英国から考える、気候変動政策の今後

地球温暖化政策財団 ベニー・パイザー氏にきく


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2018年12月号)

 地球温暖化問題について分析・発信を続けている英国のシンクタンク「地球温暖化政策財団」(The Global Warming Policy Foundation)のベニー・パイザー(Benny Peiser)所長が来日し、一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所が主催するシンポジウムに登壇した。気候変動の科学の不確実性、その不確実性を踏まえた上で気候変動政策はどうあるべきかを考えるという二部構成で進められたシンポジウムは、わが国の気候変動対策を巡る議論の中では得難い視点と示唆を与えてくれた。
 保守党、労働党双方の代表的な政治家、英国国教会やイングランド銀行から多様なボードメンバーを迎え、「地球温暖化問題について、できるだけ現実的な観点から、政府が採択する政策の評価をする」ことを続けている同シンクタンクの所長として活躍するパイザー氏に、EUおよびイギリスの温暖化政策の今後、IPCCの報告書に対する評価や台頭するESG投資について、そして日本へのアドバイスを伺った。

気候変動の科学と政策のあり方について

─── 昨日のシンポジウムの中で、「政策決定の際には謙虚であるべき」ということを繰り返し述べておられました。そのメッセージの背景を教えていただけますか?

パイザー:気候変動の科学においては、合意できている事実と、そうでないもの、いわば憶測が混ざり合っています。それらを見分けて、現実的に考える必要があります。私はもともと、ドイツの「緑の党」立ち上げに関わったメンバーの中の一人です。しかし、環境配慮を強く求める人の主張は、どこか終末思想的であり、誇張が多いことに気がつきました。データから読み取れることを誠実に読み取ることが科学的態度であり、読み取りたいように読むのはそうではありません。しかし、科学者は時にそうしたことをしてしまいます。私は社会科学者として、データに謙虚であろうと主張しているのです。
 例えばIPCCも、自然科学分野を担当するワーキンググループ1は科学的に慎重な態度を維持していると思います。しかし、政策担当者向けの要約をつくる段階では相当政治的な調整を受けています。過去のデータについては信頼性が「ない」のではなく「劣る」のです。過去のデータを否定するつもりはなく、あくまで、読み取れる以上のことを言わないで、ということが言いたいのです。

ベニー・パイザー  Benny Peiser
地球温暖化政策財団 所長

 地球温暖化問題について、中立的な立場から情報を分析・発信している英国のシンクタンクThe Global Warming Policy Foundation(理事長:Ni gel Lawson元サッチャー内閣財務大臣)の所長。社会科学者であり、温暖化の科学的知見の情報提供のあり方および内外の温暖化対策について多くの著作がある。国際天文学会によって命名された小惑星Peiser は氏の業績を讃えてもの。
 なお、氏が登壇された国際シンポジウム「地球温暖化の科学的知見と欧州における政策」についての詳細は、キャノングローバル戦略研究所のホームページをご覧いただきたい。(http://www.canon-igs.org/event/report/20181003_5288.html

───しかし「予防原則」という言葉があるように、科学で解明しきれないところがあったとしても予防的に行動しなければならないという意見もあります。この意見に対してはどう答えますか?

パイザー:どんな対策やステップもポジティブとネガティブの両面があります。予防原則もそうです。削減と適応のどちらが現実的で、コスト効果が高いかを考えなければなりません。適応は問題の根本的な解決にはならないと批判されることもありますが、新興国の経済成長を見ても、削減を目指すことが本当に現実的な解決方法かどうかは疑問でしょう。

EUの気候変動政策の今後

─── 今後もEUは気候変動対策の目標の野心のベルを維持するのでしょうか?

パイザー:わかりません。しかし、今起きていることを評価すれば、EUはもともと、依って立つ前提の多くが結局本当でなかったということを認識しはじめていると思います。もちろん、オープンにそれを認めることはしていませんが……。例えば再生可能エネルギーの導入を進めるためのコストについて、再エネへの補助も大きく膨らんだのに加えて、再エネをうまく活用するにはグリッドを含めたコスト全体を考えなければならないという事実の前に、「話が違う」と考えている人は多くいます。
 当初考えていた前提とは異なる状況になっていることは、政治に大きな変化を引き起こしています。ブラッセル( 筆者補:欧州委員会)はこれまで気候変動政策についてEUが先頭を切るということについて一枚岩でしたが、いまは「野心を下げろ」と言っている人もいます。気候変動の分野でも、政治的・地理的分断が生じつつあり、詳細に見れば、欧州が発しているいろいろな「サイン」に気がつくでしょう。何よりも重要なのは、EUにとって気候変動アジェンダは最重点ではないということです。移民、雇用維持などの経済政策などのほうが優先すべき課題と認識されています。欧州の「リップサービス」を信じないでください。 

─── 「欧州のリップサービスを信じないで」とは面白いですね。その意図するところをもう少し詳しく教えてください。 

パイザー:やっていることと言っていることが違うのです。そもそも、パリ協定ができる前にEUが提示したプレッジ(筆者補:2030 年には1990 年比▲ 40%)は、「すべての国が参加する法的拘束力のある枠組みの構築」が条件になっていました。当時の欧州委員会の高官は明らかにそう言っています。しかし、オバマ政権の代表としてCOP21 にやってきたケリー国務長官(当時)は到着早々「目標達成を法的義務とする『条約』を生むことは、このCOPはできない」と明確に述べています。米国議会の状況をみればそれは明らかだったのですが、EUはいきなり足元をすくわれてしまったのです。米国や中国、インドが法的な削減義務を負わないのに西側諸国だけが負うというのは、EUも受け入れられません。
 パリ協定の採択は、コペンハーゲンでのCOP15 の大失敗というトラウマから脱するための政治的PRツールとしては成功でしたが、CO2 削減の戦略としては失敗です。EUは全体としてのCO2 削減目標をパリ協定の下で提出しましたが、それを実行するための再エネ導入目標や省エネ目標に法的拘束力はありません。EUの自動車メーカーは、2030 年に30%のCO2 を削減するという目標はにべもなく拒否しました。それもそうでしょう。EUの自動車分野からのCO2 排出はむしろ増加しはじめています。ディーゼルではなくガソリン車の販売が増えたり、原油価格の下落を受けてSUV 車の人気が高まっていますので、それも道理です。
 環境保護団体CANは、EUのすべての国がパリ協定の下の削減目標に届かないだろうと言っています。 

───しかし、前向きな変化として、再エネのコストについては、欧州ではかなり下落していると認識しています。わが国の再エネも早急に欧州のようにコストダウンできればと思っているのですが、欧州では再エネのコストの問題はどのように認識されているのでしょうか。

パイザー:確かにLCOEコストは下落しています(筆者補:Levelized Cost of Electricity : LCOE、均等化発電原価。建設単価や燃料費、維持費等発電所の平均稼働期間の間の全必要経費を想定して、平均稼働率によって求められる発電電力量で除するモデル計算により、各電源の1kWhあたり発電コストを評価するもの)。ただ、発電所を建てればよいわけではなく、電気はグリッドで活用しなければなりません。そうしたシステムコスト、すなわち、送配電網の整備や調整力としての火力発電のコストも考えれば、本当に安いとは言い難いのです。
 むしろ私たちは、EUにおける再エネへの投資がこの10 年で半分になったという事実をみなければなりません(図1)。ドイツの洋上風力で補助金ゼロの入札があったという話なども、企業が個別契約で長期の買取保証を得ているからです。再エネが安くなっているというなら補助金なしでもっと増えるはずなのに、補助金がなくなれば導入量が減っていることが、そうではない事実を伝えているのではないでしょうか。


図1/欧州における再生可能エネルギーへの投資動向
(出典:Benny Peiser氏プレゼン資料)

石炭の廃止を進められないドイツ

─── 欧州委員会と各国政府の距離感、また、英仏独それぞれの政府の思惑をどうご覧になっていますか。

パイザー:EUの二大国である独仏についていえば、フランスはまだ原子力に大きく依存するでしょう。原子力への依存度を低減しようとしていましたが、ここ数か月でエネルギー政策が変わりつつあると思います。国民に人気が高かった環境活動家のユロ氏が環境大臣を辞職したのは象徴的な出来事だと理解しています。メディアの報道でも、フランスは原子力の新設・リプレースを進めると報じられています。
 ドイツは石炭の廃止を進められず苦しんでいます。彼らの電力の40%は石炭・褐炭によるものです。褐炭を減らすことは、ロシアの天然ガスへの依存を高めることになるのでしたくないですし、褐炭はとても安価であり、国内で大きな雇用を生み出しています。2017 年9 月の選挙で第三党に躍進したAFD(ドイツのための選択肢)は、脱石炭を含めて、気候変動対策や再エネ政策に強く反対しています。こうした状況を受けて、実は、EU 全体の目標引き上げの最大の反対者は実はドイツなのです。
 アルトマイヤー・エネルギー大臣は「ドイツだけが先頭を行く必要はない。EUの他国のスピード、世界のスピードでやる」と明確にコメントしています 

─── フランスは原子力回帰だとのお話がありましたが、気候変動の世界では原子力について正面から議論されることはほとんどありません。EUの原子力に対する考え方はどのようなものでしょうか?

パイザー:欧州における原子力には二つ問題があります。一つはおっしゃった通り、温暖化対策として非常に有効な手段ではあるのですが、環境派は統合失調症の気味があり(笑)、原子力発電をするくらいなら石炭火力を利用すると主張する人が多いことです。もう一つは原子力発電所のコストの問題です。ヒンクリーポイントCという新設の原子力発電所については、これまで運開実績のない設計( 初号機)であることに加えて、資金調達コストが膨らみ、予算を大幅に上回る見通しです。原発を建てるなら政府が保証の役割を果たさないといけません。

日本への示唆

─── 現在、気候変動対策を進める原動力になっているのは、パリ協定という国際的な枠組みよりもむしろESG 投資という金融・投資の動きだといえるでしょう。ESG 投資についての評価をお聞かせいただけますか?

パイザー:アンバランスだと思っています。OECD諸国が内輪でルールを決め、例えば石炭火力に融資が起きないようにしたとしても、それは誰か他の人、例えば中国がそのチャンスを持って行くというだけです。中国はそこに何のためらいもありません。西側諸国の「自縄自縛」でしかありません。エネルギー問題という極めて国のあり方にとって重要な問題を、文化的なプレッシャー、ムーブメントで決めてはいけません。安全保障であり、経済なのです。
 テスラ社もそうですが、彼らとともに夢をみたいという人間が投資してくれる限り事業は続けられますが、バブルがはじける可能性もあります。欧州では既に太陽光産業でバブルがはじけました。 

─── 最後に、日本へのメッセージをお願いします。

パイザー:私の最大のフィロソフィーは、産業競争力の維持が重要であるということです。産業が競争して安い値段でエネルギーを提供できる環境・市場を整えるべきであって、「何でつくるか」を政府が指定すべきではありません。欧州のリップサービスを信じることなく、欧州の轍を踏むことなく、エネルギー・環境政策を冷静に議論してください。

まとめとして

 地球温暖化政策財団は個人の寄付で成り立っている。理事長はサッチャー政権時代に財務大臣を務めたナイジェル・ローソン卿であるが、ボードメンバーには、労働党・保守党両党から代表的な政治家を招くとともに、英国教会の僧侶、前イングランド銀行のダイレクターなど多彩な人材が名を連ねている。
 わが国のエネルギー・環境政策の議論においては、頻繁に「〇〇では」という他国の事例が引用されるが、パイザー氏の「欧州のリップサービスを信じないで」というコメントは、エネルギー・環境政策は各国それぞれが生き残り戦略として策定するものであることを改めて示唆するものであった。
 最後に、こうした有識者を招聘し、直接そのお話を伺う機会を積極的に設けてくださるキャノングローバル戦略研究所の活動に心から敬意を表し、このインタビューへのご協力に御礼を申し上げたい。