緊急提言 【提言3】

—COP21:国際交渉・国内対策はどうあるべきかー


国際環境経済研究所前所長

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※【提言2】はこちらから

Ⅰ 気候変動交渉の本質とCOP21 での合意を見据えた交渉戦略を

提言3

日本の国内対策では、産業界の「環境自主行動計画」、「低炭素社会実行計画」がプレッジ&レビュー型の取組みとして、温室効果ガス削減やエネルギー効率の向上に大きな成果を挙げてきた。同様のボトムアップの概念に基づく国際枠組みが合意されようとしている今、この取組みを成功させたPDCA サイクルの回し方に関する日本の経験を活かして、新枠組みの成功に向けて知見提供や情報発信を積極化せよ。
成功のために重要な要素は、状況変化に応じた目標の柔軟な見直しを認めること。それによって参加へのハードルを下げ、各国が参加し続けることが必要。
日本の強みである低炭素技術の世界レベルの普及、人類未踏の革新的技術開発を実現することで、温暖化問題の抜本的解決に貢献せよ。
日本の貢献や対策の考え方を積極的に世界に発信せよ。

<日本の貢献のあり方、その1—ボトムアップ型枠組みの成功を導く>

提言1で見たように、今次交渉の最大の焦点は、全ての主要排出国が目標を自主的にプレッジし、達成に向けた政策とその実施状況を的確に評価・検証し、次のアクションにつなげられるようにするためのプレッジ&レビューの仕組みづくりである。すなわち、各国が自国約束草案を実行していく段階で、PDCAサイクルを確立することこそが最も重要なポイントとなる。
温暖化政策に関する原理主義的な立場から、他国の削減目標の水準やその達成状況のアラ探しをして論難するような、対立的、懲罰的(punitive)なプロセスにしたのでは、枠組み参加へのハードルを上げるだけで、結果的に全ての主要国の参加という今次交渉の目標を阻害することになる。このプロセスが有効に機能し、好循環を生むためには、互いの削減目標の内容、その達成のための手段を明確化しつつ、目標達成に向けて互いのベストプラクティスに学び、励ましあうような協力的(cooperative)で促進的(facilitative)なものであるべきだ。
日本では産業部門の温室効果ガス削減に当たって、「環境自主行動計画」や「低炭素社会実行計画」を通じて、業界レベルで目標をプレッジし、政府委員会や業界全体での継続的な評価・検証および、実行に向けたレビューを行なってきた。PDCAサイクルを通じて温暖化対策が不断に強化されてきたのも、そのプロセスが懲罰的なものではなく、促進的なものであったからである※8。これは、約束草案とそのレビューという新たな国際枠組みの基本構造と強い親和性を持つものであり、日本は、国際枠組みとしてのプレッジ&レビュープロセスの設計にこうした自主的な取組みの経験や知見をインプットしていくべきである。
また目標見直しの道を塞がないことも重要である。各国が出している目標値が2℃目標を達成する上で不十分だという理由で、「no-backsliding」(後退禁止)との旗印をかかげ、「野心のレベルを引き上げる」という一方向の見直ししか認めない条文を入れようという動きがEUや島嶼国を中心に存在する。温暖化問題の解決を図るためには、目標を徐々に引き上げていくことが望ましいことは言うまでもない。しかし、中長期的により野心的な方向で目標を引き上げていくことと、革新的な技術開発が期待できない短期的な時間軸の中で、削減目標への道筋がさまざまな予期できない経済状況や自然状況の変化でジグザグになることとは別問題である。また一度約束草案を出したが最後、レビューの際に上方修正しか認めないということになれば、目標値に下限値として法的拘束力を持たせることと同義である。これは途上国の目標提出を阻害するだけでなく、「野心のレベルの引き上げしか認められないならば、控えめな目標を出しておこう」という逆のインセンティブを各国に与えることにもなる。政権交代を伴う民主国家において、将来民主的に選ばれた政権の施策オプションを縛ることにもなろう。更にそのような枠組は、削減への取組み努力が所期の効果をあげられないと見切って将来の交渉から脱落していく国を増やす結果となり、枠組みとして持続可能なものでなくなってしまう。約束草案の提出は、各国が自国の実情を踏まえて設定した目標を持ち寄る仕組みであり、それぞれの国情や環境変化を踏まえた見直しを可能とするフレキシブルな枠組みとするべきである。

<日本の貢献のあり方、その2—低炭素技術の普及、革新的技術開発の実現>

地球温暖化問題はグローバルな問題であり、日本国内での削減も海外での削減も温暖化防止効果という点では等価である。日本はその強みとする技術を通じて世界の温室効果ガス削減に貢献すべきである。2013年11月に安倍首相が提唱した「美しい星への行動(ACE:Action for Cool Earth)」は①革新的技術開発の促進によるイノベーション、②日本が強みとする低炭素技術を国際的に普及するアプリケーション、③脆弱国を支援し、日本と途上国のWin-Win関係を構築するパートナーシップを3つの柱とする。技術を中核とした日本ならではの戦略であり、その強力な推進が望まれる。たとえば、日本の最新鋭の石炭火力燃焼技術で米国、中国、インドの既存の石炭火力発電所を置き換えれば、13億トン、即ち日本の温室効果ガスの年間総排出量に相当する規模の排出削減が可能だという試算もある。
国連の場で制度設計が進められている技術メカニズム(TEC(技術執行委員会)、CTCN(気候技術センター・ネットワーク))も、日本の優れた環境技術の普及加速のために活用すべきであり、人材・知見の提供を含めた積極的な関与が求められる。しかし優れたエネルギー環境技術の移転を図るためには、それを裏付ける資金が必要であり、次期枠組みにおいては、COP16以降国連で制度設計が進んでいる資金メカニズム(GCF(緑の気候基金))と、上記技術メカニズムの関連づけ(リンケージ)を確保することが極めて重要である。たとえばTECやCTCNで技術分野ごとに途上国が必要とするBAT(Best Available Technology:利用可能な最良技術)のリストを設定した上で、GCFが資金援助を行う際に、プロジェクト採択の判断基準としてそれを活用するといったアプローチがその一例だ。
※8
京都議定書第一約束期間に実施された経団連「環境自主行動計画」においては、目標の達成度合いに応じて評価期間中29 業種41 社が自主的に目標水準の引き上げを行っている。