緊急提言 【提言5】

—COP21:国際交渉・国内対策はどうあるべきかー


国際環境経済研究所前所長


※【提言4】はこちらから


Ⅰ 気候変動交渉の本質とCOP21 での合意を見据えた交渉戦略を

提言5

 科学の不確実性を直視せよ。IPCC は特定の政策やシナリオを勧告してはいないし、することは禁じられているのだ。2℃目標は単なる政治的目標。気候感度の前提の置き方によって、目標への道筋は多様化する。

気候変動交渉を含め、温暖化に関する国際的議論を支配しているのは「産業革命以降の温度上昇を2℃以内に抑える」といういわゆる「2℃目標」である。これを大きな方向性を示す努力目標ではなく、「2℃目標を実現しなければ地球は気候変動により破滅する。」という一種の終末論と捉え、政治的に拘束的なものにしようと考える国々がある。こうした国々は、気候感度(温室効果ガス濃度が倍増した場合、どの程度の温度上昇をもたらすのかとの指標)について一定の仮定(気候感度=3℃)を用いて、2℃目標を達成するために必要な温室効果ガス濃度安定化のレベル(450ppm以下)を計算し、その濃度安定化に必要な排出削減パスを描いたうえで、これと各国のプレッジした目標値の総和を比較し、「2℃目標に必要な排出パスとの間で数十億トンのギャップがあり(いわゆる『ギガトンギャップ』論)、このギャップを埋めるために、各国は野心のレベルを引き上げなければならない」という主張をしばしば展開する。枠組条約事務局が各国の約束草案の効果を総計した統合報告書を11月に公表すればこうした議論は更に強まろう。
このアプローチに立脚すると、当面各国がどんな削減目標を持ち寄っても、「野心のレベルが足りない」と軒並み落第点を食らうこととなり、各国の取組みに関する士気を殺ぐだけでなく、気候変動交渉の出口もなくなってしまう。どうせ世界全体で達成できない目標であれば、排出削減に真面目に努力するのは無意味であり、温暖化被害への適応策に努力を傾注した方がよいという国が出てきても不思議ではない。そもそも科学の不確実性や、今後の技術革新などを考慮すれば、2050年や2100年などの長期的な目標の実現に向けた道筋は複数存在し、ましてやそれが直線となることなどありえない。2025年や30年の削減目標を評価する際、2050年と現在を直線で結び、「2050年の長期目標に向けた削減パスに乗っていないから、野心のレベルが低い」などと批判するのは、「線形的に進歩しない」という技術革新の本質を理解しない暴論である。
2℃目標に関する第一の問題は、「IPCCが2℃目標を勧告している」と広く信じられていることである。実際にはIPCCは気候変動に関する科学的知見を偏りなく集大成して国連に報告することがミッションであり、特定の政策やシナリオを推奨することは禁じられている。したがってIPCC報告書のどこにも2℃安定化が必要とは記述されていないのである。さらに、2℃目標を超えた場合の損害や2℃以内に収めるための対策コストも不明なままだ。にもかかわらず、気候変動交渉において2℃目標が「神聖にして犯すべからず」になってしまっているのは、およそ科学的なアプローチとは言えない。
第二の問題は、仮に2℃安定化を目標とした場合であっても、気候感度の想定値には幅があり(最新のIPCC第5次報告書では1.5℃~4.5℃の範囲に入っている可能性が高いとされているが、最良推計値については合意を得られなかった)、その想定如何によって各国のプレッジした目標値の総和が2℃目標のパスから完全に外れるか、かろうじて収まるかどうかについても変わってくることだ。いずれも科学の不確実性に関わる問題であるが、政治的目的のために、過度の単純化を行って、特定の気候感度(たとえば3℃=温室効果ガス濃度が倍増した場合、3℃気温が上昇)を恣意的に用いることになれば、必要とされる削減量が極端に大きくなってしまい、現実との乖離が年を追うごとに拡大する。IEAの世界エネルギー展望を見ると、気候感度3℃を前提としたとき「(2℃目標を実現する)450ppmシナリオへの扉は閉じられつつ」あるとされており、2℃目標達成のために必要な削減カーブはおよそ現実味のないものになっている。例えばIEAの分析では450ppmを達成するためにはOECD諸国で2030年までに2012年比39%減、非OECD諸国(途上国)でも2012年比11%減が必要とされる。特に今後エネルギー需要が急増する非OECD諸国では、自然体比で44%もの削減が必要となっており、これは事実上実現不可能である。しかし気候感度が2.5℃(=温室効果ガス濃度が倍増した場合でも、2.5℃しか気温上昇しない)であると仮定すると、濃度目標レベルは580ppmまで許容され、はるかに現実味を帯びてくる。
このように温室効果ガス濃度と気温上昇の関係に不確実性が存在し、必要とされる温室効果ガス濃度の上限値にも不確実性や統計的ばらつきがあるなかで、一見単純明快な2℃目標を設定して、ギガトンギャップを計算し、各国に目標値の上乗せを迫る議論は、非生産的であり、何年交渉しても合意は得られないだろう。既存の技術体系の下では到底達成できない目標値を無理に上乗せすることを迫るよりも、提言3にあるように、将来の排出パスを非連続的(飛躍的)に減少させるような革新的技術開発に思い切って資源を投入する契機とすべきである。
この2℃目標がCOP文書や直近のエルマウサミットを含む各種首脳声明にも盛り込まれた結果、政府関係者の間で「2℃目標が達成困難な場合どうするのか」ということを言い出すこと自体がタブーになってしまっている。しかしIPCC報告書における2℃の位置づけの曖昧さ、気候感度をめぐる不確実性を考慮すれば、「2℃目標が達成できなければ地球が破滅する」といった黙示録的な議論に終始するのは科学的な態度ではない。「気候感度の幅を考えると、今後の温度上昇はどのような幅が考えられるのか。2℃目標の達成が難しいとすると、プランBは何なのか。その際、緩和と適応のバランスをどうするべきか」といった議論を冷静に行なうべきではないか。政治は社会の抱える問題に対処する際、単純明快な解決策を提示してリーダーシップを示すことを志向しがちであるが、地球温暖化問題では、不確実性が大きく、未解明な分野の残されている気候科学を前提に対策を講じていく必要があり、その不確実性に対して謙虚にならなければならない。

緊急提言【提言6】へ続く

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