脱石炭のEUで出てきた代替エネルギーは?

欧州で相次ぐ原発新設報道とロ中の事業進出


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年11月号からの転載)

 ハンガリーの首都ブダペストで8月28日から開催された世界柔道選手権。その会場で目をひいたのは、ハンガリーのオルバーン首相が、国際柔道連盟の名誉会長でもあるロシアのプーチン大統領と談笑する姿だった。もちろん2人が交わした話は柔道だけではなかった。非公開で行われた両首脳の会談後、ハンガリーのパクシュⅡ原子力発電所の新設工事が来年1月、ロシア国営原子力企業ロスアトムにより開始されることが発表された。
 学生時代、反ソ連の闘志だったと言われているオルバーン首相だが、ハンガリーはエネルギー問題ではロシア依存度を高めており、天然ガス輸入もロシア国営エネルギー会社ガスプロムへの依存度が上昇していると報道されている。ハンガリー政府は原発で競争入札を行わず、ロスアトムに発注することを決め、欧州委員会も今年3月、同社との契約を承認した。
 欧州では、ハンガリー以外でも原発新設が報じられている。英国は、フランス電力(EDF)と中国企業の合弁事業体と契約を結び、ヒンクリーポイントC原発の建設工事に着工した。フィンランドでは、オルキルオト3号機の完工が2018年末に見込まれることから、新たな原発建設が進展している。このほか、ポーランドが原発新設計画、ブルガリアが原発建設計画再開を発表している。
 こうした動きの背景の1つに、気候変動問題に取り組むため脱石炭火力を進めなくてはいけないという事情がある。脱石炭火力を進めるには、代替する電源が必要になる。再生可能エネルギーは代替電源の候補だが、発電コスト以外に、系統安定化の費用が必要になり、需要家に着いた時の価格は高くなる。図1の通り、電気料金が比較的低い東欧諸国にとって、原子力が代替電源の候補として登場するのは、当然のこととも思える。


図1 欧州諸国の家庭用電気料金
※2016年下期、税込みの標準家庭料金
出所:欧州統計

脱石炭火力を進めるEU

 10年ほど前、欧州連合(EU)の主要電源として石炭火力の新設計画が相次いで発表された。2005~08年に発表された石炭火力新設計画は65基(計4900万kW)にのぼる。しかし、実際に建設されたのは12基(1000万kW)にとどまった。
 2008年のリーマンショックで電力需要が落ち込み、発電設備の新設が見送られたことが、建設数落ち込みの最大の理由だ。その後、気候変動問題への対応がEUの多くの国の関心事となり、石炭火力は価格競争力があるにもかかわらず出番がなくなる。EUではいまや、石炭火力新設はほぼ不可能になりつつある。
 フランスは2016年11月、石炭火力を2023年までに全廃すると発表したが、原子力の比率が極めて高い同国では石炭火力は3%に過ぎず、達成可能な目標と受け止められた。フィンランドも同月、2030年までに石炭使用を禁止することを発表した。石炭使用量の削減目標がある国は、フランス以外にも英国、オーストリアなどがあるものの、例外措置もあり、石炭使用を禁止した国はフィンランドが初めてだった。
 フィンランドが石炭禁止に踏み切った背景には、石炭供給量の3分の2がロシアから輸入されているという安全保障上の問題もあった。フィンランドは天然ガス輸入もロシアに50%依存している。
 今年4月には、EU28カ国のうち、石炭火力の新設計画があるギリシャとポーランドの電力事業者を除く、26カ国の電力事業企業3500社が連名で、パリ協定の目標を達成するため、2020年以降、石炭火力の新設を行わないことを宣言した。
 先進国の集まりである経済協力開発機構(OECD)でも石炭火力は減少し続けており、1980年代に総発電量の40%以上を占めていた石炭火力は、2016年には天然ガス火力とほぼ同じ28%まで減少している。一次エネルギーの中での石炭消費量の比率も減少が予想されている(図2)。
 EUでは石炭火力への逆風が続きそうだが、問題は石炭火力の減少分を補う電源が必要なことだ。価格競争力があり、ベース電源として利用されることが多い石炭火力に代わる電源として、EUでは原子力を取り上げる国が増えてきた。原発の建設を手掛ける事業者として名前が挙がるのは、ロシアと中国の企業だ。


図2 一次エネルギー消費予測
※再生可能エネルギーには風力、太陽光、地熱、バイオマス、バイオ燃料が含まれる
出所:BP統計

ロ中が進出する欧州原発事業

 発電の90%を石炭に依存しているポーランドは2009年、石炭依存度を減らすため原発導入を決定したが、その後の電力価格の低迷などにより計画は大きく遅延。気候変動問題に対応する必要もあり、同国政府は昨年、計画を見直し、2基あるいは3基の原発を新設する予定と報道された。
 今年7月には、同国のエネルギー副大臣を団長とする代表団が中国を訪問。大亜湾原発(広東省深圳市)を視察し、同市で中国広核集団(CGN)と面談したと報じられた。さらに、両国政府は原子力の平和利用に関する覚書に調印したとの報道もあり、ポーランド最初の原発はCGNが手掛けることになったとの報道もあった。
 ポーランド政府は今年8月、原発建設に関して何も決まっていないと発表し、CGNによる建設を否定したが、エネルギー大臣が9月初旬、2029年までに最初の原発を建設すると発表した。5年間隔で計3基の原発を新設する計画で、1基当たりの投資額は約70億ユーロ(約9000億円)とされている。
 現在、資金調達に関する詰めが行われており、これが決まれば、最終決定が行われる予定だ。エネルギー大臣は、原発を手掛ける企業について言及していない。建設中の石炭火力が完工すれば、それ以降、石炭火力の新設は行わないとしており、石炭生産国ポーランドでも石炭火力離れが進む。
 ブルガリア政府は、200万kWのベレネ原発建設事業をロスアトム製設備で進めたが、資金面の問題とロシア依存度が上昇することへの懸念から、2012年に計画を撤回した。昨年12月、ブルガリア政府は中国商工銀行(ICBC)が融資に、中国核工業集団(CNNC)が事業に興味を示していると発表したが、エネルギー大臣が今年8月、ベレネ原発事業への投資家を入札により選択すると発表した。入札は来年初めには行われる予定だ。
 ポーランドもブルガリアも中国企業の関与が想定され、結果、東欧諸国ではロシアと中国が原発の新設を手掛けることになりそうだ。原発は工事の経験が途絶えると、エンジニア、建設現場の労働者の知見が霧消し、新設時に工費、工期で問題が生じるとされている。米国と英国の原発建設現場はいま苦労しており、米ボーグル原発の工事では中国からエンジニアを招聘したほどだ。
 日本企業の原発工事も中断している。技術の継承、蓄積の観点からも、原発の建て替え、新設に関する政策が速やか決まることが望まれる。