専門家と市民をつなぐアマチュアリズム

-「温暖化対策の基礎知識」シリーズにあたって-


国際環境経済研究所理事長


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 今回、NPO法人国際環境経済研究所は、「温暖化対策の基礎知識」という特集を設けることにした。これは、余りにも専門化している温暖化問題について、専門家と市民をつなぐアマチュアリズムの視点で解説しようとしたものである。

 ちょうど、安保法制の議論について、東大の牧原出教授が、以下の論を展開されていた。少し長いが、引用させていただく。(「「安倍一強」の謎」(牧原出、朝日新書、2016))

「憲法学者を中心とする法案への「反対派」と、安全保障政策をフィールドとする国際政治学者を中心とする「賛成派」という対立構造を見ると、冷戦期に見られた「護憲派対改憲派」という対立の構図とは異なる姿が浮かび上がってくる。それは東日本大震災による福島第一原発事故後、先鋭に意識された「原子力ムラ」批判と通じる問題、すなわち専門家の見解をどう社会が受け止めるのかという問題として現れたのである」(p164)

「一般への浸透度は「違憲論」のほうがはるかに深い。まず、平和と戦争のイメージが、法案への反対、賛成とそれぞれ張り付いているのが大きい。さらに、憲法の平和主義は小学校以来、多くの人が聞かされてきた内容であるのに対し、東アジアの安全保障上の脅威などという話は、ほとんどの人にとってなじみが薄い。換言すれば、憲法と比べると、安全保障について基礎知識を身につける機会は、多くの国民にはあまりないのである。」(p165)

「安全保障関連法案を作成する前段として、第2次安倍政権は安全法制懇を設置して検討を重ねていた。検討内容について議事録はなく、議事要旨がウェブ上に公開されているにとどまるが、その最終回の締めくくりに次のような意見が掲載されている。

 この問題を真剣に考えるようになったのは湾岸戦争の時であり、その頃、日本が何かをすべきだと言っていたのは本当に少数で、孤独な戦いをしていた。その頃から24年が経つが、この4半世紀のうちにようやく真っ当な安全保障論議ができる環境になってきたと思う。」(p168)

「ここにこそ、アマチュアリズムの課題がある。つまり、憲法論と安全保障論がそれぞれ、どのようにして良質なアマチュアリズムに支えられ得るのかという問いである。」(p168)

「憲法学者を中心に、大学研究者や弁護士集団が安保法制への反対論・慎重論の声をあげることになる。人数としても相当な数にのぼる。憲法学者を取り巻く、憲法を専門としないが、これについて語れる集団の厚みが世論に与える影響は、やはり大きいと言わざるを得ない。
 これに対して、安全保障のほうはどうだろうか。たしかに専門家は、外務省、防衛省、さらにはアメリカの国務省や国防総省とのコミュニケーションが密である。そこで様々な機密情報に取り巻かれてもいる。ただ、この種の専門家はあまりにも高度な情報を知っているせいか、一般市民から見ると、「あなたたちは何も知らない」という態度をとっているように映りがちである。
 だからこそ、こうした専門家と市民をつなぎ、一定の専門性を保ちつつ市民が理解できるようなコミュニケーションをとるアマチュアリズムが不可欠である。」(p169~170)
 
 安保法制を温暖化問題に置き換えてみると、構図は極めて似ている。

 環境学者、環境NGO、環境マスコミ等による「環境至上主義」論に対して、産業界は、1970年代以来、経済成長と、これと両立する公害対策や省エネルギーを地道に実行してきた。まさに「環境と経済の調和」を実践してきたのである。

 一方、資源リサイクルを考えたごみの分別や、低燃費自動車、低電力家電を使用すると言った「エコ」意識は市民に十分に定着している。当初は受け身だった企業も、積極的にエコプロダクツ、エコソリューションを提供するようになっている。

 しかしながら、「環境至上主義」論に対して、「環境と経済の調和」の大切さを市民レベルで丁寧に説明してこなかったのではないかという反省がある。さらに、IPCCやCOPなどの議論も専門家だけの議論になっている。

 われわれNPO法人国際環境経済研究所の役割は、牧原教授が言われた「専門家と市民をつなぎ、一定の専門性を保ちつつ市民が理解できるようなコミュニケーションをとる良質なアマチュアリズム」ではないだろうか。

 今回、松本真由美東京大学客員准教授を中心に、「温暖化対策の基礎知識」という特集を組んだのは、どんどん専門化して難しくなる温暖化問題に関して、アマチュアリズムの立場から、市民が判断するために、わかりやすい説明を加えたいと思ったからである。

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