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日本政府は米中印の動きみながら戦略的交渉を

合意のポイントは目標の法的拘束力と差異化の扱い


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2015年12月号からの転載)

 2020年以降の気候変動対策の国際枠組みを話し合うCOP21(第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が、11月30日から12月11日までフランス・パリで開催される。とりあえず合意はするだろうとの見方が根強い中、先進国と途上国に制度上の差を設ける「差異化」や、途上国が気候変動対策を実施するための技術移転とそのための資金の問題など課題は山積している。COP21で日本政府が果たす役割などを国際環境経済研究所の理事・主席研究員、竹内純子氏に聞いた。

(本誌編集長 本田賢一)

―― 合意に至るためのポイントをどうみますか?

 「総論的な論点としては、約束草案の温室効果ガス削減目標が(京都議定書のように)法的拘束力を持つかどうかということと、先進国と途上国に制度上の差を設ける『差異化』の問題がどうなるかでしょう。先進国の削減目標達成には法的拘束力を持たせるということになれば、まず世界第2位の排出国である米国が受け入れられません。経済力に悪影響を及ぼす懸念があるとして共和党が多数を占める議会の承認が得られないためです。途上国の一部グループには、強い内容の差異化を求めているところもあります。このほか、途上国側は、気候変動対策を行うための技術・資金提供を先進国側に求めていますが、先進国の経済状況も安定的ではなく、また、技術の提供は知的財産の問題も絡むのでこれも簡単には解決できないでしょう。ただ、すべての国が参加する合意が必要ということが世界の共通認識になっていますし、すでに約150カ国が約束草案を提出していますので、詳細の制度設計は先送りにされたとしても、大枠での合意には至るのではないかとみています」

米国は1997 年、国際条約の批准権限を持つ上院で、途上国に米国と同様の義務を課さない気候変動条約には参加しないという「バード・ヘーゲル決議」を満場一致で可決している。

――先進国と途上国の「差異化」についてはどのような見解を持っていますか

 「差異化は必要だと思いますが、京都議定書のように先進国に削減義務を負わせ、途上国は義務を負わないといった二分論ではなく、各国がその実情に応じた努力をすべきでしょう。努力の公平性・衡平性をできるだけ確保することが重要です。そもそも『共通だが差異のある責任』は1992年の地球サミットで取り入れられた概念、原則で、四半世紀前の経済情勢に基づいて先進国と途上国の分類を行いました。その後世界経済のけん引役は中国などの新興国に代わり、先進国と途上国という二分論が世界の経済情勢に合わなくなっています。新興国の排出が急増している今、差異化を行うにしても、実効性ある温暖化対策を行うには現状を踏まえた適切な差異化が必要です」

共通だが差異のある責任=地球温暖化への責任は各国に共通するが、大気中に蓄積された温室効果ガスの大部分は先進国が過去に排出したものだから、先進国と途上国の責任に差異をつけるという概念。

――日本政府に期待することは

 「各国の動向を見据え、交渉戦略を持って臨んでほしいと思いますし、日本に求められる日本ならではの貢献を考えてほしいと思います」

――戦略の部分を詳しくうかがえますか

 「気候変動交渉が『武器なき経済戦争』であることを踏まえて交渉戦略を持たなければなりません。次期枠組みは、世界の温室効果ガスの約4割を排出する米中、そして急激な勢いで排出量を増やしているインドなどの参加が必要不可欠です」
 「特に米国につきましては、オバマ大統領が地球温暖化問題に前向きな姿勢を見せ、自らのレガシー(政治的遺産)づくりを目指していますが、2016年には大統領選があります。16年末に任期の切れるオバマ大統領がいかにレガシーを残したとしても、約束草案の目標に向けて政策を実施していくのは次期大統領です。オバマ大統領が行政裁量の範疇で参加を判断した場合、次期大統領の行政裁量でそれを反故にすることもできてしまいます。世界の温室効果ガス排出量の14%(2010年)を占める米国の参加なしには実効性ある対策は不可能ですので、(新枠組みの)発効要件などで米国の参加が必須となるよう、戦略的に交渉する必要があります。京都議定書で米国の離脱を経験し、一番痛い思いをした日本が(米国参加を)確実にしていくことが大切です」

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――なるほど

 「新たな枠組みでは、各国が自主的な目標を約束(プレッジ)し、国際的にその目標を評価(レビュー)して、目標に対する野心度のアップを図りますが、中国は他国からのレビューを受けることについては拒否反応を示しています。その点、日本の経団連『環境自主行動計画』のノウハウは、新枠組みの先行モデルであり、そうした知見を持つ日本は中国に対して粘り強くPDCAサイクルの必要性を説いていかねばなりません。また、温室効果ガス排出量をきちんと計測する技術を各国に提供することも、キャパシティ・ビルディング(途上国の能力構築)の観点から大切だと思います。中国をはじめとした新興国、途上国がプレッジ&レビュー型の新枠組みに参加できるような環境づくりをすることが求められます」

経団連『環境自主行動計画』=主要産業セクターごとに最先端の環境技術の最大導入を目指して自主的な目標を掲げ、未達の場合は原因の解析と対策の積み増し、過達の場合は自主的に目標の深掘りを行うといった形で、PDCAサイクルを回すのが特徴。

――日本の約束草案(温室効果ガスを2030年度に13年度比26%削減)への見解は?

 「約束草案の根拠になっているのはエネルギーミックス(長期エネルギー需給見通し)で、そのエネルギーミックスは非常にハードルの高い目標を掲げています。まず将来見通しを立てるにあたり、経済成長率を年率1.7%に設定し、2030年のGDP(国内総生産)は13年の531兆円から711兆円へと34%拡大することを前提にしています。経済が成長すれば、エネルギー消費量も増えるのが一般的ですが、エネルギーミックスでは徹底した省エネで電力需要を17%も削減することを見込んでいます。オイルショック時並みの大幅なエネルギー効率改善を想定していて、非常に厳しい目標だと思います」

――エネルギーミックスで描いた電源構成をどうみますか

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 「総発電電力量に占める再生可能エネルギー電源の割合を22~24%としていますが、ここまで導入拡大を進めるのでしたら、まず(現行の固定価格買い取り制度よりも)費用対効果の高い普及政策に見直さないといけません。併せて技術開発でコストを下げる必要もあります。それでもなお、日本のような閉ざされた電力系統の中で22~24%の再エネ電源を入れるというのは、チャレンジングなことだと思います」
 「原子力の20 ~ 22%も相当厳しいと思っています。発電電力量でみますと、2200億~2300億kWhが必要な計算です。これは3300万kWの原子力発電所が稼働率80%で動いて可能になる数字です。すでに再稼働したものと再稼働申請中のもの、設置許可済みのものを合わせても24基2400万kWしかない現状を考えれば、この数字の達成は非常に厳しいと思います。しかも、2030年には23基(約2100万kW)の稼働年数が40年以上になります。仮に新設するにしても、電力自由化などで投資回収に不透明感が増す中、1基5000 億~6000億円といわれる原子力発電所の建設に投資する事業者がいるのか疑問です。事業の不透明感が増せば、資金調達は非常に難しくなります」

――26%削減の達成はかなり難易度が高そうですね

 「約束草案を達成するにはまず、その根拠となったエネルギーミックスを実現しなくてはいけません。しかし、前に述べたように、再生可能エネルギーや原子力発電には多くの課題があり、実現は容易ではありません。そこで重要なのは、約束草案の削減目標を何がなんでも実現しなくてはいけない“金科玉条”に祭り上げないことです。もちろん目標達成のため最大限の努力はしますが、経済情勢など国内外の環境が変化してエネルギー基本計画の変更が必要になった場合は、エネルギーミックスを見直さなければなりません。逆に技術開発などによって達成が容易に見通せるようになる場合も含めて、約束草案も柔軟に見直すような姿勢で臨むことが大切です」

―― 約束草案を見直す際の仕組みについても議論が必要ですね

 「約束草案のバックスライディング(後退)は認めないルールにしようという声も出ていますが、そうしますと新枠組みへの参加のハードルを上げてしまうことになる上、当初目標を低く設定するモチベーションを与えてしまうため、いいことだとは思いません」

――石炭火力発電についてはどのような見解を持っていますか

 「日本の高効率な石炭火力の技術は、世界レベルでの気候変動対策に役立つ技術だと思っています。たとえばインドは石炭の生産国で、石炭火力の割合が過半数(全発電設備容量の約60%)となっています。そのような国に、化石燃料の中でも温室効果ガス排出量が少ない天然ガスを輸入し、ガス火力に切り替えていきなさいといっても現実味はない。高効率な石炭火力技術の導入が現実的だと思います」

――COP21を受けた国内対策はどうあるべきなのでしょうか

 「目標達成を確実なものにするためには、政府の介入度が高い政策を求めがちですが、こうした政策はうまくいかないことが多いのです。たとえば介入度がもっとも強い政策として、政府による二酸化炭素(CO2)排出権割り当てと排出量取引がありますが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書はEU-ETS(欧州連合域内排出量取引)について、思ったほど温室効果ガス削減の効果はなかったと指摘しています。経団連の環境自主行動計画は、29業種が41回にわたって目標の引き上げを行いましたが、排出量取引は、一旦割り当てられた排出枠で余りが出れば、誰かに売っても自分が将来に使ってもよいという制度で目標の深掘りなどはありません。EUETSは現在市況が低迷していて、低炭素技術選択のインセンティブ付与にはほとんど役に立たない状況です」
 「そもそも新枠組みは自主性を重んじることが理念になっています。それを受けた国内対策が、政府からのトップダウン方式で拘束力を持つものでは理念の面で整合性がとれなくなってしまう。日本では、経団連の『環境自主行動計画』『低炭素社会実行計画』が産業界の自主的な取り組みとして省エネや温室効果ガス削減に大きな成果を上げています。国内対策は、ボトムアップ型の新枠組みとリンクする形にし、政府は産業界の自主的、主体的な取り組みを後押しするのを基本とすべきでしょう」

――COPウオッチャーとしてパリに行かれるそうですが、どういったところをみてきたいですか

 「COPの大きな論点の1つになっている途上国への技術移転と資金供与の議論がどうなるか関心があります。技術移転と資金供与は個別に議論しても意味がありませんので、どうリンクさせていくかが重要です。ただ、国連だけが地球温暖化を解決する場ではなく、いろいろなステージがあっていいと思います。途上国が気候変動対策を実施するにあたり技術と資金が必要で、その担い手となりえるのは産業界でしょう。産業界が気候変動問題に関与していくことを促すような仕組みも楽しみですね」

――なるほど。気候変動問題を解決する手段としてのCOPに限界説もあります

 「温室効果ガスは経済活動に伴って排出されます。その温室効果ガスの排出抑制はその国の経済に大きくかかわってきます。COPは“負の配分”を話し合う場といえ、貿易条約の交渉とは違って残念ながら“抜けたほうが得”という性格を持ちます。“ 負の配分”を交渉で解決するのには限界があると思います」

――交渉だけでは解決が難しいとなると、日本の環境技術への期待がより高まりそうです

 「日本の産業界が、温暖化対策に有効な環境技術リストのようなものを作成し、リストの中の技術を導入する場合は優先的にファイナンスも行われるような仕組みがつくるなどといったことも検討されるべきでしょう。官民一体となって口(交渉)ではなく手(技術)で温暖化に貢献する。これからが日本の頑張りどころだと思います」

インタビューを終えて
 「エネルギーと環境はバランスが大事」が竹内純子氏の持論だ。環境を優先するあまりエネルギー=経済活動や国民生活が犠牲になってはいけないし、経済を優先するあまり環境がおろそかになってもいけない。両立させるのは困難だけど、将来世代のことを考えながら、うまくバランスさせることが大切というわけだ。
 エネルギーと環境に通じるCOPウオッチャーだけに、メディアからの取材が押し寄せ、この時期は多忙を極めることになる。本誌インタビューの翌日は、21世紀政策研究所のシンポジウム「COP21に向けた戦略を考える」でモデレーターを務めていた。12月に入ってパリ入りする竹内氏。時間に追われる日々が続く。

(本田)

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