原子力災害における発展的復興(その1)

減災と発展的復興(Building Back Better)


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


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 これまで、原発事故により生じうる健康影響につき、様々な観点から述べてきました。被災地の人々の健康における、本当の「敵」を知っていただきたかったためです。
 原発事故から5年を迎えた今、私たちはもう一歩先へ踏み出さなければいけないときに来ていると思います。それは、このような福島の経験を基に、今後起こり得る原子力災害において健康被害を少しでも減らすため、実践的かつ有効な減災計画を立てることです。

減災へ焦点を当てた対策を

 現在日本の各地で原子力発電所の再稼働が進められています。しかし現在でも、原子力災害の議論は、発災後の対応(減災)よりも災害を起こさないこと(防災)に重点を置きすぎている感が否めません。

 もちろんあのような事故は二度と起きてほしくありません。そういう意味で防災計画はもちろん最重要課題です。しかし健康という視野から原発事故をながめたとき、福島の事故で我々が学んだことは、減災は防災よりも遥かに重要である、ということでした。

 避難行動・避難生活の健康影響も含め、原発事故の後の防ぎ得た健康影響を少しでも減らすためには、事故の起きた後の行動、すなわち災害が起きうる、という前提に立った適切な対処が欠かせません。

 私が減災にこだわる理由にはもう1つあります。それは、減災による地域創生の可能性です。防災とは異なり、災害弱者を減らす減災活動は、原子力災害にとどまらない様々な災害に適応可能です。また災害弱者を減らすことはすなわち社会的弱者を減らすことへもつながります。矛盾するようですが、もし将来的に災害が起きなかった場合、災害が起きることを前提とした減災対策の方が、目に見える形での地域への貢献度は高いのです。

社会弱者が顕在化する災害

 災害が起きたとき、同じ地域にあっても個々人の被害状況には非常にばらつきがあり、より被害を受けやすい集団、すなわち災害弱者が存在することが知られています。その代表的なものが、CWAP(子供 children、女性 women、高齢者 aged people、患者/貧しい人々 patients/poor)と呼ばれる人々です。

 もちろん社会構造や文化によって、たとえば女性や患者が弱者かどうか、ということは一概には言えませんが、このような人々がほかの集団よりも災害の影響を受けやすい理由には、

危機察知能力が低い
判断能力が低い
情報収集能力が低い
対処のための手段を得られない(移動手段がないなど)
危険が高い(犯罪の被害に遭う危険など)
対処時の負担が大きい(子供を連れた母親など)

などが挙げられます注1 筆者改変)。たとえば実際に2011年の東日本大震災において、津波で亡くなった方の約65%が60歳以上の住民でした注2)

 しかし、少し考えてみれば、このCWAPは、平時においても社会弱者となりやすい層の人々であることが分かると思います。つまり、これらの人々は災害時に突然弱者となるのではなく、むしろ災害がこれらの弱者を顕在化させる、とも言えるのです。

 災害による人々への被害を最小限にとどめることは、すなわち平時に弱者の少ない社会を作り上げることを意味します。

災害の前から地域の社会構造や健康状態を把握すること
弱者(要支援者)を同定し、その対策を講じること
様々な分野から住民の健康を守るためにはたらきかけること

 減災とは、このような活動を通し、災害にしなやかに対処できる社会を創生することにほかなりません。

発展的復興としての減災

 2015年3月、仙台にて第3回国連防災世界会議が行われ、今後15年の災害リスクの減少へ向けた行動指針、「Sendai Framework for Disaster Risk Reduction 2015-2030」注3)が採択されました。この指針の序文において、今後の災害に備えるためには
「災害リスクだけでなく、リスクの増幅因子(disaster risk driver)に焦点を当てる必要がある」
と述べられています。

 リスクの増幅因子とは、すなわち貧困、高齢化、無計画な都市化や土地利用などをふくめた、さまざまな社会問題のことです。
 「減災計画と地域開発 (development measures)とを統合し、未来の災害に備えることは、過去の災害から『発展的復興』(‘Build Back Better’)を遂げる機会である (Priority 4: 32)」 

 すべての原発立地地域が福島に学び、健康な社会を作り上げること。それこそが今回の災害における発展的復興なのではないかと思います。

 住民の健康という視点で眺めれば、減災という議論、すなわち災害が起きても安心して暮らせる地域づくりがなければ、安心は得られません。これは原子力発電所に限りません。たとえば、昨年中国の天津で起きた、化学工場の爆発とそれに伴う大量の有害物質の放出は記憶に新しいことと思います。地域に建てられる工場施設というものは、少なからず災害リスクを抱えています。理想的にはこのような施設の全てが福島に学び、地域の減災に関わることで、地域が健康になれれば、と思います。

 さらに、原子力災害においては、日本は今や原発事故を経験した数少ない国です。この5年間、原発事故の健康影響を軽減するための知恵もまた蓄積してきました。今後世界で再び起こる可能性の否定できない原子力災害の被災者を少しでも減らすため、私たちはこれらの知恵を、原発立地国へと輸出する義務があるのではないでしょうか。

 一医療者の身でその全てを議論することはできませんが、以下の稿ではこれまでに挙げてきた健康問題をもう一度取り上げ、それらの問題に対する対処が地域の発展につながる可能性を解説していこうと思います。

注1)
国井修 編.災害時の公衆衛生:私たちにできること.南山堂.(p171)
注2)
内閣府.平成23年版 防災白書.
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h23/bousai2011/html/honbun/1b_1h_1s_2.htm
注3)
UNISDR. Sendai Framework for Disaster Risk Reduction.  http://www.preventionweb.net/files/43291_sendaiframeworkfordrren.pdf

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