オバマ政権の環境・エネルギー政策(その18)

ケリーによる2度目の法案提出


環境政策アナリスト

印刷用ページ

 2010年になってケリー上院議員は、独立系リーバーマン議員、共和党グラハム議員と共同で上記同様の気候変動法案の上程に動いた(American Power Act)。温暖化ガスの削減目標はケリー・ボクサー法案と似た内容となっている。キャップ&トレードの開始を2013年とし、2020年削減目標は2005年に比して17%と、ケリー・ボクサー法案の20%を下院のワックスマン・マーキー法案の目標に戻した。その後の目標は同じである。さらに年間20万トンまでのオフセットの導入、コスト安定化のためのボローイング/バンキング、12ドルと25ドルの幅のプライスカラーシステムなどはほぼ同様である。
 ただ、異なるのはケリー・ボクサー法案で不人気であった原子力発電の扱いである。融資保証(loan guarantee)をそれまでの3倍に増加に、規制リスク保険を2倍に引き上げた。石油生産については大陸棚開発の促進、CCS(炭素回収・貯蔵)技術への財政的支援も盛り込まれている。これら措置を盛り込むため共和党グラハム上院議員が ケリー・リーバーマンと一緒に法案上程に動いたと見られる。そして彼は同法案の中に原子力への支援を入れることで上院共和党内の支援を拡大しようと努力をした。しかし、途中で彼は法案の共同提出者?になるのを辞退し、2010年5月に正式発表時には彼の姿はなかった。理由は、彼は共和党には珍しく不法入国者に対する寛容な対応を主張するが、民主党がアリゾナ州における不法入国者問題強化法案を議会内の審議を強行したこと反対して気候変動法案への支持を取り下げた。まったく異なる案件で支持を取りやめるというディールは米国政治ではよくあることだが、この影響は大きかったと考える。これで共和党の共同提出者をなくすことで超党派法案ではなくなり、議会の通過を一層困難にさせた。結局ケリー・リーバーマン法案は審議されず、そのまま廃案になった。その後リーバーマン上院議員も2010年中間選挙に出馬せず、引退をし、気候変動法案に長く心血を注いできた重要な中心人物を失い、上院内の気候変動対策法制化のモーメンタムを失った。
 米国は今後の気候変動対策法制化においてキャップ&トレードは重要な構成要素になっていた。前述の通り、米国ではSOx排出量削減を図るため1995年以来、キャップ&トレードが導入されている。これについては取引市場も機能し、成功を収めていると評価されている。しかし、SOxの限定された措置と、経済全体への影響を考慮しなければならないCO2などの温室効果ガスでは性格が異なるという理解は、少なくとも一部の人にはあったはずである。課税という選択はないとする政治状況の中で、次善の策としてキャップ&トレードを提案せざるをえないというのが法案支持者の偽らざるところで、気候変動対策法制推進派はキャップ&トレードで国民的コンセンサスを求めようとしたわけである。
 しかし、その頃、リーマンショックの影響が広く国民を覆いつつある中、キャップ&トレードは「キャップ&タックス」であるという意見広告が盛んに流布された。すなわち、反キャップ&トレードキャンペーンは、キャップ&トレードは形を変えた新たな税金であると指摘して、他国に雇用を奪われる結果を導き出すだけのものというイメージを一般国民に植えつけることに成功した。その後、キャップ&トレードをベースにした法案はまったく姿を見せなくなった。
 2010年12月にカンクンで開催されたCOP16であるが、日本が京都議定書第二約束期間をコミットしないことを明確にしたという意味で記憶に残るCOPであった。また、一方で長期資金を呼び寄せる「グリーン気候基金」の設立、南北の技術移転を促進する「技術メカニズム」の創設に前進をしたCOPであったが、米国は国内の法制化を事実上断念しており、直前の11月に行われた中間選挙においても与党民主党が下院で敗北、上院でも後退し、米国の関与は停滞気味であったし、米国内におけるCOPの報道も限定されたものだった。

問題を投げかけたマサチューセッツ州裁判と環境保護庁による規制の動き

 米国におけるキャップ&トレードにかかわる周辺動向もみてみよう。
 2007年4月にマサチューセッツ州が環境保護庁を訴えた訴訟に最高裁判決が下された。最高裁は大気浄化法によりCO2を汚染物質と認め、それを規制する責任は環境保護庁が持つと認める判決を下したのだ。これは行政府による温室効果ガス規制の可能性を示唆するものとなった。
 CO2を汚染物質とみなすこの判決内容には、たいへん奇異な印象を受けるだろう。原告は当初環境保護派および数州で構成されていたが、「訴えの利益」をマサチューセッツ州の「温暖化により水面が上がることで州土が減る」という準主権的(quasi-sovereign)利益のみに与えた。この判決に対し、ブッシュ政権は環境保護庁にCO2を規制する権限を与えないと言明。最高裁判決と真っ向からチャレンジする姿勢を示した。しかしオバマ大統領は環境保護庁の権限を拡大することに対しては意欲的だ。例えば、カリフォルニア州が持っている自動車燃費規制を容認するよう環境保護庁に指示している。それが、カリスマ・ブラウナー大統領補佐官、実務派ジャクソン環境保護庁長官およびその後任のマッカーシー氏の指名に現れている。
 しかし大気浄化法は硫黄酸化物(SOx)についてのみキャップ&トレードの規制を認めるものだ。大気浄化法を改定してCO2という文言を加えない限り、現行の大気浄化法では二酸化炭素をキャップ&トレードの対象にすることはできない。この判決に従う限り、キャップ&トレードではなく、直接的な規制手段しか使えない。
 直接的な規制を行うにしても、今度は国家環境大気質基準(NAAQS)の制定が必要となる。ここで、二酸化炭素濃度を何%にするかなどをまず決めなければならない。以前、環境保護庁にインタビューした際、「それは気が遠くなるような作業だ」と述べている。環境保護庁は、この訴訟では環境保護庁は二酸化炭素を規制できないと主張しており、もし、環境保護庁が二酸化炭素の規制を行うとすると環境保護庁が有している権限を大きく超えることになる。議会でも気候変動対策;」法制は、環境・公共事業委員会のほか、農業委員会、外交委員会、商業・科学・運輸委員会、財政委員会と多岐にわたる。これに相当する行政府の担当官庁との間の調整をしなければならないと考えると、大変困難な仕事となるだろう。しかし、オバマ大統領は就任から18カ月以内に法案が成立しなければ、環境保護庁に二酸化炭素規制を検討させると発言しており、それを具体化させる方向にオバマ大統領は舵を切った。
 上記の上院の気候変動法案の頓挫の後、2011年・2012年は環境保護庁の下記の各種規制が矢継ぎ早に出されている。

地表オゾン濃度に関する最終規制(2011年7月、産業界等からの反対で9月廃案)
汚染物質最大削減達成可能管理技術(Maximum Achievable Control Technology : MACT)
ボイラー・焼却炉から排出される水銀・重金属などの有害大気汚染物質を規制(2010年12月最終版発表、2011年12月改訂版発表)
水銀他大気有害物質基準(Mercury and Air Toxics Standards : MATS)
石炭・石油火力発電所から排出される水銀およびその他の有害物質を規制(2012年2月最終版発表)
州横断型大気汚染規制(Cross-State Air Pollution Rule: CSAPR)
(隣接している州でオゾンや微粒子公害を引き起こす元となっている発電所からの大気汚染物質排出を大幅に減らすこと、汚染源を持つ当該州に義務付けるもの。CSAPRは、2011年7月最終規則を発表したが、ワシントンDC巡回控訴裁判所で本規定は環境保護庁の権限を超えて州に対して州が持つべき貢献以上の計画を強要したとして2012年8月無効化した。環境保護庁は最高裁に上告し、結果が注目されている。)

 こうした動きの次に出てきたのが、温室効果ガス排出規制(Tailoring rule)である。本格的にオバマ大統領はキャップ&トレードによる法案が廃案になったことを受け、環境保護庁の規制権限を用いた温室効果ガスの排出規制に乗り出したものである。これまで燃費効率基準を厳しくする規制はオバマ大統領のもとすでに出されていたが、ここでは規制対象施設に、入手可能な最適技術(best available technology)を適用することを義務付け、温室効果ガスの排出削減を狙っている。規制の施行は第一段階2011年1月からすでに操業許可を得ていても年間温室効果ガス排出量が75,000トン以上の排出増加をもたらす固定発生源を対象、第二段階2012年7月からは年間10万トン排出増加をもたらす固定発生源を規制対象に含むこととした。2013年から2016年を第三段階などと性急なスケジュールとなっていたが、環境保護庁はマサチューセッツ州vs環境保護庁最高裁判決に起因する権限としている

矢継ぎ早に規制を繰り出す環境保護庁ジャクソン長官 後任マッカーシー長官任命滞る

環境保護庁による発電所排出規制~天然ガスコンバインドガス火力を想定

 上記環境保護庁による温室効果ガス排出規制に基づき、2012年3月新設石炭火力への二酸化炭素原単位規制が発表された。大気汚染浄化法で言うNew Source Performance Standard(NSPS)を環境保護庁はそれまでも何度か定義してきたが、これが曖昧であると電力会社からの訴訟を受けることになり、これまでほとんどNSPSを具体化することに成功してこなかった。こういう過去に鑑みて、今回は環境保護庁は原単位を示した。最終ルールはまだ示されていないが、現行提案(2012年4月)は1ポンドCO2/kWh(453g/kWh)という数字である。これは天然ガスコンバインドガス火力の原単位と同じである。これまで環境保護庁は技術を明示することはしてこなかった。今回は技術を明示しないものの数値によって技術を事実上指定するという考え方を出してきた。また、当面は石炭火力も認めるもののCCS(炭素回収・貯蔵)取り付けを前提とするとしている。こうした規制は、シェールガス革命で一層促進が想定される天然ガス火力を事実上促進することになる。2013年4月規制を最終決定する予定であったが、延期された後、パブコメを受けて一部変更されて9月最終案が発表された。大規模新設石炭火力の排出制限を1ポンドCO2/kWh、小規模新設石炭火力を1.1ポンドCO2/kWhとした点程度の違いで大きな変更はない。
 さて環境保護庁が矢継ぎ早に出してきた上記の各種規制に対して議会(特に共和党)は対抗措置をとろうとしている。議会は、そもそも環境保護庁の規制権限自体を制約する法案を提出した。(下院では4月に法案成立、上院では不成立)。背景にある産業界ロビーの動きをみる。もともと東部の電力会社は石炭から天然ガスへのシフトを指向しており、経済性の観点から燃料転換(老朽石炭火力の退役、天然ガス新設または焚き増し)が市場ベースで進むようであればそれほどの大きな影響もないかも知れないが、石炭火力のオプションを捨てたくない電力会社(AEP、サザンカンパニー、ミッドアメリカン)は強く抵抗し、天然ガスを指向する クリーンエナジーグループ(PG&E, PSEG, Exelonなど)と対立し、エジソン電気協会は調整に苦慮することになっている。石炭系のACCCE(American Coalition for Clean Coal Electricity)などのロビー団体は猛反発し、このまま環境保護庁の打ち出した規制案が最終案になるようだと訴訟が多発するのは必至である。民間からの批判の中には、石炭火力についてはCCSを設置することを要求することに対して、CCSはまだ現状存在しない技術を前提とした規制であると猛反発をしている。

記事全文(PDF)