上方修正が続く電気自動車販売予測

石油と電力需要はどうなる?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年10月号からの転載)

 多くの機関、企業が、バッテリー稼働の電気自動車(EV、プラグインハイブリッドを含む)の販売台数予測を上方修正している。中国、欧州諸国などでのEV購入への支援策や、将来の内燃機関自動車の販売禁止政策の導入表明が上方修正の背景にあると思われるが、この連載でも取り上げたEV用電池製造量の急増とコスト引き下げ効果も、販売台数増加予測の根拠の1つだ。
 そんななかで話題になったのが、石油輸出国機構(OPEC)が最近、2040年のEV保有台数を2億6600万台と予想したことだ。昨年予想の4600万台から大きく上方修正されている。EVの販売増はガソリンと軽油の消費減少につながり、OPECにとってマイナスになるが、それでも上方修正せざるを得ないほどEVの将来は明るいということだろうか。
 世界のEV保有台数については、米エクソンモービルが2040年に1億台、英BPは2035年までに1億台に達するとの予想をそれぞれ発表している。ノールウェーのスタットオイルは、2030年にEVが自動車販売台数の30%を占めると予測している。米国のEVメーカー、テスラのイーロン・マスクCEOは、10年後に米自動車生産の50%以上はEVになると強気な予測を述べている。
 EV販売台数の増加は石油需要に大きな影響を与えるが、途上国を中心に世界全体の自動車保有台数は増加することから、世界の石油需要量が今後20年で大きく落ち込むことはないと考えられる。ただし、先進国の市場では自動車の販売台数、稼働台数が大きく増えないことから、EVのシェア増加は石油需要の落ち込みに結び付きそうだ。

急増するEV販売

 EV販売の増加予想の背景には、現在EVのコストの3分の1を占めるとされる電池のコストが大きく下がるとの予測がある。
 40万台の受注があったテスラの新型EV「テスラ3」の商業生産が7月下旬から始まった。最低販売価格は3万5000ドル(約380万円)だが、その電池容量は50kWhで、航続距離は220マイル(約350㎞)だ。9000ドル払えば、電池容量を70kWhにアップグレードできる。電池の価格は1kwhあたり450ドル(約5万円)だが、これはあくまで販売価格で、テスラの電池製造コストは世界平均とされる300ドルを切っているとされる。
 今後も電池のコスト低下は続き、2030年には世界の平均コストが150ドルを切るとみられている。なかには100ドル以下になると予想する機関もある。
 輸送部門の温暖化対策としてEVが多くの国で有効な手段になることも、欧州を中心にEVの販売が強化されている理由の1つだ。自動車からの二酸化炭素(CO2)総排出量は国により異なるが、自動車の利用が多い先進国では多くなる。表1が示す通り、原子力の発電比率が高いフランスでは、電力部門からのCO2排出量が少ないことから、国内の総排出2量の40%以上が自動車からの排出である。その自動車部門の排出抑制策として、輸送部門のEV化と電源の低炭素化は大きな効果を持つ。欧州諸国がEVを推進する背景には、エンジンの燃費改善だけでは大きな排出削減は困難という事情もある。


表1 自動車からのCO2排出量 (単位:100万トン)
※2014年の数字
出所:国際エネルギー機関(IEA)

 例えば、1kWhあたり7㎞走行するとされるテスラ3のCO2排出量を考えてみる。1kWhあたりのCO2排出量(2014年)は、石炭火力の比率が高い中国で681g、日本556g、米国498gだ。テスラ3の走行距離1㎞あたりのCO2排出量は、中国で97g、日本79g、米国71gとなる。
 一方、ガソリン車の燃費を1ℓあたり15㎞とすると、1㎞あたりのCO2排出量は155gとなる。中国でもEVのCO2排出量がガソリン車より少なく、温暖化対策に有効だ。市街地の大気汚染対策にも大きな効果がある。
 石油会社より強気な予測を行っている企業もある。米金融大手のモルガン・スタンレーは、標準的なケースでも2040年に販売台数でEVが内燃機関自動車を逆転すると予測している。2050年には10億台のEVが保有されるとしている。
 EVの台数増は、長期的にはガソリンと軽油の需要減少を引き起こし、石油会社の経営に打撃を与えることになりそうだが、短中期には途上国での自動車の台数増加があり、石油需要も増加するとみられている。ただ、国により事情は異なる。

原油と電力需要はどうなる

 EV保有台数が2035年に1億台に達すると予測するBPは、それでも原油需要は減ることがなく、増加するとみている。2015年の世界の自動車保有台数9億台が、2035年には18億台に倍増するとBPは予想。途上国の保有台数が4億台から12億台に大きく増加するためだ。その時点のEV1億台のうち、石油も利用するプラグインハイブリッドが4分の1、バッテリー稼働のEVが4分の3を占めると予測している。
 2015年の自動車用石油需要量は1日あたり1900万バレルだった。2035年には保有台数が倍増するとみられることから、他の条件が同じとすれば燃料消費量も倍になる。ただ、燃費改善がさらに進み、2015年の1米ガロンあたり30マイルの燃費(12.7㎞/ℓ)は50マイル(21.1㎞/ℓ)に改善すると予想されることから、1日あたり1700万バレルに相当する需要量の減少が予想されるとしている。一方、EV拡大による需要減少分は同120万バレルに過ぎず、燃費改善による需要減少との比較では影響が小さく、原油需要量は増加するとBPはみている。
 2035年時点で1億台と予想されるEVは電気を使用することから、電力需要に大きな影響を与えることになる。日本を例に影響をみてみる。
 日本の4輪自動車保有台数は3050万台の軽自動車を含めて約7800万台。2035年時点での保有台数は変わらず7800万台、EVが全体の20%の1560万台、燃費以外の条件は現在と変わらないとする。燃費の改善率を内燃機関自動車、EVとも40% と見込み、EVは1kWhあたりの平均走行距離を10㎞とする。

土湯温泉の2 号源泉

表2 自動車燃料消費量と走行距離
※2016年度のデータ 出所:国土交通省

 日本の自動車の燃料消費量と走行距離は表2の通り。天然ガス車とLPG(液化石油ガス)車を除き、ガソリンと軽油を合わせた燃料消費量は7700万㎘、走行距離は7210億㎞だ。燃費が40% 改善し、20%がEVに代わるとすると、燃料消費量は3700万㎘に半減する。一方、EVによる電力消費量は144億kWhとなり、電力需要を2%近く押し上げることになる。
 欧米では、EV増加に対応するため送配電能力増強の必要性が指摘され始めている。さらに、家庭ではEV充電中は容量の問題から電子レンジ、湯沸かし器などの使用が難しくなると、欧州では指摘されている。日本の家庭では容量が大きい炊飯器の利用も困難になる。契約容量の増加が必要になる家庭も出てくるだろう。
 エネルギー市場が自由化された日本では今後、エネルギーインフラへの適正な投資を担保する制度が必要になるが、その際、EV拡大による電力需要増加も考える必要がありそうだ。