原子力学会リスク部会「安全目標再考」シンポジウム開催報告


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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 8月26日、東京大学において「『安全目標』再考 -なぜ安全目標を必要とするのか?」と題するシンポジウムが開催された。残暑と呼ぶにはあまりに厳しい暑さの中、また、8月最後の日曜日でありながら、120人を超える参加を得て、午後いっぱいを費やし、わが国の原子力の「安全目標」についての議論が行われた。このシンポジウムは、本年3月に東京大学弥生研究会から発行された同じタイトルの論文を題材としたもので、論文や当日の発表資料はリスク部会のHPに掲載されている。ご関心があれば(原子力事業に関係する方には必ず)ご一読頂ければと思う。

 筆者自身は原子力学会員でもない、全くのよそ者である。「原子力安全」と向き合うようになったのは、2016年1月に逝去された故・澤昭裕先生(国際環境経済研究所 前所長)から、「リスクというものの考え方を、一般の方にもわかるようにまとめてほしい」という宿題を遺されたことがきっかけだ。私こそがその「一般の方」であり、余りに大きな宿題の前に足がすくんだが、多くの方のご協力やご指導をいただき、澤先生のご逝去からちょうど1年となった2017年1月に「原発は安全か たった一人の福島事故報告書」(小学館)の発刊にこぎつけた。
 こうした経緯から、原子力学会リスク部会長である東京大学山口彰先生にお声掛けいただき、弥生研究会の活動として、安全目標の必要性に関する論考の執筆に関わらせていただいた。
 安全目標とはそもそも何か。これは実はとても深い問いであるので、論文から引用して解説に代えたい。

 「福島原子力事故を経験した我々の社会が『引き受けてもよい』と考えるリスクの程度についての問いは必須であり、そのリスクの程度と原子力発電の利用に伴うメリットとを比較衡量することで、社会は原子力技術の利用について議論し、判断することができる。リスクの程度を議論するならば、安全目標について議論は避けて通れないはずだ。」

 「安全目標に関する議論は確かに難物だ。しかしこれに取り組まなければ原子力の自主的安全向上など糸のきれた凧のようなものだと言わざるを得ない。これは今後の原子力技術の利用にとって致命的だ。いくら規制組織を一新し、規制基準を大幅に引き上げたとしても、国民・社会は継続的な自主的安全向上の取り組みが担保されていなければ納得しない。なぜなら福島第一原子力発電所は、規制基準をクリアしていた(少なくとも現在に至るまで当時の規制基準に違反していたことを示す証左は何もない)にもかかわらず、あの事故の発生を防げなかったからだ。安全目標を明示せずとも、専門家が安全確保(規制)のための決定論的技術基準を定め、社会もそれを積極的ではないにせよ容認し、少なくとも形式上はうまく運用されてきた経験に未だ儚い期待を抱いているとすれば、認識を改めなければならない。基準などは所詮、専門家がつくったものにすぎないし、その専門家も徹底的に信頼を失っている。国民・社会に対して、私たちの目指すところはリスクゼロの社会ではなく、リスクをうまくやりくりしながらその価値を便益として享受することの必要性を伝えるのであれば、まず関係者が真摯に安全目標の議論に取り組むことが求められる。この議論から逃げることはもう許されないのだ。」

 「「最低限満たすべきリスクの水準を確実に満足した上で、[中略]適切なリスク管理がなされている状態こそ『適切な安全の姿』であり、この構造そのものが、本論文の提唱する安全目標である。」

 「目指すところはリスクゼロの社会ではなく、リスクをうまく管理しながらその価値を便益として享受すること」」

 安全目標の議論は、原子力技術利用を継続するか否かを社会で議論する際の重要な手掛かりであり、原子力安全に関する議論の根本であると筆者は考えている。国会事故調の報告書にも安全目標の議論が必要であると指摘されている。しかし、関係者が安全目標の共有に向けて正面から取り組んできたかと言われると、少なくとも一般国民にはそう思えない。ゴールセッティングができていない中で、規制側・事業者側含めて様々な取り組みが行われているが、端からは、やみくもに走っているように見えるし、その状態でどんな努力をしてもらっても国民としては不安しか残らないだろう。
 本来は安全目標に正面から向き合うべき関係者が、いつまでたっても横から眺めているだけの現状は、ゴールのわからないマラソンを走っているようにも見える。すぐに答えが出るものでないことはもちろん認識しているが、関係者が悩み、もがき苦しむことが重要なのだと思う。さらに言えば、その姿を社会にさらけ出し、共有することも必要だ。
 今回、総合討議のモデレーターを務めさせていただき、私自身も原子力安全を巡る議論の複雑さを改めて勉強させていただいた。こうした議論の場を与えていただいた本シンポジウム主催者の原子力学会リスク部会関係者の皆さま、共催の東京大学弥生研究会、東京大学リスク俯瞰工学講座、電力中央研究所原子力リスク研究センター、国際環境経済研究所各位に心からの御礼を申し上げると共に、こうした活動をどう継続させていくのかを私自身も見守っていきたいと思っている。



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