日本の原子力は復権するのか?(2)

ー原子力規制行政の在り方についてー


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理 」より転載:2022年7月号 Vol.58、No.7)

 技術の利用は、安全規制によって多大な影響を受ける。安全規制は技術の生殺与奪を握っているといっても過言ではないだろう。規制の役割は、その技術の利用にあたって満たすべき安全基準を設定し、それに合致しているかどうかを確認することであり、安全規制が適切にその役割を果たして社会の信頼を得ることは、社会がその技術利用を受容する前提条件と言える。安全規制が適切に機能せず、事故やトラブルが発生すれば社会はその技術利用によるメリットよりも、デメリットの方が大きいと判断するだろう。原子力技術の場合は特に、立地地域の住民が安全規制を信頼できなければ、稼働に対する同意が得られない。
 逆に安全規制が厳しすぎて事業性が成り立たなくなったり、内容の改変が頻繁に行われるなど予見可能性が無ければ、事業者はその技術への投資判断ができず、市場に参入することができなくなる。その技術は社会にとって存在しないものとなる。
 このように、安全規制の役割は非常に大きく、また、高度なバランスが求められる。わが国は福島第一原子力発電所事故以降、安全規制を抜本的に見直したが、その際に議論を十分に重ねたといえるのだろうか。規制組織の体制から見直しを行い、活発な議論が行われていたとはいえ、当時の国会での議論や報道を見れば、基本的には過去の否定が主で、規制のあり方までさかのぼった議論が十分行われていたとは言い難い。
 筆者は去る6月8日、衆議院の原子力問題調査特別委員会に参考人として招致され、意見陳述する機会を得た。その際の議論を主として、原子力規制行政の在り方を考察してみたい。

原子力規制行政の役割

 一般的に規制行政は、技術利用に伴う潜在的危険性の顕在化する確率を最小化し、仮に顕在化した場合でも被害を最小限に抑えるための措置を講じ、その技術が社会にもたらす便益を最大化することに貢献することを目的とする。どんな技術も危険性を伴うが、原子力災害がひとたび起これば甚大かつ特殊な被害をもたらすため、事前予防(安全規制)と事後救済制度(原子力損害賠償)の整備が特に重要となる。
 事業に供する施設運転の安全性確保の責任は一義的には事業者が負う。これは、原子力事業においても同様であると解されている。原子力規制行政の果たすべき役割を端的に指摘すれば、施設を運転するに際しての安全に関する必要条件の提示と、その条件に適合しているかの審査を行うことだと言える。澤[2014]は、規制の役割をこのように整理したうえで、規制委員会が「『必要十分条件』を示そうと肩に力が入っているのが実態」であり、それは「安全神話の世界に再突入することである」と指摘している。
 原子力規制が適切に行われ、国民、特に原子力施設立地住民の信頼を得ることは、技術利用に対する受容性に大きな影響を与える。「原子力に対する『安心』は、つまるところ『安全』を司る者への『信頼感』に尽きる」(竹内[2016])のであり、時間がかかっているとはいえ、本稿執筆時点で、設置変更申請が許可されたプラントが17基、そのうち10基が地元の合意を得て再稼働にこぎつけているのは、原子力規制委員会および規制庁による安全規制が厳格に行われていると国民が評価している証左と考えられる。付け加えるなら、これまで再稼働した発電所が、不稼働期間が長期にわたったにも関わらずトラブルなく運転していることで、そうした信頼を徐々にではあるが蓄積していっていることも大きい。
 加えて、規制の在り方は、事業性に大きな影響を与える。原子力発電は、発電コスト(廃炉費用含む)のほとんどが固定費であり、「損益分岐点となる設備稼働率は約70%」(竹内[2022]が示した試算)とされるように、設備の安定的な稼働が事業の成立の成否を握る。安全対策コストの増大も事業性に影響を与えるが、それ以上に、安定的な稼働が確保される必要がある。

日米の原子力行政に対する相違点から考えるわが国の課題

 一般的に原子力事業は、国際的な核物質管理の必要性や、各国の政策・安全規制の影響を強く受けること、大規模な投資を必要とすることから、多くの国で、国営体制で発展した。米国と日本は、事業創成期から民営体制を採ったが、両者の原子力規制行政には、黎明期から大きな差異があったことが指摘しうる。
 一つは米国においては、国の役割が明確に定められていることだ。わが国の原子力基本法に相当する、米国の1954年原子力法とを比較すると、後者は具体的に政府の行うべきプログラムが書かれている。こうした違いは、原子力損害賠償法など関連法令でも同様で、米国のプライス・アンダーソン法は、原子力災害が生じたときに、米国原子力規制委員会(以下、NRC)あるいはエネルギー省、連邦議会、裁判所がすべきこと、与えられる時間的猶予などが細かく規定されている。
 原子力技術開発については以前本誌で触れたが、廃棄物処分場の立地確保の責任、原子力災害時の軍の動員体制など、あらゆる点で米国の方が国家の関与の範囲が明確である。この背景には、軍事技術として発展した原子力技術の民間利用を進めるとの方向転換を米国政府が示したときに、「原子力発電計画に対する財政的援助のみならず、万一の事故の際の特別な対策なしには、民間企業は参加できないという主張が強くなされた(下山[1976])」ことの影響が考えられる。
 一方わが国では、原子力が国策として推進されることに事業者は強い信頼を有しており、また、電力事業者の規模が大きかったこともあって、技術導入に当たり民間企業が積極的な姿勢を見せた(豊田[2008]、一本松[1971]など)。竹内[2013]は、民間企業が政府と主導権争いをするほど積極的な姿勢を見せた日本と、政府の明確なリスク負担が無ければ参画できないと主張した米国の導入初期の議論を比較し、「こうした経緯が、のちの日米の原子力損害賠償制度における官民のリスク分担の差をもたらしたともいえる」としている。日本の電力会社の原子力事業リスクに対する認識が甘かったとの批判は当然成り立つが、「『豊富低廉』な電力への渇望により、国主導による技術の導入が図られてきた」(竹内[2013])のであり注1)、事業形態を決したのは正力松太郎科学技術庁長官と河野一郎経済企画庁長官という2人の密談によるなど、政治がこれを強く推進してきたのも確かである。結果としてわが国では、国の関与の曖昧さを残し、本来民間事業者がとりうるリスクを超えた民営体制が確立されたが、現状、電力システム改革によって、そのリスクを負えなくなっている。この課題は稿を改めて論じたい。
 もう一つ日米の規制行政の大きな違いは、費用便益分析を厳しく問われることだ。米国の連邦行政機関の規制的活動に費用便益分析を要求することの歴史は古い(若園[2016])。「費用便益分析は、現代の規制国家において最も重要な意思決定ツールの一つ」であり、「1950年代から1960年代にかけて、行政国家の発展と、福祉経済学の概念の発展に伴い、政府の政策をどのように実施するかを決定する際に費用便益分析を用いることが支持されるようになった。」(CCMC[2013])。ニクソン、フォード、カーターと歴代の大統領が規制の費用便益を高めるよう大統領令等を発出しており、これが行政機関にも徹底されている(竹内[2022])。 
 わが国は一般的に規制行政に費用便益分析を導入する考え方に薄いが、さらに、米国NRCの活動原則をなぞって制定された原子力規制委員会の行動原則から、あえて効率性の原則が除外されている注2)。しかし、そもそも「科学」だけで「安全」を定義できるものではなく、効率性を排除した規制は、ともすると「滑稽な安全の姿」注3)(山口・竹内・菅原[2018])に陥りかねない。

我が国の原子力規制行政改善に向けて必要な視点

 エネルギー危機や円安の進行等、海外の化石燃料に依存するわが国のエネルギー事情は急速に悪化している。「原子力エネルギーを持続的に安全に利用することの価値は小さいものではない。一方で、福島第一原子力発電所事故において顕在化した事故リスクを目の当たりにした国民の不安と疑念は払拭されない。適切なリスク管理と、政策的意思、社会の理解に支えられ、安定的且つ自給率向上にも寄与する低炭素電源としての役割を、原子力は果たすことが可能となる。(中略)技術的ならびに社会的コストの効率性と最適化を目指すことが(筆者補:規制者に対する)社会の負託に適切に応えることに他ならない(山口・竹内・菅原[2018])」のであり、原子力規制行政の改善案について考えたい。念のため付言するが、福島第一原子力発電所事故以降の原子力規制行政の関係者には心から敬意を表したい。しかし現状の規制行政の10年にわたる運用を見れば、改善すべき点も多くある。
 その象徴ともいえる規制機関関係者のコメントをいくつかご紹介したい。例えば、更田豊志原子力規制委員会委員長は、「審査ガイドよりも個々の審査官の判断の方が上位」(2021.5.12)、「審査というのはいつでも誰でもどの時点からもひっくり返せる仕組みが大事。あらゆるメンバーがちゃぶ台返しができることが大事」(2020.1.29)といった発言をされている。新たな科学的知見が得られた場合に、それを規制活動に迅速に導入することは重要だが、いつひっくり返るかわからないちゃぶ台の上で、事業者が継続的に安全性向上に取り組むことを期待できるだろうか。
 求められる安全性を確保するのに最も合理的なやり方を現場で創意工夫を凝らすこと促進する仕組みが必要だが、審査官の判断が絶対視される規制の下では、すべてに審査官の顔色を窺うようになってしまうだろう。また、山形浩史元原子力規制庁新基準適合性審査チーム長は「規制の立場では審査においては制約条件が課されていない」(2021.12.15)と発言されている。規制機関はすべて憲法の下での活動という制約を負っているはずで、原子力安全規制の“神格化”は厳に慎むべきだ。原子力規制行政の見直しに向けて必要な視点を3点指摘し、体制に関する私案を提示する。

① 適切なチェックと健全な批判
 原子力規制委員会は、いわゆる3条委員会として高度な独立性を持つが、行政機関として規制活動の適切性に対するチェックを受ける必要性はある。図1に、日米の原子力政策関係機関の役割分担を示すが、米国では、エネルギー政策全般からのスーパーバイザーとして議会が機能する、業界団体であるNEIとNRCの対話が確保されているなど、関係機関の適切なチェックやコミュニケーションが行われている。また、IOJ[2014]注4)が指摘するように、NRCでは、コミッショナーとスタッフが明確に分離され、コミッショナーはスタッフの審査活動の適切性をチェックする役割を担う。内部でチェック機能が働くようになっている。わが国でも、筆者が参考人招致を受けた衆議院の原子力問題調査特別委員会などは存在するが、これまでの議論を確認すると規制活動に対するチェック機能を果たしているとは言い難い。
 また、規制委員会自身が判断根拠の明示・明文化を行う必要がある。米国NRCは、大きな論点については、各委員が賛否とその理由を開示することとなっている。合議制でどのような理由で判断されたか不明瞭な規制活動では、知見の蓄積が期待できない。


図1 日米の原子力発電事業関係機関の役割分担
出典:竹内[2022]

② 積極的な外部知見取入れと社会・立地地域とのコミュニケーション
 規制の独立と孤立は異なる。米国NRCは、産業界や学会の意見を聴取することが義務付けられているという(IOJ[2014])。関係者とのコミュニケーションと切磋琢磨が規制機関にも必要だということだ。
 また、わが国の原子力規制委員会は原子力施設内を対象としているが、原子力防災は施設内の安全対策と連続的に考えられる必要がある。米国NRCは立地計画時や原子力防災に関して、立地地域住民とのコミュニケーションにも積極的に関与している。わが国の規制機関にもそうした姿勢が求められる。

③ 継続的改善に向けたシステム・デザイン
 どれだけ安全対策を行っても、ゼロ・リスクはあり得ず、必ず残余のリスクは存在する。重要なのは継続的改善が図られる全体デザインであろう。継続的改善の重要性から、事業者には、規制基準を満たすことをゴールとせず、自主的安全性向上に取り組むことが求められている。自由化した発電市場というコスト競争を求める制度と、自主的安全性向上を同時に求めるには、安全目標の設定が重要であり、安全目標の策定や社会との共有において規制委員会に期待される役割は大きい。
 原子力規制だけでなく、原子力防災、安全文化、技術・人材育成など原子力利用に関する総合デザインが必要であり、そのためにはまず、国にとっての原子力の位置づけの再定義を行い(原子力基本法の立法精神の確認)、その基本法をエンドースする形で、政策大綱を適宜見直す仕組みを確保するなど、トータルのシステム・デザインが必要となろう。


図2 今後の原子力政策に係る遂行体制に関する私案
出典:竹内[2022]

参 考

 最後に、参考として、澤[2015]が提示した原子力安全に必要な諸要素を紹介したい。

活動原則・基本コンセプト・ポジションの明文化
シビアアクシデント対策が十分にされていること
「分からない問題」に適切に対応していること
民間の実力発揮と規制委員会による活用
確率論的リスク評価等を活用し、アクセントのついた対策と規制がなされていること
事業者と規制が共通の安全目標を目指していること、さらに理想的には、それが国民の共通理解を得られていること
サイトごとの特徴に応じた対策や人材配置となっていること
立地地域・周辺地域の住民の視点に立った対策や手続きが用意されていること


注1)
例えば朝日新聞の1948年2月29日号には「原子力に平和の用途」と題した記事が掲載されるなど、当時はメディアや世論も原子力技術導入を促進する立場をとっていた。
注2)
池田元原子力規制庁長官は、2018年10月17日の日本経済新聞電子版において、米国の組織理念にある「効率性」はあえて外したこと、安全にはコストパフォーマンスを考えないことを明確にしたと強調している。(2018年10月17日 日本経済新聞電子版)
注3)
安全性の向上を目指した対策をとっても、あるところからは不確かさが大きくなりすぎたり、かえって逆効果になったりする領域において無闇に多くの資源を投じることを、山口・竹内・菅原[2018]は批判的にこう表現している。
注4)
IOJ[2014]は、「NRCでは、多数の専門スタッフが審査原案をまとめ、原案は運営局長からNRC委員長に上程され、諮問委員会の助言を得て、委員会が最終的に合議によって裁定する。各委員は科学的ピアレビューを担当せず、技術的調査を行わず、許認可申請者からの意見聴取、NRC職員の管理も行わない。この様に審査原案の作成者と最終判定者が分かれていることにより、規制委員による独走、独断は制度的に防止されている。」(図表指示のみ削除)と指摘する。NRCスタッフが法律にもとづく規則やガイダンスに従って適切な審査活動を行っているかをチェックする役割を追い、産業界や学会の意見を聴取することも義務付けられている。加えて、「連邦議会はNRCから上院と下院の歳出委員会に活動報告書を提出させ、必要に応じ供述書の提出を命令することが出来る仕組み」が構築されていることを指摘している。

【参考文献】

1)
一本松[1971] 一本松珠璣『東海原子力発電所物語』日本原子力発電株式会社
2)
澤[2014] 澤昭裕「原子力安全規制の最適化に向けてー炉規制法改正を視野にー」,21世紀政策研究所
3)
澤[2015] 澤昭裕「続・原子力安全規制の最適化に向けてー原子力安全への信頼回復の道とはー」,21世紀政策研究所
4)
下山[1976] 下山俊次 『未来社会と法』第4章原子力 筑摩書房
5)
竹内[2013] 竹内純子「新たな原子力損害賠償制度の構築に向けて」,21世紀政策研究所
6)
竹内[2016] 竹内純子『原発は安全か たった一人の福島事故報告書』,小学館
7)
竹内[2022] 竹内純子「電力自由化後の日本の原子力発電事業のあり方に関する総括的研究」
8)
豊田[2008] 豊田正敏 『原子力発電の歴史と展望』東京図書出版会
9)
山口・竹内・菅原[2018] 山口彰・竹内純子・菅原慎悦「安全目標再考―なぜ安全目標を必要とするのか」,東京大学大学院工学系研究科原子力専攻共同利用成果報告,3月
10)
若園[2016] 若園智明「米国証券規制の経済的評価:現状と検証」,証券経済研究 第96号,2016年12月
11)
CCMC[2013]“The Importance of Cost-Benefit Analysis inFinancial Regulation”,
12)
U.S. Chamberʼs Center for Capital Markets Competitiveness,March.13) NPO法人IOJ 「日本の原子力規制は米国NRCに学べ」,IOJだより第99号,2014年9月9日