燃料電池駆動の列車(1)
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
10年ほど前に鉄道総合技術研究所(鉄道総研)を見学訪問したときに、実証試験中の燃料電池駆動の列車に乗せて貰ったことがある。試験車ということもあって、かなり大型の燃料電池が車室内に設置され、乗客が観察することができるようになっていたが、走行中でも騒音を発生することはなく、非常に円滑な動きが出来ていた。100キロワット級の固体高分子型電解質燃料電池(PEFC)が採用され、これに燃料である水素を供給する高圧タンクは床下に設置されていた。これが実用化すれば、次世代の鉄道列車になるだろうと思い、実用化が報じられるのを期待していたのだが、一向にその気配がないのを不思議に思っていた。
ところが、つい最近、ドイツで燃料電池旅客列車が世界初の営業運転を9月16日から始めたのを知り、日本は欧州諸国よりも燃料電池技術の開発は進んでいるはずなのにどうして遅れをとったのかという疑問を感じさせられた。この列車はフランスの鉄道車両大手であるアルストム(Alstom)が、ドイツの北部ザルツギッターの工場で製造したものだ。Coradia iLintと命名され、青い車両の外装には水素を表す「H2」の文字がある。車両の屋根上に設置された高圧燃料タンク内の水素を燃料電池に送り、大気中の酸素と反応させて発電する。次いで、発電された電力で床下に設置されたリチウムイオン電池を充電し、この電池を動力として走行するということだから、基本的には蓄電池の電力で走る列車だろう。これまでのディーゼルエンジン列車を置き換えるものだから、これまで走行中に排出されていたCO2はゼロとなり、水蒸気だけとなる。地球温暖化防止に貢献することは確かだろう。
新列車は、ニーダーザクセン州にあるハノーバー近郊の地域鉄道路線に導入された。路線の総延長は約100キロメートルとのことで、そこを走る16編成のうち2編成が燃料電池列車となり、21年にはすべてこれに置き換えるということだ。その性能を見ると、最高時速140キロメートル、一充填での走行距離は1,000キロメートルであり、ディーゼル列車と同等。価格は「1~2割前後高い」が、10年ほどで回収できるという。アルストム社が開発に着手したのは2014年。わずか4年で商用化できたこの開発には、ドイツ政府の強力な支援があったようだ。ドイツ政府の意図ははっきりしている。これからも増加を続ける太陽光発電や、洋上を中心として増大する風力発電といった、出力変動を予測しにくい再生可能エネルギーで水を電気分解して水素を製造(Power to Gas)することによって送電系統の擾乱を抑制しようとしているのだが、その結果として生産量が急増する水素を消費する分野を拡充しようとしているのだ。この列車は2018年の GreenTec Mobility 賞を与えられたそうだ。
これに使われている燃料電池自体はカナダのHydrogenics社が製造したものだが、同社はドイツにも製造工場を持っている。燃料電池で発電した電気をまず蓄電池の充電に宛て、蓄電池からの電力で列車を駆動するということは、列車の速度変化に合わせて燃料電池の出力を急速に変化させる必要がないために、燃料電池に複雑な制御をしなくて済む。また、列車が減速するときには、推進に使う電気モーターを発電機として使って回生ブレーキをかけ、その回生電力で蓄電池を充電することによって燃料電池の発電を少なくできるために、走行エネルギーの消費効率を上げることができる。高圧水素の充填には、沿線にある一つの駅近くに設置された高圧水素タンクを利用し、一回の充填で走行できる距離が長いために充填設備の数を増やす必要はないようだ。充填設備を、燃料電池自動車の水素燃料充填に利用することも可能だろう。
この燃料電池列車は、英国でも導入に向けた計画が進行中だという。英国は2040年迄にディーゼルエンジン駆動の列車をなくするという目標を掲げているが、全路線の40%弱しか電化されていないことが課題となっていた。ところが、無電化の路線でも使える燃料電池列車が登場したことにより、目標の達成が確実視されるようになっている。
このような燃料電池列車の商品化を知って、日本の車両メーカーはどのように対応するだろうか。燃料電池技術も蓄電池技術も国内で入手できるのだから、鉄道総研が開発を続けてきた技術を利用して、汚染物質を排出しない燃料電池列車が登場することを期待している。さらに、この普及は、日本で再生可能エネルギーの導入を拡大できる方策にもなるはずだ。そこへタイミングの良いニュースが入ってきた。トヨタ自動車とJR東日本が、水素を活用した鉄道と自動車のモビリティ連携を軸とした包括的な業務連携の基本合意を9月27日に締結したというものだ。次回には、日本への燃料電池列車導入と再エネ利用との関係について考察するつもりだが、鉄道総研に尋ねた開発の現況も合わせて述べたいと思っている。