COP21一週目が終わって


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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COP21の位置づけ

 12月4日金曜日からパリのCOP21に来ている。初めて気候変動枠組条約締約国会合(COP)に参加した2000年のCOP6から数えると12回目のCOPとなる。我ながら「よくもまあ」と思うが、これも「腐れ縁」というものであろう。
 筆者が経産省の首席交渉官を務めていた2009年のCOP15は京都議定書第1約束期間終了後の国際枠組みに合意するとの理由で国際的に大きな注目を集めた。COP15は100か国以上の首脳を集めながら、先進国と途上国の溝を埋めることができず、オバマ大統領を始めとする先進国、途上国26か国から成る首脳レベルが「コペンハーゲン合意」を起草するという異例の展開となった。しかし議長国デンマークの稚拙な会議運営もあり、全体会合でコペンハーゲン合意を採択できず、失敗事例として長く記憶されるCOPとなったのはご承知のとおりである。2010年にはコペンハーゲン合意を踏襲したカンクン合意が採択されたが、これはCOP決定であり、法的枠組みではない。EU等の一部先進国は第二約束期間に参加したが、日本、カナダ、ロシア、ニュージーランドは「米国、中国が削減努力を行わない京都議定書は温暖化防止のための有効な枠組みたりえない」との理由で第二約束期間への参加を拒否した。このため、2020年までは全ての締約国が参加し、温室効果ガスの削減・抑制のための目標・行動を登録し、その進捗状況を検証するカンクン合意と、引き続き先進国のみが義務を負う京都議定書第二約束期間が併存することとなった。
 しかし2020年以降の枠組みについては白紙のままである。このためCOP17では激しい交渉の結果、2020年以降の新たな枠組みの交渉マンデートである「ダーバンプラットフォーム」が合意され、2015年のCOP21において「議定書、その他の法的文書または法的効力を有する合意成果」を採択することを目指すこととなった。今回のCOP21が1997年の京都議定書、2010年のカンクン合意に続き、温暖化交渉の歴史の中で特別な意味を有するのはそれが理由である。これまで4年間、「ダーバンプラットフォーム」に基づいて設置されたADP(強化された協力のためのダーバンプラットフォーム特別作業部会)において次期枠組みに関する交渉が行われ、筆者がパリ入りした翌日の12月5日にはADPがこれまでの交渉を踏まえた交渉テキストをまとめ、COP21議長国であるフランスにバトンタッチされた。以下、COP21第1週目を振り返り、第2週目に向けた展望についてこれまでの交渉経験を踏まえた私見を綴ってみたい。

交渉テキストの現状

 COP議長国フランスに引き継がれたテキストは法的合意および関連のCOP決定案を合わせ40ページ弱のボリュームである。本年6月時点では90ページ近くあったものが、累次の交渉会合を経て半分以下になったという意味では、一定の進捗があったとも言えなくもない。しかし同テキストは依然として各条文について合計120近いオプションと700以上の[ ](ブラケット)を含んでおり、最終合意のベースとはとても言えない状態にある。新聞報道では「先進国と途上国の対立の溝は深く、交渉が難航」とあるが、これは事実であると同時に、COP交渉では当たり前の話でもある。
 COP交渉は2週間に及び、1週目は交渉官レベルの交渉が行われ、2週目からは閣僚レベルに格上げされる。筆者がこれまで参加したCOPの中で1週目に議論の収斂の兆しが見えた事例はただの一度もない。各国の交渉官は、自国がこだわるイシューが2週目の閣僚折衝で取り上げられるよう、こだわりの度合いの大小にかかわらず、目いっぱいの主張をするからだ。本当は妥協してもよい案件でも引き続き要求リストから外さず、「切りしろ」として取っておくという腹積もりもある。こう考えてみるとCOP1週目というのは各国がこれまで同様の主張を展開する「歌舞伎」のようなものであり、実質的にはほとんど意味がないとも言える。
 今回のCOP21では初日に首脳レベルセッションを設け、各国首脳が合意に向けた強い意気込みを示したこともあり、各国とも単なるポジショントークに終始するのではなく、ADP共同議長の作成した条文案に即した具体的な交渉が行われたという点は評価される。しかし、これは各国の意見が余り対立していない点について一定の収斂をもたらしたものの、本質的な対立点の解決には何もつながっていない。まさにこれからが本番ということになる。

主要な争点

 COP21の争点は多岐にわたるが、以下、交渉妥結の行方に大きな影響をもたらす主要なイシューを紹介しよう。
 まずは法的拘束力の範囲である。ダーバンプラットフォームでは交渉成果を「議定書、その他の法的文書もしくは法的効力を有する合意成果を作る」としているが、次期枠組みにどのような法的拘束力を持たせるかとの点については特定していない。これまでの交渉を通じて各国が温室効果ガスの削減、抑制に向けた定量的な目標を「約束草案」として提出し、その実施状況をレビューするというプロセスについて法的拘束力を持たせるという点については概ね合意が形成されている。しかし、次期枠組みを京都議定書のような厳格なものとすることを志向するEUや島嶼国は約束草案に盛り込まれる目標達成を法的義務とすべきと主張している。これに対し、米国や日本は約束草案の目標に法的拘束力を持たせることには反対している。米国にとって約束草案の目標自体に法的拘束力を持たせれば上院での批准が必要となるが、現在の議会情勢を批准の可能性はゼロだ。目標に法的拘束力を持たせることを受け入れられないのは中国も同様である。1週目が終わった段階で、EUも島嶼国も目標数値の法的拘束力という主張を下してはいないが、米国、中国が離脱してしまえば元も子もないことは彼らもわかっているはずであり、環境重視の立場のアリバイ作りとして主張を続けるにせよ、最後は妥協せざるを得ないだろう。
 今回の交渉で最大の難点は気候変動枠組条約上の「共通だが差異のある責任」の取り扱いだ。先進国は、「枠組条約制定後20年超を経て、中国が最大の排出国になる等、客観情勢も大きく変わっている。共通だが差異のある責任の意味するところもダイナミックに解釈すべきだ」とし、「約束草案の中身は各国が自主的に定めるものであるから、差異化は自ずから行われる」という「自己差異化」論を展開している。これに対して中国、インド、マレーシア、サウジアラビア、ヴェネズエラ、ボリビア等が参加するLMDC(Like Minded Developing Country Group)は「約束草案の内容のみならず、手続きにおいて先進国と途上国の差異化を制度的に明示すべきである」と強く主張しており、各条文で先進国と途上国を書き分け、京都議定書的な二分論を維持しようと躍起になっている。LMDCという交渉グループは筆者が交渉官を務めていた時代には存在しなかったが、大排出国の中国、インド、化石燃料消費削減につながりかねない温暖化交渉の失敗を本音では期待している産油国、米国にことあるごとに反目したい中南米社会主義国等の「錚々たる」メンバーが参加しており、昔ながらの南北対立のアジェンダを主張し続けている。5日のADPクロージング会合でLMDC代表のマレーシアが「先進国は共通だが差異のある責任をめぐる状況が変化したとの理由で、条約上の原則を有名無実化しようとしているが、先進国と途上国の格差はむしろ拡大しており、先進国の責任はいささかも変わっていない」との長広舌をふるい、会場から盛大な拍手を受けているのを聞いて交渉の前途に暗澹たる思いを持ったものだ。
 もう一つの難点は途上国への資金援助問題だ。カンクン合意では先進国が途上国の緩和努力と透明性の向上を条件に「2020年までに1000億ドル」という官民の資金援助額目標をコミットした。OECDの試算によれば、官民の資金フローは600億ドル超に達しているが、未だ1000億ドルには到達しておらず、ましてや2020年以降について新たな資金援助目標をコミットできる状況にはない。またBRICS銀行やAIIBが発足する等、国際的な資金の流れについても大きな状況変化が生じている中で、温暖化交渉の世界のみ、先進国だけが資金貢献を行うというのは明らかに不合理である。このため、先進国は資金貢献の主体を先進国のみならず、「資金貢献すべき状況にある(in a position to do so)国々」にも広げることを主張しており、LMDCとの間で意見が鋭く対立している。途上国が温暖化交渉に参加している大きな動機は先進国からの支援獲得であり、この分野で折り合いがつかなければCOP21が失敗するリスクも否定できない。
 途上国支援という文脈では「ロス&ダメージ」も潜在的な火種である。温暖化に最も脆弱とされる島嶼国は、温暖化による損害を先進国に補償させるためのメカニズムを作るべきだと主張している。資金援助、技術支援、キャパシティビルディング等、途上国からの際限のない支援要求に加え、新たな請求書が加わることに先進国は強い警戒心を示している。

中国、インドの動向

 また今回のCOPで注目を集めているのが中国とインドの動向である。コペンハーゲンのCOP15では増加する一方の温室効果ガス排出量のピークアウトの時期を明示するよう迫る先進国に鋭く対峙した中国の姿勢が注目を集めた。しかし、温暖化防止に関する米中共同声明に象徴されるように、最近では中国の前向きな姿勢が目に付く。中国では大気汚染が深刻な被害をもたらしており、今や体制安定への脅威にもなっている。排ガス規制や老朽化した工場、発電所の閉鎖を通じて大気汚染に対応することは、温室効果ガス削減にもつながる。また尖閣や南沙諸島等、拡張主義が隣国との摩擦を生んでいる中で、温暖化防止に取り組むことは「国際的課題に貢献する大国」の演出にもつながる。温暖化でレガシーを残したいオバマ政権と協力することは「新たな米中大国関係」の象徴にもなる。中国の最近の姿勢変化はしたたかな国益の計算に裏打ちされている。日本政府代表団によれば、中国の交渉姿勢は以前とは明らかに変わってきているという。
 そうした中で途上国の論理を前面に出して躍り出たのがインドである。もともとインドは一人当たりGDP、一人当たり排出量、電力アクセスを有していない人口、いずれの面をとっても中国とは事情が異なっており、「中国、インド」と同列に論じられることへの強い拒否感がある。COP初日におけるモディ首相のスピーチは先進国の歴史的責任を厳しく追及し、衡平性(equity)、公正性(justice)を強く主張するトーンが目立った。ADP交渉においても先進国にとってレッドラインである知的財産権の扱いを含め、強硬な主張を展開している。他方、本年発表されたいIEAの「世界エネルギー展望」は今後の世界のエネルギー需要のけん引力はインドになると見込んでおり、インドの緩和努力なくして世界の温暖化防止は覚束ない。インドをどうやって納得させるかは、COP21の成否を占う一つの要素になってきている。

2週目の交渉はどうなるのか

 すでに述べたように、上記のような対立点は1週目の交渉では全く収斂の兆しを見せていない。ADP共同議長に代わり、COP議長のファビウス仏外務大臣が「運転席」に座り、どのような捌きを見せるかが注目される。5日夜のCOP全体会合では、ファビウス大臣から「自分が議長となり、すべての国に開かれた交渉会合を開催する。それと並行して支援、野心、先進国と途上国の差異化、2020年までの取り組み強化の4つの論点についてそれぞれ閣僚2名をファシリテーターとした交渉を行い、結果をパリ会合にフィードバックする」との方針が示され、6日の日曜日夕刻から早速、1時間半ずつイシュー別の会合が行われる。
しかし、筆者のこれまでの経験に照らしてみれば、100数十か国が参加する上記のような場で交渉が決着することは有り得ない。特に具体的な条文に合意することが必要とされる中、議長が壇上におり、全加盟国が議長席を向いて座っている大学の講義のようなセッティングでは、各国が自国の立場を繰り返すだけで終わってしまうだろう。COP16でも1週目の終わりの段階で先進国、途上国の対立が埋まらず、エスピノーザ・メキシコ外務大臣が議長を務める全体会合が設置されると共に、イシューごとに閣僚ファシリテーターが任命されたが、参加国の数はもっと絞られていた(正確には全ての国が参加できないよう、あえて小さ目の部屋が割り当てられ、ロの字型のセッティングでお互いの顔を見ながら議論をする形になっていた)。
 フランスもそんなことは十分承知しており、とりあえずADP議長から引き継いだ交渉テキストに基づく議論を一巡、あるいは二巡やり、いずれかのタイミングで議長国フランスとしての案を出してくるものと思われる。そのタイミングがいつになるかは予断を許さない。あまり早いタイミングで議長案を出せば、「これまで積み重ねてきたADPの交渉テキストを無視するのか」という一部途上国からの批判を惹起することになるだろう。COP15でデンマークが合意形成に失敗した大きな理由の一つは、腹案としてポケットに入れていた議長案が新聞にすっぱ抜かれた上、ヘデゴー議長の「議長案を出す」との発言が途上国の猛反発を招き、議長案を出す機会を失ったことであった。逆にタイミングを失すると時間切れになってしまうリスクもある。フランスは1日か2日の間、上記のセッティングで議論をする一方で、各国のレッドラインを見極めた調整案を出すタイミングを慎重にうかがっているはずだ。
 議長案が出てきたら、何等かの形で少人数会合を行うことになると思われる。もちろん透明性を確保するため、各交渉グループの代表格の国がバランスよく入り、議論の節目節目でグループに持ち帰り、意向確認できるようにせねばならない。上記のようにCOP16ではイシュー毎に閣僚ファシリテーターが任命されたが、最終的な文言調整はホテルの一室で20ヶ国程度の参加の下に行われた。
 COP21の場合、先進国と途上国の差異化の問題と、途上国支援の問題は密接にリンクしており、それぞれ独立には決着させられず、全体パッケージとしての決着にせざるを得ないだろう。カンクン合意の元となったコペンハーゲン合意も26か国の首脳が緩和、適応、資金、技術等を含む全体のバランスをとりながら作成された。ある段階まではイシュー毎の交渉が行われるとしても最終決着は全体パッケージの中で「こちらで譲ったのだから、こちらで色を付けてほしい」といったやり取りになるはずだ。

COP21の見通し

 筆者はCOP21の見通しを聞かれるたびに、「慎重に楽観的(cautiously optimistic)」と答えるのを常としてきた。世界の二大排出国、中国と米国がそれぞれ温暖化目標を発表しているのはポジティブな動きであるし、COP15で期待値を引き上げるだけ引き上げて失敗したデンマークと異なり、議長国フランスは非常に注意深く期待値をコントロールしている。またフランスは老獪な外交テクニックに長けており、何よりテロ事件に屈せず、COP21を決行した以上、どんな犠牲を払ってでも合意を作り出そうとするだろう。
 逆説的に言えば、その点が不安材料と言えなくもない。とにかく合意を作り出したいフランスが途上国、特にインドを納得させるため、先進国、特に米国のレッドラインを踏み越えてしまうリスクである。COP21の前にフランスと米国の認識ギャップが露呈する一幕があった。FTのインタビューでケリー国務長官が「合意成果は条約ではなく、削減目標は法的拘束力を持たない」と発言したことにファビウス外務大臣が「交渉成果は法的拘束力を持たねばならない」と強く反発したのである。その後、COP21でオバマ大統領が「目標値は法的拘束力を持たないが、プロセス、手続き、透明性、目標値の定期的見直しについては拘束力を持たせるべきだ」と発言したことでフランスも一安心しているはずだ。フランスは「オバマ大統領は今回の合意を逃すと後がない。目標数値の拘束性や、資金援助のコミットといった、米国議会との関係で受け入れられない要素さえ踏み越えなければ米国は妥協するはずだ」という計算もしているだろう。しかし先進国と途上国の差異化も米国にとってセンシティブな分野だ。京都議定書離脱の原因となったバード・ヘーゲル決議の本質は途上国との差異化の拒否である。またオバマ大統領が議会批准を要さない行政協定を目指していることに上院は強く反発しており、「各国はオバマ大統領の行うディールを信用してはならない」と言うマッコネル共和党上院院内総務のような人もいる。フランスが差異化を強く主張するインドに妥協すれば、たとえレガシーを残したいオバマ政権がそれを飲み込んだとしても合意成果に対する米国内の支持を失うリスクがある。フランスのバランス感覚が問われるところだ。

鬼が笑う

 以上、多分に想像を交えつつ、2週目の動きの予測をしてみた。「慎重に楽観的」という筆者の見立てはまだ変わっていない。国際交渉は生き物であり、それぞれの交渉がおかれた国際政治経済情勢、各国の国内事情が複雑に絡み合うため、過去の経験則がそのまま適用できない。更にちょっとしたきっかけで交渉の雰囲気ががらりと変わることもままある。
 「明日のことを言えば鬼が笑う」という。今後1週間近くにわたる国際交渉のことを言えば鬼は爆笑するだろう。来週からの閣僚レベルの交渉の進捗を見ながら、続報することとしたい。

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