ドイツ政府の底の浅い人権意識


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」より転載:2022年9月号)

 ロシアのウクライナ侵攻は、エネルギー危機を引き起こし、多くの国がエネルギーの安定供給と価格の重要性を再認識することになった。欧州では、原子力発電に関する世論も変わり多くの国で推進派が増えた。エネルギー危機と世論の変化を受け、政府の考えも変わった。例えば、2025年の脱原発を決めていたベルギー政府は、廃止予定の2基を2035年まで利用することを決めたが、その背景には小型モジュール炉(SMR)の新設まで容認する世論の変化があった。即座の脱原発支持9%に対し、SMR新設まで支持43%となれば、政府も既存原発利用延長の決断が可能だっただろう。

 オランダ政府は、2基を新設することを決めたが、新設となると問題もある。欧州では、今まで軽水炉の新設をロシアに依頼しようと考えている国もあった。例えば、フィンランド・オルキルオト3号機の建設を担ったのは、フランスEDFだったが、次期設備はロスアトム製で決まっていた。ロシアのウクライナ侵攻を受け、フィンランドは建設を取りやめたが、ロスアトムは契約違反と訴えている。
 
 欧州諸国でロシア製原発を新設する国はもう出てこないだろうが、ロシアの侵攻は独裁国家が抱える問題を浮かび上がらせ、欧州諸国は中国に依存するリスクも認識し始めた。欧州委員会は、中国依存度が高いレアアース、太陽光パネルの欧州内製造も戦略として打ち出した。

 ロシアが変えたものは他にもある。欧州諸国は、今年のサッカーワールドカップ開催国カタールを人権に問題ありとして批判してきた。人権団体アムメスティ・インターナショナルは、カタールでのワールドカップの開催が決まってから建設現場を中心に外国人労働者6500名が死亡しているとし、また賃金の搾取が行われているとの報告書を昨年発行した。報告書を受け、ドイツなどは非難を強めた。ワールドカップ出場が決まっているデンマーク・サッカー協会は、練習着にスポンサーのロゴではなく、人権問題に関する訴えを入れると発表している。

 しかし、ロシアの侵略は、欧州諸国のカタールへの態度を一変させた。フランスTotal とイタリアEniは、新規ガス田開発に資本参加し、2026年からの引き取りを決めた。ドイツ・ハーベック経済気候保護大臣は、侵攻直後カタールに飛び、LNGの出荷を懇願した。ドイツの世論調査では58%が、カタールとサウジアラビアからのLNG、原油輸入増を肯定している。人権と温暖化問題は、エネルギー危機の前にどこかに吹き飛んだようだ。

 カタールのエネルギー大臣は、「ロシアのウクライナ侵略前には『石油・天然ガス会社は不要。悪魔のように悪い奴らだ』と非難していた国が、今は『助けてくれ。とにかく掘ってくれ。今の生産量では全然足りない』と言っている」と皮肉たっぷりにインタビューに答えている。

 ドイツは人権問題にも温暖化問題にも目を瞑り、カタールからLNGを輸入し、石炭・褐炭の消費量も増やす予定だ。だが、4月の公共放送網での世論調査では国民の53%が原子力発電所の運転延長を望んでいるにもかかわらず、今動いている3基の原発は予定通り、今年末に廃止する計画だ。廃止の理由として燃料手当、人員の問題などが挙げられているが、どれも解決不可能な問題とは思えない。要はドイツ政府に運転延長の気持ちはない、ということだろう。

 電気料金値上げ緩和のため、ドイツ政府は7月1日から再生エネ賦課金額の電気料金による負担を廃止した。既に一部税負担に切り替えていたが、全て税金で負担する。原発の運転を延長すれば、電気料金の上昇は抑制される。脱原発を、人権問題、温暖化対策、電気料金よりも優先するドイツ政府の考えはどこから来るのだろうか。