholder Value?(P39))


図3/エクソンモービルの投資リターン(2017 年の株主総会決議の前後1年)
(出典:Political, Social, and Environmental Shareholder Resolutions: Do They Create or Destroy Shareholder Value?(P40))

 分析の詳細は紙幅の関係で割愛するが、同社への株式投資のリターンは市場のインデックス(S&P500)や業種のインデックス(Value-weighted index of peer firms)と一致した動きを見せると結論づけられている。
 また、CDP(旧称Carbon Disclosure Project)に対する情報開示についても、同様のイベントスタディを行い、2017年におけるCDPへの回答有無や評価(score)がCDPによる結果公表直後に企業価値を高めていないことを確認した。また、より長い期間での影響を確かめるために、2013年におけるCDPへの回答が、2017年末までの期間における企業価値を高めたどうかを分析したところ、統計的に有意な関係はみられなかった。
 いずれの分析も、ある単発のイベントに対する比較的短い期間(数日から数年)における影響をみており、ESG投資が定義する「長期的な価値向上」を評価するのに十分な長さとはいえないという反論は十分にあり得る。しかし、複数の分析のいずれにおいても、本項冒頭に書いた通り、「気候変動関連の情報開示と、その企業の株主リターンに有意な差がみいだせない」という結論は、今後の企業と投資家との対話を考える上で留意すべきものであろう。
 なお、この報告書は気候変動に関する情報開示を求める株主提案を巡る「役割分担」の不十分さについても強く批判している。この点はまた別途、論を立てるとして、今回は本レポートの指摘を簡単に紹介しておく。
本レポートが2006年から17年までの間になされた株主提案を分析した結果、気候変動については、この問題に思いを持った一部の団体によってなされる傾向が確認されたという注6)
 もう一つの課題として、提案採否が一部のアセットマネージャーの投票行動によって支配されていることも指摘されている。BlackRock、Vanguard、State Street Global Advisors(SSgA)という「Big Three」の運用会社の投票行動が結果を支配しており(表1)、2017年に出された七つの気候変動関連の提案に対して、賛成票を投じた個人投資家は13%のみであると指摘されている。要は一部のアセットマネージャーが実質的に決定権を持ってしまっているのだ。加えて、彼らがなぜ情報開示を求めるのかといえば、彼らも自らの株主から投資先の気候変動関連決議に賛成するようにプレッシャーを受けていること、またそうした特色を打ち出すことでESGを重視する投資家からの運用委託が増え、運用資産(asset under management)を増やすことができることからであり、「彼らの気候変動関連の提案への賛意は、株主価値の向上ではなく、彼らの運用資産の増加という関心によってもたらされている」と批判的に論文を締めくくっている。


表1/気候変動関連の株主提案に対する「Big 3」の投票シェア
(出典:Political, Social, and Environmental Shareholder Resolutions: Do They Create or Destroy Shareholder Value?(p26)より筆者加工)

 こうした課題に対する批判は他の論文でもなされており、例えば、議決権行使助言会社がレーティング機関としての機能とコンサルティングサービス提供事業者としての機能の両方を持っているのは利益相反であると強く批判し、「法の下規制を行うべきときだ」とする論文注7)や、アセットマネージャーが巨大な数の投資先企業への議決権行使を少人数でまわしているという「人手不足」を指摘する文献も出されている。これらの指摘もESG投資を成熟させるにあたっての大きな課題といえる。柳美樹(2018)「ESG投資と気候変動・長期的なエネルギー転換をめぐる動きー欧米で議論されているESG投資の課題とは?(仮題)」(日本エネルギー経済研究所)などを参照されたい。

まとめとして

 ESG投資、特に機関投資家による投資先企業へのエンゲージメントは、パリ協定後の気候変動対策を語る上で外せない論点ではあるが、提唱されるようになってからの歴史はまだ浅い。日本ではESG投資がやっと市民権を得つつあるところだ。改めてその目的は何かを共有し、その目的に合致するような制度・手段として成熟させていくべきタイミングだろう。
 ESG投資が株主へのリターンを長期的に高められるのかどうかについては見解の対立があり、どちらとも判断ができない。過度な期待や「みんながやっているから」ではなく、真に社会を変える手段としていくために、ESG投資に関する促進的な意見だけでなく批判的な見解にも触れることが、議論のバランスを保つうえで重要ではないだろうか。

【謝辞】 
本稿をまとめるにあたり、電力中央研究所 社会経済研究所 上野貴弘上席研究員、日本エネルギー経済研究所 柳美樹研究主幹に大きな示唆をいただいた。

注6)
「Proxy Monitor」という株主提案の動向に関するデータを提供するサイトから、2006年から2017年までの間で、Fortune250社に対してなされた人権問題と気候変動問題に関する株主提案を出した団体を抽出、その分類を行っている。
注7)
ACCF “Time to Regulate Proxy Advisory Firms”
http://accf.org/2018/05/16/time-to-regulate-proxy-advisory-firms/


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