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日独のエネルギー転換 それぞれの課題と選択

ドイツには課題克服のポジティブな意思


慶應義塾大学産業研究所 教授


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EPレポートからの転載:2017年11月11日号 )

 2017年初め、若狭湾に面した自然豊かな高浜原子力発電所を訪れる機会に恵まれた。2030年における原子力による発電シェアを20~22%とした政府目標の実現のためには、安全性を高めた原発の再稼働と、40年とされた運転期間の延長が必要となる。訪間した当時の高浜原発は、昨年再稼働を果たしたのち、大津地裁の差し止め仮処分により停止している状態にあった。
 津波の侵入を遮断する堤防、それでも機能を喪失した事態に備える何重もの対策を目にした。想定する津波や竜巻の水準は、当地のお寺などを巡っても、歴史上の記録も見出せないほどという。未利用であった地下水をためて緊急時に利用する装置など、規制によらない自主的な取り組みにも積極的である。安全対策主任による説明と応答は誡実さを超え、凄みすら感じられた。エンジニアとしての誇り、そして安定供給の実現という公益への強固な信念なしに成し得るものではないだろう。

再稼働の社会的便益

 福島第一原発事故前における想定外をその内とするため、高浜原発における対策費用は5000億に上る。費用は膨大だがその発電能力も巨大であり、再稼働すれば投資回収は十分である。その社会的便益も大きい。震災後の電カ価格上昇と供給不安は、国内投資を抑制し、電力多消費的な生産を海外へシフトさせる要因ともなった。安価で安定的な電力供給の回復は、地域経済における投資機会を改善させる。時計の針は再び動き始めたばかりだ。

エネルギーヴェンデの熱気

 時を同じくしてベルリンを訪れた。日独エネルギー変革評議会の会合は、30%超まで拡大した再エネ比率を30年には50%へ、50年には100%とするエネルギーヴェンデ(大転換)の熱気を帯びている。その原動力は、福島事故を受けて定められた22年までの脱原発の決断と、市民の手による分散型システム構築に向けた挑戦である。
 ドイツの電力多消費企業は、再エネの大幅導人により安価となった電力を卸市場から購入できる特権(賦課金は免除)を享受している。しかしその価格低下は導入された再エネの限界費用の反映に過ぎず、支援制度による賦課金の拡大や火力発電の稼働率の低下など、全体的なコスト増加は一般家庭における電力価格に重くのし掛かる。
 さまざまな現状批判は、ドイツの研究者の前では空転する。それは彼らが現状を無視するからではなく、むしろ諸課題ゆえに、必要な研究開発と市場機能の拡大を通じて克服すべきだとするポジティブな意思が感じられた。会合に出席した地方事業者は、再エネ推進は定年退職者の人生における新たな挑戦の舞台ともなり、若者との協働により、発電以外の付加価値創造への呼び水として機能し始めているという。それは官主導の補助金行政とはベクトルが異なるのであろう。
 いやそれでも、一般の生活者にはエネルギーヴェンデは政府の押しつけに過ぎず、重い負担でしかないのではないか。帰路、ベルリン生まれというタクシーの運転手に、倍増した電力価格について尋ねた。フクシマを見てドイツは脱原発を決めたからね、と彼はほほ笑みを浮かべた。これくらいの負担は覚悟の上だと言わんばかりである。

対照的な日独の経済状況

 近年における日独両国の経済成長は対照的である。2000年以降、ドイツ経済の年平均成長率は日本を0.4ポイントほど上回り、好調な経済成長の半分は外需(純輸出)の拡大に支えられている。15年では純輸出はGDPの7.6%を占め、内需拡大が強く求められた日本経済のピーク(1986年の3.8%)を大きく上回る。経済大国として持続し得ない水準であり、ユーロ経済圏の不均衡の源泉となっている。IMF(国際通貨基金)は、統一通貨ユー口はドイツの為替レートを10~20%過小評価(2015年)しているとした。日本経済になぞらえれば1ドル125円ほどの円安によって、価格競争力が長期に維持されている状態である。
 対する日本では、国内における投資の収益率は低迷を続け、投資が抑制されることで、生産性劣位の格差も拡大してきた。生産性の改善に向け、アベノミクスは競争力強化や教育への投資拡大を志向している。再エネなど非効率的な投資の拡大は、将来の収益率を低下させる懸念も大きい。収益率の高い投資機会を選択し、それがまた新たな投資機会の創出へと結びつく好循環が期待される。安価で安定的な電力供給は欠かせない成長基盤である。
 エネルギー転換における日独それぞれの挑戦は、経済環境の相違を背景としている。賃金抑制的な労使協調がされ、世界金融危機においても財政出動に消極的であったドイツには、低収益であろうとも内需拡大的な転換の姿を模索することが望まれている。
 もし再エネの技術革新の到来が30年早く、当時の日本経済が土地ではなく再エネに投資をするものであれば、“失う”ことのない20年を送ることができたかもしれない。いまの日本はそれを許す環境にはないだろう。