福島で見る風評被害(1)

「風評被害」が与え得る安心


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


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 これまで、私は主に福島第一原発事故によって起きた放射能以外の健康被害について色々な角度から述べてきました。健康被害の全容を知ることで、放射線に対する偏見・差別を少しでも減らせると考えていたからです。
 しかしこの数年間で私が学んだことは、
 「正しい知識を得られれば風評被害は減らせる」
という前提はあまりに楽観的過ぎた、ということでした。
 風評被害を作り出しているものは、知識不足、感情論、イデオロギー、利害関係という単純なものにとどまりません。相馬に暮らすうちに、私が学んだことは風評被害もまたその他の被害と同じく、生の体験を無視しては語れない、ということでした。

風評被害の種類

 福島への風評被害は少なくとも3種類に分類されると思います。
 1つめは知識の偏り、あるいは知識不足によっておこるもの。これは福島で奇形が生まれている、鼻血が止まらない、などのフェイクニュースや、獣害による木の芽の変形を奇形と呼ぶ、などの誤解によって起こります。インターネット上でよく閲覧される風評被害の多くはこれにあたります。
 2つ目はリスク認知の偏りによっておこるもの。車よりも低線量被ばくが怖い、タバコは自分で選ぶリスクだけれども放射能は押し付けられたリスクだ…論理的な思考を好む方々にはしばしば「感情論」として片づけられてしまう風評被害もこれに分類されるかと思います。
 3つ目は無関心や知ることの放棄によって起こるものです。たとえば「福島産を避けていても特に生活に支障はないし、安全だと言われても今さら変えるつもりはないのでこれ以上知る必要はない」というような判断がここに含まれ、福島のイメージの固定化の原因となっています。
 この中で、人々が積極的に広めている風評は1つ目のみだ、ということが分かると思います。風評被害の背後には戦うべき悪意は存在しない。私たちはまずはその認識を持つことが必要です。

安心の拠り所としての風評

 では、1つ目の風評被害、知識の偏りはなぜ起こるのでしょうか。このような知識は、恐怖を喚起するような情報源によって広まります。たとえばGoogleで「福島」「放射能」と検索すると、今でも最上位に来るのは、福島がいかに危険か、ということを吹聴するようなサイトです。
 このような情報が後を絶たない理由として、よく言われることは放射能を危険とすることで利益を得る人々、特定の団体がいるというものです。確かにそのような一面はあるでしょう。しかし、忘れてはいけないことは「福島が危険だ」という情報によって安心を得る方もいる、という側面です。

①  避難生活を送る人々
 たとえば、県外に今でも避難されている方々の中には、「避難した」という判断が本当に正しかったのか、今でも悩む方がいます。避難先で子どもがいじめに遭ったり、避難により家族が分断されてしまったりすればなおさらです。そのような中、
 「避難生活の健康被害の方が放射能の健康被害より大きかった」
という報告が次々と出されるようになりました(1)。もちろんそれ自体はデータに基づいた事実です。しかしその結果「避難したことが間違っていた」と責められているように感じる方もいることを忘れてはいけません。
 データを過去に持ち込むことはできません。得られたエビデンスはあくまで未来に備えるために用いられるべきであり、過去を責めるために用いられてはならないと思います。特に災害の後、情報のない中で最小リスクを考えた方々の判断はどのような形でも間違いではなかった。それは大前提とすべきことでしょう。
 しかし、避難の是非論はしばしば「過去の判断は正しかったのか」という議論にまで進展します。その結果、実際に避難をされている方が心理的に追い詰められ、「福島は危険である」という情報に頼りたくなってしまう。そういう可能性もあるのです。

② 「勉強不足」と悩む人々
 あるいは、福島県の中で暮らしている方の間でも、漠然と放射能は怖い、と感じているけれども、それを周りに言うと「勉強不足」と責められるのではないか、と感じている人もいます。
 「自分は被災者なのになんで勉強しろって言われなきゃいけないんだ。」
これは実際に福島県の住民の方に言われたことです。
 私自身も相馬市に移住したばかりの時、ベクレルやシーベルトなどの数字を次々と並べられ、理解が追い付かない自分がとても愚かになったような気持になったものです。実は今でも放射線の話を人前で分かったように話すことには抵抗があります。
 そんな時、「福島はこんなにヤバい」というとても分かりやすい情報を目にすると、「あ、これならわかる」と少なからずほっとしたのは確かです。もし放射能に対する不安が私よりももっと強い方であれば、このようなニュースの方が自分の心に寄り添ってくれると感じることもあるのではないでしょうか。
 まず勉強ありき、というような情報発信は無用な「弱者」を生み得る、ということは、「有識者」の間でしっかりと認識されるべきだと考えます。

③  被災地で医療を受ける人々
 風評被害の払拭を阻む一因に賠償・補償の問題がある、ということは否定できません。重要なことは、この賠償は金銭に限らない、ということです。特に問題となるのは医療費です。たとえば私の専門のリウマチでは、月に数万円もかかる治療薬があります。リウマチのため関節が痛くて寝たきりになりかけていた仮設住宅の患者さんが、その薬を使って日常生活を送れるようになったという例も少なからずあります。このような患者さんにとって、医療費の無償化が取り下げられることは文字通り死活問題となる場合もあるのです。
 この背景には福島が安全になったら補償がなくなるというねじれた補償のシステムの存在も一因となっているでしょう。
 「福島が安全と言うなんて、それで自分たちの補償がなくなったらどう責任を取るのだ」
そう訴える患者さんを、不当だ、あるいは間違っていると言えるでしょうか。

 ここで挙げた例はほんの一部にすぎません。いわゆるデマゴーグと十把一絡げにされる風評一つをとっても、その背後には様々な問題があります。正しい放射能の情報を伝えようとする方々は、福島の風評被害を広める方々の中にもその人なりの不安があり、正義があるということ、そして情報を広めるということはどんなに「正しい情報」であっても人を傷つけ得るということを、決して忘れてはいけないと思っています。

<参考文献>

(1)
Murakami M, Tsubokura M, Ono K, Nomura S, Oikawa T (2017) Additional risk of diabetes exceeds the increased risk of cancer caused by radiation exposure after the Fukushima disaster. PLOS ONE 12(9): e0185259.


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