第5回 ゼロ・エミッション社会を目指し、日本がやるべきこと〈後編〉

経済同友会 環境・資源エネルギー委員会 委員長/旭硝子株式会社 代表取締役会長 石村 和彦氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授


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第5回 ゼロ・エミッション社会を目指し、日本がやるべきこと〈前編〉

26%の削減目標をどう実現するか

――COP21で日本が提出した日本の約束草案、2030年に温室効果ガス排出を2013年比26%削減目標は実現できると思いますか?

石村 和彦氏(以下、敬称略):原子力発電が稼働しない場合、CO2の26%削減の実現は難しいでしょう。では、日本政府が国際社会に対して2030年26%の約束草案をギブアップできるか。結論としては、こちらも難しいでしょう。では、どうやって目標を達成するのかと言うと、日本全体の経済がシュリンクするか、もしくはゼロ・エミッション電源45%を再生可能エネルギーですべて賄うか、どちらかの選択を考えてみるとします。

石村 和彦氏

石村 和彦(いしむら・かずひこ)氏。

1979年3月
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
同年4月
旭硝子株式会社入社
1989年7月
同社エンジニアリング部設備技術研究所 硝子グループリーダー
2000年10月
株式会社旭硝子ファインテクノ社長
2004年9月
旭硝子株式会社 関西工場長
2006年1月
同社 執行役員 関西工場長
2006年4月
同社 執行役員 エレクトロニクス&エネルギー事業本部長
2008年3月
同社 代表取締役 兼 社長執行役員COO
2010年1月
同社 代表取締役 兼 社長執行役員 CEO 兼 グループ戦略室長
2012年1月
同社 代表取締役 兼 社長執行役員CEO
2015年1月
同社 代表取締役会長

 後者を選択すると、エネルギーコストは膨大なものになります。平成28年度はFITの太陽光の買取価格が24円と下がりましたが、制度スタート当初の平成24年度は事業用(10kW~)の太陽光発電の買取価格は40円。原子力発電だと10数円で発電できるところを2倍以上の価格で購入していたわけですら、太陽光が急拡大してバブルが起きたわけです。太陽光など再エネを買い取った賦課金は、一般家庭から中小企業、大企業まで負担しており、特にエネルギー多消費産業のコストを引き上げる要因になっています。

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 では、石炭ならまだまだ安いし、石炭火力を進めればいいのか。この場合、CO2削減目標を達成できなくなります。世界のCO2排出量の28.7%を占める最大排出国の中国と、15.7%を占めるアメリカに対して、日本の温室効果ガス排出は世界で3.7%程度だからという言い訳はできません。国際社会ではどれだけ削減したかだけが議論になります。

――そうなると、クレジットの売買など市場メカニズムの活用が重要になりますか?

石村:それは非常に重要だと思います。例えば、「二国間クレジット制度」は、今までわが国で培ってきた優れた省エネや低炭素の技術を、途上国に導入する支援をする取り組みです。我々の先進技術を入れて、途上国のCO2排出を抑え、それを日本の排出削減分としてもカウントできる取り組みですので、積極的に進めていくべきです。

 日本は、省エネルギー技術を得意としています。進んだ技術を、まだ導入されていない国への導入に協力することで、世界全体のCO2削減に貢献し、それがまた、ある意味ではビジネスチャンスでもあるわけです。日本は自国ではエネルギー源がほとんどない国です。オイルショックで経験したことは非常に重いですよね。エネルギー危機を切り抜けてきたのは、日本の強みです。技術もさることながら、人材もいますから、海外で貢献してほしいですね。

 一方、炭素税や国内排出量取引制度の導入の議論がされていますが、カーボンプライシング(炭素の価格付け)については、委員会でも議論をしたいと考えています。私個人の現時点の考えを述べさせていただくならば、世界のすべての国が統一した炭素税の仕組みを導入するならまだしも、一国だけで取り組むことについて、どれほどの意味があるのかということです。世界全体で同じルールでやって、その時に集めたお金を省エネルギーや、CO2削減の技術、それにかけたコストなどに補填して返すようにすれば、世界全体の経済力は一定で、CO2を下げるというインセンティブになりますよね。しかし、世界で統一した炭素税の導入は、理屈の上では単純ですが、実施はかなり困難ではないかと考えています。

家庭のCO2削減は、建物の省エネがカギ

――温暖化対策では、エネルギー効率の向上と省エネルギーが政策の柱になっています。

石村:産業界もエネルギー効率の向上や省エネについて、改善する余地は当然ありますが、以前から取り組んできたこともあって、かなり進んでいます。これからは、一般家庭やオフィス、輸送分野での削減が非常に重要になってきます。特に一般家庭では、省エネは経済合理性だけでは進みません。どの程度電気代が助かるかというだけで、省エネ家電の導入が進むのかといえば難しいでしょう。このモチベーションだけでは、まだ使えるエアコンをお金をかけて買い替えません。同様に、二重窓や三重窓も、省エネ効果は高いものの、エネルギーコストが安くなるというだけでは、取り替えるモチベーションにはなりません。

 新築住宅だと省エネ性能の高い窓を導入しやすいのですが、残念ながら新築着工は現在、年間80万戸くらいしかありません。ですから、6,000万戸ある既築住宅を省エネルギータイプに変えないと、家庭で省エネルギーを進めることは難しい。一方、LED照明に替えることは簡単ですし、LEDランプもだいぶ安くなりましたので、普及していくのではないかと思います。

住宅価値の仕組みを変える

――どうやって家庭の省エネルギーを進めるかが大きな問題です。

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石村:今、国土交通省と経済産業省が動き出しているのは、住宅の評価の仕組みを変えることです。日本では、住宅の資産価値は十年経ったら半分になってしまいます。ところが欧米では年月が経っている住宅は、長持ちした住宅だからと逆に価値が上がる場合も多い。住みやすくするために窓を替えたり、機器を入れ替えて省エネルギー性能を上げることにより、住宅の価値を上げることができます。実際に売買や貸家にするのに、価値を評価するインスペクション(診断)を制度化しようという動きがあります。省エネ性能が上がれば、住み心地のよい住宅になりますよね。価値が上がるとなれば、一般の家庭が取り組む動機に変わってくるのではと期待しています。

 また、住宅の省エネルギーの評価制度の表示も考える必要があります。欧州では、住宅一つ一つがどのくらいの省エネルギー性能を持っているかを全部評価しています。この住宅は何カロリーを使いますとか全部表示され、売買や賃貸の際に「この住宅なら電気代が安くすむ」などの情報がわかる仕組みになっています。日本にはまだそうした表示義務はありませんので、インスペクション制度をどんどん普及させていく必要があります。

――省エネ性能のラベリングが義務化されると家庭部門の省エネルギーが進みそうです。

石村:ラベリング制度については動き始めたばかりですが、さまざまな仕組みを入れながら、単にエネルギーコストだけで省エネルギーのインセンティブにするのではなく、違った複数の仕組みを用いて、省エネを進めていくことが重要です。こうした施策の積み重ねによって、ゼロ・エミッション社会を目指していければと考えています。

【インタビュー後記】

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 石村氏にお話を伺い、日本のエネルギー政策について、リスクをちゃんと洗いざらい話して、率直に原子力についてももっとオープンに議論していくということの重要性を感じました。また、再生可能エネルギーについてもクリーンエネルギーで重要ですが、インフラ整備などのコスト面などももっと議論していく必要性を感じました。また、家庭における省エネルギー対策についても、石村氏の消費者目線に立った視点が印象に残りました。
 端々を隠してしまうと全体が見えなくなってしまう。これまでの日本の進め方を変えないと行き詰ってしまいます。地球温暖化対策や省エネルギー対策、そして将来のエネルギーミックスについて、日本がこれまでやってきた環境・エネルギー政策とは違った形で、視野を広げて思い切った政策をやっていく必要があるのかも知れません。

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