日本の原子力は復権するのか?(1)

―原子力の緊急再稼働の必要性と可能性を考える―


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理 」より転載:2022年6月号 Vol.58、No.6)

 気候変動問題への危機感の高まりや、コロナからの経済復興にともなう化石燃料価格の高騰、ウクライナ危機、そして電力需給ひっ迫など、危機が危機を上書きするような状況が続き、エネルギー政策が見直しを迫られている。見直しといっても、これらの課題に対処するには化石燃料への依存度低減を進めていくことが肝要であり、省エネルギーの重要性や再生可能エネルギー(以下、「再エネ」という)の導入拡大が見直されるわけではない。誤解を恐れずに言えば、企業や消費者にとって脱炭素にむけた省エネや再エネへの投資は、これまでSDGsなど社会的な「やらねばならぬ」であったが、今後化石燃料価格の高騰が当面続くとすると、コスト対策の観点からの「やらねばならぬ」に代わることとなる。しかし、省エネや再エネの拡大には長期の時間を要する。
 燃料調達の不安定化に加えて、発電設備の余力も薄くなっている。電力自由化と再エネ導入拡大により、火力発電所の廃止が続いているのだ。経済産業省の資料には、「2016年度からの5年間、休止等状態の火力が増加しつつ、毎年度200~400万kw程度の火力発電が廃止となっている」とある(第46回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会)。こうした状況から、予備率は低下を続けており、今年3月22日には政府からはじめて「電力需給ひっ迫警報」が発出されるに至ったうえ、来年1月、2月には東京電力管内の予備率は▲1.7%、▲1.5%になるとの見通しが示されている(第72回 調整力及び需給バランス評価等に関する委員会)。我が国が電源不足に陥っていることはもはや否定しがたい事実となっている。
 こうした状況において、我が国では既存の原子力発電を活用すべきとの声も上がっているが、実際に原子力発電を緊急で活用することは可能なのだろうか。原子力規制員会の審査の進展状況等により、具体的にどの程度が「戦力」として見込めるのかについて考察したい。

緊急で原子力発電所は活用できるのか

 自民党の電力安定供給推進議員連盟は、2022年3月15日、「ロシアによるウクライナ侵略等を踏まえた原子力発電所の緊急的稼働について」と題する緊急決議を取りまとめ、萩生田経済産業大臣に申し入れを行っている。
 政治が動くということは、国内の世論も変化しつつあるということだろう。日本経済新聞社の世論調査結果が3月28日に公表されたところ、安全が確認された原子力発電所の再稼働について、「再稼働を進めるべきだ」が53%で「進めるべきでない」は38%だった。2021年9月の調査ではそれぞれ44%、46%だったことを踏まえれば、エネルギー供給危機や価格高騰を経験し、国民の危機感が高まり、原子力の活用を求める声が強まっているのだろう。
 我が国が原子力を活用すべきであるとの論は海外からも提起されており、Financial Timesは3月末、日本は世界第2位のLNG輸入国であるが、原子力を再稼働すれば輸入量を減少させることができるため、そのぶん欧州に回すことができると指摘する記事を掲載している。欧州だけではない。エネルギー資源の争奪戦は購買力の低い途上国を直撃している。代替手段を持つ国はそれを活用することで、資源の需給バランスを確保することに貢献すべきとの声は当然ある。
 しかし、具体的に早期稼働は可能なのだろうか。福島第一原子力発電所事故を契機に、我が国は原子力規制に関する抜本的見直しを行い、現在各原子力発電所において新規制基準に適合するよう対応が進められているところであり、工事の進捗も立地地域の理解も様々だ。
 上記に紹介した自民党の電力安定供給推進議員連盟は、原子力規制委員会に対して、大きく二つの対応を求めている。一つは、発電用原子炉の設置許可に係る期間の短縮だ。標準処理期間は2年と定められているが注1)、それを大幅に超えて長期化する事例が多発している。事業者の対応の遅延や、双方のコミュニケーションの問題もあるが、規制委員会も認めているとおり注2)、その審査活動には改善すべき点も多い。
 もう一つ喫緊の対応として自民党の議連が提案したのは、「安全の確保を優先しつつ、稼働に係る規制上の制約を一時的に除外する等の措置を講ずること」だ。具体的な例として、「再稼働後の発電プラントが、特定重大事故等対処施設の設置期限を超えることで設置完了まで停止を余儀なくされている現状に鑑み、設置期限の見直しを図るなど、稼働継続を可能とする措置を講ずること」があげられている。本体施設等の工事計画認可から5年以内に、特定重大事故等対処施設(以下、「特重施設」という)の設置を求める原子力規制委員会規則についての対応を見直すことなどを求めたものである。

特重施設とは何か

 特重施設とは、故意による航空機衝突やその他のテロ行為に対して、格納容器の破損による放射性物質の大量放出を抑制するための施設であり、テロ対策施設とも略される。当初は、新規制基準施行から5年以内の設置が求められていたが、2017年に、新規制基準の審査の状況(筆者補足:当初の見込みよりも長期化していること)等を勘案して「本体施設等の工事計画認可から5年」と改正されている。2019年4月に、この期間内の設置が間に合わないおそれが強いとの報告を受けた原子力規制委員会は、間に合わなければ停止させるとの判断を示している。しかしその判断は、特重施設が無ければ原子炉の安全性に重大なリスクがあるからというわけではない。更田原子力規制員会委員長は、稼働を認めていた炉を停止させるという判断の根拠を問う記者に対し「期限を迎えたからと言って有意にリスクが上がるわけではない」としながらも、決め事として定めた期限を守らせることの意義を主張した。
 現状、我が国において、再稼働済みの原子力発電所は10基(川内1/2号機、高浜3/4号機、伊方3号機、大飯3/4号機、玄海3/4号機、美浜3号機)あるが、川内1/2号機、高浜3/4号機、伊方3号機以外は特重施設の設置工事が未了である。再稼働済みではあるものの、特重施設対応が必要な3サイトの状況は下記の通り(表1)であり、玄海3/4号機は来冬の供給力からは除外せざるをえなくなっている。


表1 再稼働済みの原子力発電所の特重施設対応
出典:各社ウェブサイト等より筆者作成(データは4月22日時点)

 この「本体施設等の工事計画認可から5年」という期限を定めたのは、規制委員会による規則であり、省令に相当する。電力供給のひっ迫が危機的状況にあると政治が判断すれば、規則の改正により対応することは、理論上は可能であろう。テロ行為に対しては、有事法制による対応が行われることを前提として考えるべきであるとして、特重施設を規制委員会規則の期限内に設置することが間に合わなければ停止命令を発出するという、規制委員会の判断に疑問を呈する論は、現下のエネルギー価格高騰やウクライナ危機以前からみられていた(諸葛[2019]など)。
 しかし、実際に方針を変更するということになれば、電力供給の危機がどれほど深刻であるのか、節電要請や計画停電を含むほかの手段よりも規則の改正による対応が優先されるべきであるのかなどを、政府は問われることになるだろう。ロシアが国際法に違反してウクライナの原子力関連施設を攻撃したことで、立地地域の方々の施設稼働に対する懸念は高まっており、何よりも丁寧な立地地域への説明が重要だ。
 なお、来冬の需給が最も厳しいのは東京電力管内となっている。そうした観点からは、柏崎刈羽原子力発電所6/7号機の稼働も注目されるが、同サイトはテロ対策設備の不備が長期間続いていたとして、原子炉等規制法にもとづき核燃料の移動を禁じる命令を受けている。検査指摘事項における安全重要度評価注3)で赤(安全確保の機能又は性能への影響が大きい水準)との指摘を受けた場合には、追加検査を受けることが必要とされ、原子力規制庁が定めるガイドライン注4)では、「本追加検査に要する時間は、対応する検査官全員で約2000人・時間程度を目安とする」とされている。東京電力が原子力発電所の運転を担うに足る安全意識を有しているのかは厳しく問われるべきであり、「東京電力に対し、根本的な原因の特定や安全文化及び核セキュリティー文化の劣化兆候の特定等を行い、特定した内容を踏まえて改善措置活動の計画等を6カ月以内に提出することを要求」(更田原子力規制委員会委員長 第204回国会 原子力問題調査特別委員会 第3号における答弁)したことには合理性があるが、一方で、検査官による検査の人日の目安を定めるというのは、例えるなら、自動車の運転免許更新の際に、違反点数に応じて講習を何時間受講せねばならないかを定めるといったことに似ている。一律に時間数で測るよりは、実際の安全性向上をケースバイケースで効果的にチェックする方法もあるように思われる。ただし、柏崎刈羽原子力発電所については、福島第一原子力発電所事故を起こした東京電力が運転するものであり、立地地域の理解を得るためには、丁寧なうえにも丁寧なコミュニケーションが求められることは論を俟たない。

まとめとして

 国際情勢が激変する中で、そして、脱炭素に加えて脱ロシアというもう一つの「脱」も課題として抱えてしまった中で、いかに量的にも価格的にも安定したエネルギーを確保するかは、我が国にとって喫緊の課題だ。しかし原子力発電所を稼働させるには、「準備がある程度整った状態であったとしても実際の稼働までには1〜2カ月程度を要する(原子力事業者への筆者のヒアリングによる)」ともいわれる。また、地域の方たちに不安を抱かせるようなかたちで再稼働を急げば、将来の我が国の原子力政策にとってマイナスになることは避けがたく、丁寧なコミュニケーションが求められる。原子力の緊急再稼働を検討するのであれば、早期に国民的議論を開始する必要があるだろう。
 なお、原子力の再稼働と供給力確保には関係はなく、東日本の電力需給がひっ迫した3月22日においても、想定最大需要を満たす供給力は存在していたとの主張もある(内閣府再エネ等規制等総点検タスクフォース「2022年3月の福島沖地震による停電や需給逼迫警報を受けた提言」、京都大学安田陽氏による論考「原子力が再稼働すれば需給ひっ迫は回避できたのか?」)。その論拠としてはまず、最大需要5,374万kwを記録した同年1月6日の需給にも「問題はなかった」とされているが、そもそも5,374万kwはデマンドレスポンスや電圧調整(法令の範囲内で供給電圧を下げることで電力消費量を抑制し、供給余力を確保しようとするもの)等によって需要を抑制した後の数字であり、そうした抑制や火力増出力運転、信頼度低下をともなう連系線マージン利用というリスクもある対策まで行われたことが、奇しくも3月22日に開催された電力広域的運用推進機関(OCCTO)による「第71回調整力及び需給バランス評価等に関する委員会」において、東京電力から報告されている。加えて、1月6日を乗り切ることができたことは揚水発電による貢献が大きく、上池にほとんど水のない状態で迎えた1月7日がもし悪天候であれば、大がかりな供給制約を避けることは難しかったであろうことも指摘されている。
 また安田氏は、原子力発電所が稼働する関西・九州地域において原子力の稼働が増えても供給力は必ずしも増えていない、としているが、これは安田氏が着目した供給力のデータが、経済運用のために停止し、短時間(数時間〜数日)で起動可能な供給力(関係者には「バランス停止」と呼ばれている)を区別していないことによって生じている基本的な認識相違であることが指摘されている(戸田[2022])。
 安田氏が着目したのは前日段階の供給力の見通しであり、その段階であれば「翌日の想定需要+必要な予備力」以上の電源を稼働させておくのは経済合理的ではないから、短時間で起動可能な「休め」の状態にするのである。そのため、供給力の量が変わらないように見えるが、バランス停止と本格停止は区別して考える必要がある。
 休止・廃止される火力発電所が増え、残った発電所はメンテナンスを行う停止期間をいつ確保するのかのやりくりに四苦八苦しており、そうした現場感覚と大きく乖離した主張になっているのは、着目しているデータが妥当でないことによる。
 電源不足に陥りつつある現状を正しく認識するのは第一歩として、国際的なエネルギー価格の高騰や市場の混乱の長期化が懸念される現下の状況においては、省エネ、再エネ、そして安全が確保された原子力の再稼働を急ぐことも含め、総力戦が必要だ。

注1)
核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律等にもとづく原子力規制委員会の処分に係る審査基準等による。
注2)
例えば、泊原子力発電所の審査長期化について、更田原子力規制委員会委員長は、「規制側からの重要事項の指摘が遅れた点について反省すべきである」と述べている(2019年5月23日)。
注3)
「原子力規制検査における検査気付き事項等の取扱いについて」(原子力規制庁 2020年9月30日)
https://www.da.nsr.go.jp/file/NR000161964/000329115.pdf
注4)
「原子力規制検査における追加検査運用ガイド」(原子力規制庁原子力規制部 検査監督総括課)
https://www2.nsr.go.jp/data/000361242.pdf

【参考文献】

1)
第71回 調整力及び需給バランス評価等に関する委員会 資料3-3
https://www.occto.or.jp/iinkai/chouseiryoku/2021/files/chousei_71_03_3.pdf
2)
第72回 調整力及び需給バランス評価等に関する委員会 資料2
https://www.occto.or.jp/iinkai/chouseiryoku/2022/files/chousei_72_02.pdf
3)
第46回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 資料4-1
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/046_04_01.pdf
4)
諸葛[2019] 諸葛宗男「特定重大事故等対処施設(特重施設)とは何か」,GEPR
https://agora-web.jp/archives/2039167.html
5)
日本経済新聞社「原発再稼働『進めるべき』53% 核共有『議論を』79% 本社世論調査」,2022年3月28日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA253590V20C22A3000000/
6)
東京新聞「2022年は新たな再稼働原発「ゼロ」も 審査7原発10基は終了見通せず」,2022年1月10日
https://genpatsu.tokyo-np.co.jp/page/detail/1835
7)
第204回国会 原子力問題調査特別委員会 第3号(令和3年4月8日)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/026520420210408003.htm
8)
内閣府再エネ等規制等総点検タスクフォース「2022年3月の福島沖地震による停電や需給逼迫警報を受けた提言」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20220425/220425energy06.pdf?fbclid=IwAR1DWLtQBh4oPFr3wbGcgCd9RnNp4NaBZiCjhpccWDJZGoAgdWm4xUAXLFs
9)
安田[2022] 安田陽「原子力が再稼働すれば需給ひっ迫は回避できたのか?」
https://project.nikkeibp.co.jp/energy/atcl/19/feature/00007/00078/
10)
戸田[2022] 戸田直樹「3月の需給逼迫/「電源不足」の認識共有を」
https://u3i.jp/opinionknowledge/