COP21一週目が終わって


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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中国、インドの動向

 また今回のCOPで注目を集めているのが中国とインドの動向である。コペンハーゲンのCOP15では増加する一方の温室効果ガス排出量のピークアウトの時期を明示するよう迫る先進国に鋭く対峙した中国の姿勢が注目を集めた。しかし、温暖化防止に関する米中共同声明に象徴されるように、最近では中国の前向きな姿勢が目に付く。中国では大気汚染が深刻な被害をもたらしており、今や体制安定への脅威にもなっている。排ガス規制や老朽化した工場、発電所の閉鎖を通じて大気汚染に対応することは、温室効果ガス削減にもつながる。また尖閣や南沙諸島等、拡張主義が隣国との摩擦を生んでいる中で、温暖化防止に取り組むことは「国際的課題に貢献する大国」の演出にもつながる。温暖化でレガシーを残したいオバマ政権と協力することは「新たな米中大国関係」の象徴にもなる。中国の最近の姿勢変化はしたたかな国益の計算に裏打ちされている。日本政府代表団によれば、中国の交渉姿勢は以前とは明らかに変わってきているという。
 そうした中で途上国の論理を前面に出して躍り出たのがインドである。もともとインドは一人当たりGDP、一人当たり排出量、電力アクセスを有していない人口、いずれの面をとっても中国とは事情が異なっており、「中国、インド」と同列に論じられることへの強い拒否感がある。COP初日におけるモディ首相のスピーチは先進国の歴史的責任を厳しく追及し、衡平性(equity)、公正性(justice)を強く主張するトーンが目立った。ADP交渉においても先進国にとってレッドラインである知的財産権の扱いを含め、強硬な主張を展開している。他方、本年発表されたいIEAの「世界エネルギー展望」は今後の世界のエネルギー需要のけん引力はインドになると見込んでおり、インドの緩和努力なくして世界の温暖化防止は覚束ない。インドをどうやって納得させるかは、COP21の成否を占う一つの要素になってきている。

2週目の交渉はどうなるのか

 すでに述べたように、上記のような対立点は1週目の交渉では全く収斂の兆しを見せていない。ADP共同議長に代わり、COP議長のファビウス仏外務大臣が「運転席」に座り、どのような捌きを見せるかが注目される。5日夜のCOP全体会合では、ファビウス大臣から「自分が議長となり、すべての国に開かれた交渉会合を開催する。それと並行して支援、野心、先進国と途上国の差異化、2020年までの取り組み強化の4つの論点についてそれぞれ閣僚2名をファシリテーターとした交渉を行い、結果をパリ会合にフィードバックする」との方針が示され、6日の日曜日夕刻から早速、1時間半ずつイシュー別の会合が行われる。
しかし、筆者のこれまでの経験に照らしてみれば、100数十か国が参加する上記のような場で交渉が決着することは有り得ない。特に具体的な条文に合意することが必要とされる中、議長が壇上におり、全加盟国が議長席を向いて座っている大学の講義のようなセッティングでは、各国が自国の立場を繰り返すだけで終わってしまうだろう。COP16でも1週目の終わりの段階で先進国、途上国の対立が埋まらず、エスピノーザ・メキシコ外務大臣が議長を務める全体会合が設置されると共に、イシューごとに閣僚ファシリテーターが任命されたが、参加国の数はもっと絞られていた(正確には全ての国が参加できないよう、あえて小さ目の部屋が割り当てられ、ロの字型のセッティングでお互いの顔を見ながら議論をする形になっていた)。
 フランスもそんなことは十分承知しており、とりあえずADP議長から引き継いだ交渉テキストに基づく議論を一巡、あるいは二巡やり、いずれかのタイミングで議長国フランスとしての案を出してくるものと思われる。そのタイミングがいつになるかは予断を許さない。あまり早いタイミングで議長案を出せば、「これまで積み重ねてきたADPの交渉テキストを無視するのか」という一部途上国からの批判を惹起することになるだろう。COP15でデンマークが合意形成に失敗した大きな理由の一つは、腹案としてポケットに入れていた議長案が新聞にすっぱ抜かれた上、ヘデゴー議長の「議長案を出す」との発言が途上国の猛反発を招き、議長案を出す機会を失ったことであった。逆にタイミングを失すると時間切れになってしまうリスクもある。フランスは1日か2日の間、上記のセッティングで議論をする一方で、各国のレッドラインを見極めた調整案を出すタイミングを慎重にうかがっているはずだ。
 議長案が出てきたら、何等かの形で少人数会合を行うことになると思われる。もちろん透明性を確保するため、各交渉グループの代表格の国がバランスよく入り、議論の節目節目でグループに持ち帰り、意向確認できるようにせねばならない。上記のようにCOP16ではイシュー毎に閣僚ファシリテーターが任命されたが、最終的な文言調整はホテルの一室で20ヶ国程度の参加の下に行われた。
 COP21の場合、先進国と途上国の差異化の問題と、途上国支援の問題は密接にリンクしており、それぞれ独立には決着させられず、全体パッケージとしての決着にせざるを得ないだろう。カンクン合意の元となったコペンハーゲン合意も26か国の首脳が緩和、適応、資金、技術等を含む全体のバランスをとりながら作成された。ある段階まではイシュー毎の交渉が行われるとしても最終決着は全体パッケージの中で「こちらで譲ったのだから、こちらで色を付けてほしい」といったやり取りになるはずだ。

COP21の見通し

 筆者はCOP21の見通しを聞かれるたびに、「慎重に楽観的(cautiously optimistic)」と答えるのを常としてきた。世界の二大排出国、中国と米国がそれぞれ温暖化目標を発表しているのはポジティブな動きであるし、COP15で期待値を引き上げるだけ引き上げて失敗したデンマークと異なり、議長国フランスは非常に注意深く期待値をコントロールしている。またフランスは老獪な外交テクニックに長けており、何よりテロ事件に屈せず、COP21を決行した以上、どんな犠牲を払ってでも合意を作り出そうとするだろう。
 逆説的に言えば、その点が不安材料と言えなくもない。とにかく合意を作り出したいフランスが途上国、特にインドを納得させるため、先進国、特に米国のレッドラインを踏み越えてしまうリスクである。COP21の前にフランスと米国の認識ギャップが露呈する一幕があった。FTのインタビューでケリー国務長官が「合意成果は条約ではなく、削減目標は法的拘束力を持たない」と発言したことにファビウス外務大臣が「交渉成果は法的拘束力を持たねばならない」と強く反発したのである。その後、COP21でオバマ大統領が「目標値は法的拘束力を持たないが、プロセス、手続き、透明性、目標値の定期的見直しについては拘束力を持たせるべきだ」と発言したことでフランスも一安心しているはずだ。フランスは「オバマ大統領は今回の合意を逃すと後がない。目標数値の拘束性や、資金援助のコミットといった、米国議会との関係で受け入れられない要素さえ踏み越えなければ米国は妥協するはずだ」という計算もしているだろう。しかし先進国と途上国の差異化も米国にとってセンシティブな分野だ。京都議定書離脱の原因となったバード・ヘーゲル決議の本質は途上国との差異化の拒否である。またオバマ大統領が議会批准を要さない行政協定を目指していることに上院は強く反発しており、「各国はオバマ大統領の行うディールを信用してはならない」と言うマッコネル共和党上院院内総務のような人もいる。フランスが差異化を強く主張するインドに妥協すれば、たとえレガシーを残したいオバマ政権がそれを飲み込んだとしても合意成果に対する米国内の支持を失うリスクがある。フランスのバランス感覚が問われるところだ。

鬼が笑う

 以上、多分に想像を交えつつ、2週目の動きの予測をしてみた。「慎重に楽観的」という筆者の見立てはまだ変わっていない。国際交渉は生き物であり、それぞれの交渉がおかれた国際政治経済情勢、各国の国内事情が複雑に絡み合うため、過去の経験則がそのまま適用できない。更にちょっとしたきっかけで交渉の雰囲気ががらりと変わることもままある。
 「明日のことを言えば鬼が笑う」という。今後1週間近くにわたる国際交渉のことを言えば鬼は爆笑するだろう。来週からの閣僚レベルの交渉の進捗を見ながら、続報することとしたい。

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