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続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感

-パリCOPに向けたEU提案-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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パリ議定書に向けたビジョンの発表

 
 2015年2月25日、エネルギー連合に関するパッケージと併せて欧州委員会が発表したのがCOP21をにらんだパリ議定書の青写真 ”The Paris Protocol – A blueprint for tackling global climate change beyond 2020” である。

http://ec.europa.eu/priorities/energy-union/docs/paris_en.pdf#search=’eu+paris+protocol

 2011年のCOP17(ダーバン)において、2020年以降の将来枠組みを規定する「議定書、その他の法的文書または法的効力を有する合意された成果(a protocol, another legal instrument or an agreed outcome with legal force)」を2015年のCOP21で採択すべく、そのための検討の場としてダーバンプラットフォーム特別作業部会(AWG-DP)が設置された。ちょうど2009年のCOP15(コペンハーゲン)が2012年以降の枠組みを合意すべき場として関心を集めたのと同様、今年12月のCOP21(パリ)は今後の温暖化防止のための国際枠組み構築の上で非常に重要な局面とされている。このタイミングでEUが上記文書を発表した理由は、2013年のCOP19(ワルシャワ)において各締約国はCOP21に十分先立ち、準備の整った国は2015年第1四半期に緩和努力に関する自主的な約束草案(INDC: Intended Nationally Determined Contribution)を提出するとされたことだ。文書の中には先日、投稿した2030年気候変動エネルギーパッケージを踏まえ、2030年までに90年比少なくとも40%削減という数字が入っている。同時にEUとしてはパリCOPで合意されるべき枠組みについて、自分たちのビジョンを世界に表明したいという思いがあったのだろう。以下、その主要なポイントを紹介する。

パリ議定書の内容

 
 まず、「青写真」は、COP21での合意は気候変動枠組条約の下での議定書(Protocol)の形態をとるべきであるとし、その発効要件として、世界の温室効果ガス排出量の合計8割を占める国々による批准を提唱している。次に、「青写真」は、IPCCの研究成果と整合的な国際的努力を推進するため、パリ議定書が以下の目的を満たすべきであるとする。

地球全体の温室効果ガス排出量を2050年までに2010年比で少なくとも60%以上削減するとの長期目標を特定すること。
そのコンテクストで、世界が(産業革命以降の温度上昇を)2度以下に抑える目標を達成するための経路に乗っているべく、明確で、野心的で、公平な法的拘束力のある緩和コミットメントを設定すること。このコミットメントは変化する責任、能力、異なる国情を踏まえ、UNFCCCの原則と整合的なものでなければならない。
5年毎にグローバルなレビューを行い、最新の科学と整合的な形で、これらの緩和コミットメントの野心レベルを強化するダイナミズムを確保すべき。
排出削減目標や関連のコミットメントが満たされているかどうかを評価すべく、透明性とアカウンタビリティを強化すべき。年次報告や定期的な審査、専門家レビューのためのルール、手続きを確立すること。
脆弱性を減じ、気候変動影響に対する各国の適応能力を高める政策支援や国際協力を通じ、気候変動に抵抗力のある持続可能な発展を促進すること。
巨額で透明で予見可能な官民投資を動員すべく、効率的で効果的な実施・協力を推進すること。

【図:欧州委員会ビジョンをまとめたポスター】

【図:欧州委員会ビジョンをまとめたポスター】

 また「青写真」は、新たな議定書における緩和コミットメントはすべての締約国について同じく法的拘束力を持つ(equally legally binding on all Parties)ことを強調している。その上で、「法的拘束力のある緩和コミットメントは、締約国の政治的意思の最も強い表明であること、官民プレーヤーに予見可能性と確実性を付与すること、国内の政治変化に際しても持続可能であること等の長所がある。緩和コミットメントに国際的に法的拘束力(binding at international level)を持たないことを主張する国々は、それ以外のアプローチで上記の点を確保できるかを示すべきである」として、目標値に法的拘束力を持たせることに消極的な国々をけん制している。

 いずれもEUが常日頃主張していることであり、驚天動地の内容ではないが、その現実性については、いくつか疑問がある。

全球6割削減に合意できるか?

 第1に2050年までに2010年比60%削減という地球全体の排出削減目標の実現可能性だ。便宜的にIEAの統計でエネルギー起源CO2を見ると、2010年時点の世界のCO2排出量は約292億トン(国際海運、航空を除く)、うち附属書Ⅰ国134億トン、非附属書Ⅰ国が158億トンだ。303億トンを2050年までに半減すると146億トン。そのうち附属書Ⅰ国が2050年までに仮に8割減にすると許容される排出量は27億トンになり、差引勘定すれば、2050年時点の非附属書Ⅰ国に許容される排出量は119億トンになる。即ち、2010年比で25%近くのカットが必要ということになる。これから更なる経済成長、生活水準の向上を目指している途上国が、40年先とはいえ、2010年比25%カットを許容するだろうか?この点については地球環境産業技術研究機構(RITE)の茅陽一理事長も「CO2削減の長期目標とその実現可能性をめぐって」で同様の疑問を提示している。

http://www.rite.or.jp/news/events/pdf/Kaya_ALPSII_2013.pdf

 ハイリゲンダムサミット(2008年)、ラクイラサミット(2009年)の際に開催された主要経済国会合(MEF)で、先進国は「地球全体で2050年までに半減、先進国は2050年までに8割減」という文言を入れようとしたが、中国、インド等の強い抵抗にあってその都度挫折してきた。これはまさしく地球全体の目標を合意すれば、差し引き計算で途上国の排出総量にもキャップがかかることを嫌ったことによる。昨年秋の米中合意に従って中国が「2030年までにピークアウト」したとしても、2050年時点で2010年レベル(74億トン)を更に25%下回ることを示唆する目標を受け入れるだろうか。いや、他の途上国の今後の成長パスを考えれば、全球半減のために中国に求められる排出削減は25%どころではきかないはずだ。

法的拘束力を有する緩和目標は可能か?

 第2に2020年以降の枠組みとして「議定書」を志向し、緩和コミットメントを「国際的に拘束力を持つべき」と主張している点である。「2020年以降の枠組みに法的拘束力を持たせる」というのと「2020年以降の枠組みにおける緩和コミットメントに法的拘束力を持たせる」というのはイコールではない。前者の場合、目標を提出すること、レビューを受けること等、プロセスに法的拘束力を持たせる一方、目標達成そのものには拘束力を持たせない設計が可能だ。しかし後者の場合、目標達成に法的拘束力がかかると解釈するのが自然だろう。これは欧州委員会が「緩和コミットメントに国際的に法的拘束力(binding at international level)を持たないことを主張する国々は、それ以外のアプローチで、締約国の強い政治的意思表明、官民プレーヤーへの予見可能性と確実性、国内の政治変化に対する持続可能性を確保できるのか示すべきだ」と述べていることからも明らかだ。

 しかし、これは次期枠組みへの参加が不可欠な米国にとっては「アウト」である。米国が条約を批准するためには上院の3分の2の承認が必要だ。米国が京都議定書から離脱する背景となった1997年のバード・ヘーゲル決議は未だに有効だ。加えてオバマ政権の温暖化政策に批判的な共和党が上下両院の過半数を制している状況では、新たな議定書の批准の可能性は限りなくゼロに近い。このため、オバマ政権としては「パリCOPでの合意は、目標の提出やレビュー等、プロセス面での法的拘束力はあるが、目標は自主的なものであり、米議会が既に批准した気候変動枠組条約の枠内の単独行政協定」というロジックで議会の批准手続きをパスしたいと考えている。このこと自体、共和党からは「オバマ政権は米国の産業、国民生活に多大な影響を与える政策において議会をスキップしようとしている」と批判されているのだが。仮にパリ議定書上、米国の目標(2025年までに2005年比26-28%減)が国際的に法的拘束力を持つことになれば、同議定書は米議会の批准を要し、それはそのまま、「米国の参加しない議定書」を意味する。法的拘束力ある議定書ができても、米国が参加しないのでは、京都議定書の二の舞にほかならず、何の意味もないだろう。

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青写真の意図

 このようなことに百戦錬磨の欧州委員会の交渉担当者が気づかないわけはない。ではなぜ青写真に含まれているのか?考えられる理由は「アリバイ作り」である。即ち、欧州委員会としては、全球6割削減目標も、法的拘束力ある緩和目標も合意の見込みがないことは百も承知だが、環境先進国EUを対外的にプレーアップするためには、あえて主張しておいた方が良いという考え方である。最終合意には残らないだろうが、EUが環境面でより厳格な枠組みを提案したという事実は残る。それを拒否したのは米国であり、中国であってEUは「不本意だが、国際合意に達するために、我々の提案を取り下げた」と言っておけば良い。そう考えれば、この時点でEUがフィージビリティを度外視してこうした提案をしていることも驚くにはあたらない。もちろん、環境NGOはこの2点が入らないことに大いに不満を表明するだろうが、「欧州のパリで行うCOP21の合意が壊れても良いのか」と言われれば、矛を収めざるを得ないだろう。鳴物入りで開催したコペンハーゲンのCOP15の悪夢は繰り返したくないはずだからだ。

 恐らく、次期枠組みの中で欧州委員会が本気で確保したいと思っているのは、目標達成を評価するための計測ルールの厳格化と、野心のレベルを引き上げるためのメカニズムをビルトインすることとであろう。特に前者については、欧州が重視する炭素市場の国際的拡散の面からも重要な意味合いを持つ。

40%削減目標とLULUCF

 ところで、「青写真」の中には「2030年までに90年比で少なくとも40%以上削減」という目標が入っているのだが、よく読むと「binding, economy-wide reduction target, covering all sectors and all sources of emissions, including agriculture, forestry and other land uses, of at least 40% domestic reductions in emissions by 2030 compared to 1990 」と書いてあり、LULUCF(注:Land Use Land Use Change and Forestryの略称。土地利用、土地利用変化、森林管理等、温室効果ガスの吸収源を指す)が算入されている。昨年10月に合意された2030年気候変動エネルギーパッケージでは「binding EU target of an at least 40% domestic reduction in greenhouse gas emissions compared to 1990」というもっと曖昧な表現だった。2030年目標は、2020年目標を倍増したものとしてプレゼンされているのであるが、問題は、「90年20%削減」という2020年目標の中にはLULUCFが含まれていないということだ。EUのLULUCFの吸収量は90年比4%程度と見込まれており、正確に言えば、「2020年までに90年比で20%削減」に対応する数値は「2030年までに90年比で少なくとも36%削減」ということになる。欧州の温室効果ガス排出量はユーロ危機による経済低迷を背景に、足元で低下している。昨年1月、欧州委員会が40%削減目標を提案するに当たって「現在の施策を延長するだけで2030年に90年比32%削減になる」と見通しており、90年比36%減は自然体と大差ないことになる。

http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52014DC0015&from=EN

 この点については、環境関連シンクタンクが早速気づくところとなり、Ecofys やポツダム気候研究所(PIK)等が連名で出した”Has the EU Commission weakened its climate proposal? Possibly” と題する論考は「LULUCFを含まない2020年20%目標とLULUCFを含む2030年40%目標を比較するのは林檎とオレンジを比較するようなもの。『少なくとも40%』が目標なのだから、LULUCF分は40%の上乗せ分としてカウントすべき」と指摘している。

http://climateactiontracker.org/news/187/Has-the-EU-Commission-weakened-its-climate-proposal-Possibly.html

 こうした数字の議論を聞いていると、かつて私が交渉官を務めていたAWG-KP(注:Ad-hoc Working Group on Kyoto Protocolの略称。京都議定書第2約束期間における附属書Ⅰ国の削減義務を交渉するための特別作業部会)を思い出す。あの時も「この数字にメカニズムを含むのか、吸収源を含むのか」といった議論が百出していた。数値目標を好む欧州の環境関係者が京都議定書的発想からなかなか抜け出せないのも当たり前なのかもしれない。

 これは欧州委員会提案なので、最終的には欧州議会、欧州理事会での決定が必要だが、「40%削減」については昨年10月に決着しており、EUとしては2015年第1四半期中に約束草案を提出したいであろうから、春までには大きな波乱もなく、決定されると思われる。EUは目標とパリ議定書への提案を手にして交渉に臨むこととなり、パリCOPに向けた外交戦がいよいよ活発になるだろう。

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