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排出量取引で日本は出遅れているのか?

―韓国の2020年目標引き下げと排出量取引制度改革の実態―


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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 筆者も参加する「中央環境審議会 地球環境部会・産業構造審議会 産業技術環境分科会 地球環境小委員会 合同会合」は、3月4日、今春の策定を目指す「地球温暖化対策計画」の取りまとめ案について最終的な議論を行った。
 そこでは、長期目標として「2050年80%排出削減」を掲げることの妥当性など、様々な論点が議論された注1) が、今回は多くの委員がコメントした排出量取引制度について取り上げたい。

 結論から言えば、現在パブリックコメントにふされている「地球温暖化対策計画(案)」注2) においては、「我が国産業に対する負担やこれに伴う雇用への影響、海外における排出量取引制度の動向とその効果、国内において先行する主な地球温暖化対策(産業界の自主的な取組など)の運用評価等を見極め、慎重に検討を行う。」とのみ書かれており、これまでの政府方針と変わるものではないが、この文案に対してもっと積極的に書くべきだという意見が数名の委員からなされた。諸外国で導入する国が増えている、日本も「バスに乗り遅れるな」という論が主だ。

 世界銀行が2014年5月に発行した”State and Trends of Carbon Pricing”、及び2015年5月の”Carbon Pricing Watch 2015”を見れば、

世界の約40ヵ国と20以上の地域でカーボン価格付けを実施
2015年4月1日時点の世界のカーボン市場価値:340億ドル
    〃         炭素税の価値:140億ドル

と書かれている。特に近年は欧米諸国だけでなく、中国が都市や省レベルでの排出量取引の開始(北京、上海、天津、重慶、湖北、広東、深セン)した注3) ほか、韓国などアジア諸国も導入を始めていることは大きな変化であろう。しかし導入が加速する一方かと言えばそうでもない。2014年には豪州が排出量取引制度を撤廃している。

図1

 そして、重要なことは、排出量取引制度を導入した諸外国でそれが排出削減対策として有効に機能しているのか否かである。EU-ETSについてはこれまでも様々な論考でその状況をお伝えしてきたので、今回はお隣韓国の状況をお伝えする。
 韓国はこの2月末、2020年にBAU比30%削減という目標を取り下げ、2030年BAU比37%削減というパリ協定に提出した目標にすると発表したと報じられている注4) 。目標期限が近づき、達成の見込みが厳しくなったため、先の年限においてもう少し野心度をあげた数値を目標として掲げたのである。これは後ろ向きな印象を与えることを極力避けつつ現実を踏まえた対応をする、一般的な方策と言えよう。石炭火力の急増(この記事では65%の増加と報じている)を鑑みれば、2020年目標の達成が不可能であることは否定しがたく、取り下げざるを得なかったであろう。そして、目標を差し替えただけでなく、その目標達成に向けた手段の中核とされていた排出量取引制度に関する変更も報じられている。

注1)
なお、同計画は3月15日から4月13日の約1か月間、パブリックコメントの募集を受けつけており、本稿執筆時点ではまだ案の段階である。http://www.env.go.jp/press/102259.html
注2)
http://www.env.go.jp/press/102259/29516.pdf
注3)
なお、中国は2017年に、現在各地方で導入されている制度を全国大のキャップ&トレードに統一する予定とされる。詳細は第13次五か年計画に盛り込まれる見通しであるが、計画発表が3月16日であるためこの原稿執筆時点(3月15日)では確認できていない。
注4)
http://carbon-pulse.com/16177/

 前述した通り韓国は、2015年1月から排出量取引制度を導入した。李明博政権において、当初は2013年の導入を目指していたが、産業界の強い反発により導入時期がずれ込んだとされる。2014年9月に政府が各セクターへの排出枠の割当量を発表したが、その割り当てが10~20%程度過小であるとして反発が起こり、規制の対象となる525の企業のうちほぼ半数の企業が異議を申し立てた。報道によれば、40を超える訴訟になっているとされる。こうした状況を受けて、取引は当然低調であり、筆者が韓国最大の鉄鋼メーカーであるポスコ関係者からヒアリングした際には、導入から約半年経った2015年7月時点でまだ取引は一件も成立していないとのことであった。その後わずかながら取引が成立したようではあるが、2014 年 9 月に公表された割当計画では2015 年~2017 年の排出許容総量が3 年間の合計で 16 億 8,700 万 KAU(Korean Allowance Unit:割当排出量)であり、取引されたのはそのうち332,000Allowanceと報じられているので、0.002%に過ぎないこととなる。初期割当が過小であるとの反発を受けて、政府がキャップを引上げ、4000万トン以上が市場に追加供給される見通しとも報じられているが、6月末までの遵守期間において実際に政府が市場における割当量不足解消に向けて介入するかどうかは不透明である。
 そのため、2月26日の時点で16,000ウォン(12.94ドル)という高値がついていると報じられていたが、値上がりはさらに加速しており、3月半ばには18,450 ウォン(15.53ドル)まで跳ね上がったとされる。失速している韓国経済にあって企業の反発が激しくなっていることは想像に難くない。これまで産業界に対して厳しく排出量取引制度を運用するとしてきた政府環境部から、同制度の所管が “business-friendly”な戦略・金融部(Ministry of Strategy and Finance)に移行されたこともうなづける。
 一般財団法人日本エネルギー経済研究所金星姫主任研究員の論文によれば、韓国政策担当者は、制度設計当初に排出量の供給過剰によって価格が低迷すれば,低炭素技術への投資が阻害されることを懸念していたという。産業界に過度な負担となることを懸念して、結果的に規制対象企業に「棚ぼた利益」をもたらしてしまったEU-ETSの失敗に学ぼうとしたのであろうが、裏目に出たかたちだ。
 排出量取引制度は本来、政府が設定した排出枠を上回る排出をしてしまった場合、余剰を生じた企業から取引で調達するという柔軟な措置を認めることで、企業の負担を軽減しつつ、費用対効果の高い形で削減を図ることを目的としている。しかし計画経済でもない限り神ならざる身の政府が経済活動量を正確に見通し的確に排出量を割り当てることなど不可能なのだろう。EU-ETSでは余剰を発生させ、韓国では不足であるとして産業界の反発を招く事態になったことなど、諸外国の経験から学ぶべき示唆は多くある。
 まだ報道情報しかないため詳細は不明であるが、韓国政府は2030年目標にあわせて改めて行動計画を策定指定していくとされている。韓国の排出量取引が今後どうなるか、バスに乗り遅れるなというばかりでなく、そのバスがどこに向かっているかを見極める必要があるだろう。

<参考文献>
 
一般財団法人日本エネルギー経済研究所金星姫主任研究員
「韓国の排出量取引制度の現状と今後の課題」
Current Status and Issues of the Korean Emission Trading Scheme
(2016.2.2〜3 第32回エネルギーシステム・ 経済・環境コンファレンス講演論文集)
Cabon Pulse
Feb 26 2016
「South Korea abandons 2020 GHG target, puts ETS in new hands and lifts early action credit cap」
http://carbon-pulse.com/16177/
March 15, 2016
「SK Market: Korean CO2 prices soar to fresh highs as supply squeeze persists」
http://carbon-pulse.com/17032/

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