第11話「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使


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1.初夏のウィーン

 国際機関が集まるウィーンでは、例年、夏休みシーズンに入る7月半ばまでの間、様々な国際会議が開催される。大変あわただしい時期である。
 原子力関連では、6月6日から10日まで国際原子力機関(IAEA)の定例理事会が開催されたほか、6月13日には包括的核実験禁止条約(CTBT)署名開放20周年を記念した同条約の早期発効を促す閣僚級会合が開催され、日本からも木原誠二外務副大臣が出席した。

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CTBT署名開放20周年記念閣僚級会合で演説する木原外務副大臣(左)、木原副大臣と天野IAEA事務局長との会談(中)(写真出典:外務省ウェブサイト)、
及びIAEA6月理事会の模様(右)(写真出典:IAEA)

 また、6月20日からの1週間は、原子力供給国グループ(NSG: Nuclear Suppliers Group)の年次総会など関連会合が、韓国ソウルで開催された。原子力関連資機材・技術の輸出管理の枠組みであるNSGは普段はウィーンで活動し、日本政府代表部が各国間の連絡窓口(POC: Point of Contact)として事務局的な役割を担っている。年1回の年次総会は議長国で開催される慣例であり、本年は、今次総会から議長を務める韓国で開催された。今次総会では、本年1月の北朝鮮の核実験に対する深刻な懸念を改めて表明するパブリックステートメントが発出され、核兵器不拡散条約(NPT)を中核とする国際的な核不拡散体制を輸出管理の面から支えるNSGの重要性を再認識させるものとなった。
 初夏の爽やかなこの時期、ウィーンでは、国際会議と並行して各国代表団主催のレセプション、ガーデンパーティも多数開かれる。7月4日の独立記念日(アメリカ)、7月14日の革命記念日(フランス)など、ナショナルデーを迎える国が多いこともあるが、国際会議の一年のサイクルが終わり、各国外交団の人事異動が多い時期でもあることから、歓送迎のレセプションも数多い。何より、1年で最も美しい季節を各国代表部・国際機関の同僚達と楽しむことで、誼を通じる意味もある。日本政府代表部も、例年この時期に日本大使公邸でガーデンパーティを開催している。美しい大使公邸の庭で、美味しい和食、日本酒が楽しめるため、ウィーン外交団の間でも最も人気の高いイベントの一つである。6月17日に行われた今年のガーデンパーティでは、約500名の各国代表団、国際機関関係者が参加し、大盛況であった。

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日本大使公邸でのガーデンパーティの模様(写真出典:日本政府代表部)

2.原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)

(1)原子力外交における「知恵袋」
 原子力外交の都ウィーンで古い歴史を持ち、福島第一原子力発電所事故関連でも重要な役割を果たした、日本人が枢要のポストを占める国際組織といえば、多くの人は、天野之弥事務局長を擁するIAEAを思い浮かべるであろう。しかし、ウィーンには、小所帯ではあるが、IAEAより古く、原子力外交で重要な役割を果たしてきた国際組織が存在する。
 通称、UNSCEAR(アンスケアー)と呼ばれるその国際組織は、正式名称は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)」という。1956年に発足しており、1957年発足のIAEAより1年古い。同委員会の委員長は、現在、日本の米倉義晴氏(量子科学技術研究開発機構理事長顧問、前放射線医学総合研究所理事長)が務めている。小人数の事務局はウィーン国際センター(VIC)の一角にあり、現在の事務局長はマルコム・クリック(Mr Malcolm Crick)氏である。
 6月27日から1週間開催された第63回年次総会の初日には、本年が発足から60周年の節目であることを受け、ウィーン市主催による記念レセプションが、ウィーンを代表する壮麗な建物である市庁舎(Rathaus)で開催された。

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ウィーン市庁舎(左)(写真出典:ウィーン市ウェブサイト)とウィーン市主催によるUNSCEAR発足60周年記念レセプション(中・右)(写真出典:UNSCEARウェブサイト)

 UNSCEARは電離放射線のレベルと影響(levels and effects of ionizing radiation)についての情報を収集し、評価を行うための組織として、1955年の国連総会決議913(X)により設立された。
 設立の背景には、当時、米ソをはじめとする核兵器国が活発に行っていた、大気圏内での核実験の人体や環境に与える影響に対する国際社会の強い懸念があった。全ての核実験の即時禁止を求める動きもあり、科学的見地からこの問題を扱う組織の必要性について各国の思惑が一致し、全会一致でこの国連総会決議が採択された。翌1956年、15カ国からの科学者により委員会が組織された(現在は27カ国に拡大)。事務局は当初ニューヨークに置かれたが、1974年に拠点をウィーンに移している。1955年の国連総会決議採択当時、日本は国連未加盟であったものの、広島・長崎の戦争被爆の経験から、同決議で日本の科学者の参加が求められた経緯もあり、日本はUNSCEAR発足当初からのメンバー国である。
 UNSCEARはまず、1958年と1962年に、大気圏中の放射線の影響についての包括的な報告書を国連総会に提出した。これらの報告書は、1963年に締結された大気圏内等での核実験を禁じる部分的核実験禁止条約(PTBT:Partial Test Ban Treaty)への科学的な基盤を提供したとされる。その後、原子力の軍事利用か平和利用か、あるいは放射線が天然由来か人為的なものかを問わず、UNSCEARは、放射線の人の健康や環境への影響に関する様々なテーマについて科学的見地から報告書を作成、公表し、原子力外交における「知恵袋」として、一定の存在感を示してきた。これまで作成された約30本の主要な報告書では、過去の核実験に伴う放射性物質、医療目的での放射線利用、チェルノブイリ原発事故など様々な要因による放射線が人の健康や環境にもたらす影響を取り上げている。UNSCEAR自身は、原子力技術の利用についての政策決定そのものには直接関わることはないものの、高い独立性と専門性を備えたUNSCEARの報告書は、各国政府や、IAEA、国際放射線防護委員会(ICRP)、世界保健機関(WHO)、国際労働機関(ILO)など関係国際機関における意思決定に影響を及ぼしてきた。
 これまで歴代委員長・委員には、各国の原子力科学の権威とも言える人達が選ばれてきている。ちなみに福島第一原発事故後に幅広く知られることとなった、人体に影響を及ぼす放射線量を示す単位「シーベルト(Sievert)」は、1958-1960年にUNSCEAR委員長を務めたスウェーデンの科学者ロルフ・マキシミリアン・シーベルト(Rolf Maximilian Sievert)にちなんでいる。

(2)2013年UNSCEAR福島報告書
 UNSCEARが作成した主要な報告書の中でも、日本と深い関わりがあるのが、福島第一原発事故による放射線被ばくのレベルと影響を取り上げた2013年報告書である。事故後の2011年5月に着手された事故の影響を評価する作業には、18カ国から80名以上の専門家が参加し、その結果は、2013年10月の国連総会に報告された後、2014年4月に詳細な報告書が公表された。第9話で紹介したIAEAによる福島報告書(2015年)も、放射線被ばくに関する部分(第4章)は、多くをこのUNSCEAR報告書に依拠している。
 UNSCEAR報告書では、関係各国や国際機関から入手した情報をもとに、福島第一原発事故に関する事実関係の推移に触れた上で、放射線核種(放射性ヨウ素とセシウム)の放出・拡散・沈着状況を推定し、公衆及び作業者の被ばく線量と健康影響についての評価を行っている。また生態系が受けた放射線量とその影響についても評価を行っている。その結果については、詳細な技術的内容を含む報告書が日本語訳で読むことができる他、報告書のポイントを紹介した日本語によるファクトシートや動画も参照可能である。
 同報告書ファクトシートによれば、「UNSCEARは、事故により日本人が生涯に受ける被ばく線量は少なく、その結果として、今後日本人 について放射線による健康影響が現れる可能性も低いと判断した。」としている。もっとも、多数の科学者による技術的評価を含む報告書の性格上、公衆及び作業者の被ばく線量評価に当たっての一定の不確実性や、将来の健康影響についてのリスクに言及している部分もある。特に、スリーマイル島やチェルノブイリ原発事故の評価の経験から、長期にわたる情報収集と追跡調査の必要性についても強調されている。この点は、事故の当事国である日本が、息の長い国際的な評価作業に情報提供面で協力していくにあたり、留意すべきポイントであろう。

3.原子力安全ワークショップの開催

 7月4日には、日本政府代表部とウィーン軍縮不拡散センター(VCDNP: Vienna Center for Disarmament and Non Proliferation)の共催による原子力安全ワークショップが開催された。本年が福島第一原発事故から5周年、チェルノブイリ原発事故から30周年という節目の年であることを受け、今後の原子力安全の強化について議論を深めるために開いたものである。
 昨年、原子力安全の分野では、原子力安全条約ウィーン宣言の採択、IAEA福島報告書の作成・公表、4年にわたるIAEA原子力安全行動計画の実施完了など、一定の前進がみられた節目の年であった。しかしながら、原子力安全は終わりなき課題であり、更なる高みを目指していく必要がある。
 IAEAは昨年までの成果に基づき、原子力安全分野での今後の取り組みのための戦略文書をまとめることになっている。また、来年3月には、原子力安全条約のレビュー会合(第7回)が3年ぶりに開催される。各国の原子力安全面での取り組みが相互にチェックされる重要な機会である。このレビュー会合に向け、本年夏までに、各国は自国の原子力安全対策についての報告書を提出することになるが、その内容は昨年採択されたウィーン宣言に則って充実させる必要がある。
 ワークショップの冒頭、基調講演を行った北野充大使は、今後の重点分野として、1)原子力安全条約を含む国際的な法的枠組みの強化、2)福島第一原発事故の教訓を踏まえた緊急時対応における体制強化、国際協力、3)発電・非発電の幅広い分野で原子力の平和的利用が広がる中での、安全確保のための各国のキャパシティビルデング、4)原子力安全に関するパブリックコミュニケーションの充実、をあげた。

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7月4日の原子力安全ワークショップの模様(写真出典:在ウィーン国際機関日本政府代表部)

 ワークショップでは、IAEAのレンティホ事務次長、UNSCEARのクリック事務局長からIAEAとUNSCEARの今後の取り組みの基本的考えについてそれぞれ紹介がなされた。また、日本からはG7原子力安全セキュリティグループ(NSSG)の議長を務めた臼井将人外務省国際原子力協力室長が、G7伊勢志摩サミットに提出したNSSG報告書の内容を紹介しつつ、原子力安全の分野で日本がリーダーシップを持って取り組んでいく旨述べた。その他、参加したパネリストや聴衆の間で、原子力安全に関する様々な切り口(原子力施設の安全、放射線防護、廃棄物管理、輸送安全、緊急時対応、人材育成、パブリックコミュニケーション)からの議論が活発に行われた。
 今回のワークショップは、ウィーンで原子力安全に携わる関係者の間で重点的に取り組むべき分野を再確認し、今後の対応の検討を促していく意義があったと言える。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

CTBT署名開放20周年記念閣僚級会合関連
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page3_001707.html(外務省ウェブサイト)
原子力供給国グループ(NSG)関連
・NSGソウル総会の概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/inec/page22_002647.html(外務省ウェブサイト)
http://www.nuclearsuppliersgroup.org(NSGウェブサイト)
UNSCEAR関連
http://www.unscear.org(UNSCEARウェブサイト)
・2013年UNSCEAR福島報告書
http://www.unscear.org/docs/reports/2013/15-0285_Report_2013_AnnexA_Ebook_web.pdf(日本語訳)
http://www.unscear.org/docs/revV1600166_Factsheet_rev_J.pdf(日本語ファクトシート)
https://www.youtube.com/watch?v=kbzCKYWmg2w&feature=youtu.be(日本語紹介動画)
原子力安全ワークショップ関連
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/workshopja_ja.html(在ウィーン国際機関日本政府代表ウェブサイト)
G7原子力安全セキュリテイグループ(NSSG)関連
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000159940.pdf(外務省ウェブサイト)

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