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電力会社、国民の負担を最小限にする配慮も

原子力規制委員会の在り方への提言


国際環境経済研究所前所長


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月刊エネルギーフォーラム2013年8月号(No.704)からの転載)

 原子力規制委員会は安全性の確保を任務とし、電力需給や国民経済には関知していない。しかし、行政機関である限り事業者や国民の負担を最小限にすることも任務のひとつだ。原子力発電所の再稼働ではスピード感と合理性を伴った審査を行うべきだろう。

「再稼働の申請」とは?

 新規制基準の施行に伴って、電力各社から「再稼働の申請」が行われたと報じられた。しかし、実際には「再稼働の申請」という法的手続きはない。今回の手続きは、新規制基準に各原発が適合しているかどうかについて、各社が炉規制法上の設置変更許可・工事計画認可・保安規定認可を求めるものであり、その点は誤解がないようにしたい。というのも、「再稼働の申請」というと、今回再稼働し始める原発が、今後定期検査ごとに再稼働する際にいちいち原子力規制委員会(以下「規制委員会」)の許認可を必要とするかのように誤解されてしまうからだ。新規制基準に新たな知見による変更が加えられなければ、定期検査後の再稼働に際して今回のような手続きは不要なのである。
 新規制基準施行よりも前から動いていた大飯原発3、4号機については「新規制施行前から稼働中のプラント」として、事業者が「新規制基準をどの程度満たしているのか把握するための確認作業を、新規制基準の内容が固まった段階で速やかに開始することとし」(原子力規制委員会年次報告)、問題がないと判断されたことから特例的に運転継続が認められている。であれば、他のプラントでも既に新規制基準施行前に再稼働させておけば、規制委員会による確認作業を経て問題がないと判断されたら、運転継続が認められていたはずだったということになる。すると、大飯原発の審査方法を特例ではなく、他のプラントにも適用できる一般原則にすることがなぜ不可能なのか判然としない。
 大飯原発はたまたま旧規制下で運転が認められてきたために、その法的有効性を経過的に認めただけで、次回の定期検査の後は上記の許認可プロセスを経ることが必要としたのだと規制委員会は反論するだろう。しかし、少なくともこの特例的なプロセスで稼働中のプラントの安全確認はできるということを規制委員会自ら証明してしまったのは事実だ。したがって、今後新たなバックフィット事項が生じても、こうした基準適合審査プロセスを基本とし、設置変更許可等の許認可については不要又は最小限にとどめることが可能だということになる。炉規制法(第43条の3の23)は「基準に適合していないと認めるとき」、規制委員会は「必要な措置を命じることができる」と規定しているのみであり、設置変更許可等の許認可手続きに入る前に、規制委員会が基準に適合しているかどうかの実態を確認することが前提とされている。この点から見ても、大飯原発の例を特例ではなく、基本原則とすることは法的にも可能なのだ。
 規制委員会は、安全性の確保だけが自分たちの任務であり、電力需給や経済的な問題については関知しないとの立場を取ってきた。しかし、事業者は電力の供給責任という法的義務を満たすべく原発を運転しているのであり、また規制基準の変更があるたびに資金流出を伴う設備投資を行って対応するわけだから、規制委員会は可能な限り体制を整備し、スピード感と合理性を伴った審査を行う努力をすることは行政機関として当然だ。「安全性はすべてに優先する」ということと、「だからその他の事情は何も考慮しない」ということとは同義ではない。そもそも行政機関である限り、所管法律の施行に当たっては、許認可事業者(ライセンシー)や国民の負担を最小限にとどめることもその任務の一つだという認識がなければならない。規制委員会は学会ではないのだ。

規制プロセスを巡る混乱

 規制プロセスの予測可能性、これが重要だ。予測可能性がなければ、ライセンシーとしては何をどのタイミングでどこまで対応すればよいのか分からず、無駄な作業が発生したり、作業不足が後づけで指摘されたために時間のロスが生じたりすることになる。さらに、規制委員会の正式なプロセスによって決定された結論なのか、あるいは非公式な見解表明なのかが明確でなければ、ライセンシーは右往左往することになる。こうした規制プロセスを巡る混乱は、国民に対して原発に対する不信をあおることになり、規制委員会のそもそもの任務に背馳する。
 その例として第一に挙げられるのが、先にも触れた炉規制法のバックフィット条項に関する基準適合確認プロセスのあいまいさだ。手続きをきちんと政省令に委任していない炉規制法自体の問題でもあるのだが、今回のプロセスは当初田中規制委員長私案(3月19日「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案)」)として提示され、それが委員会で了承されたことにはなっている(これも6月4日に国会に提出された規制委員会の年次報告で、その事実が確認された)が、現在に至るまで正式に文書化されているわけではない。原子力規制庁が運用指針を示しているがそれ自体法的根拠は明確ではなく、本来はそうしたものも含めて規制委員会規則として決定すべきものである。また、原子力施設の規制が達成を目指す「安全目標」という重大な項目についても、最終的にどういう内容を含んだどういう文書がどういう位置づけとして決まったのかが正確に把握できる状態にはなっていない。一般的な行政機関での文書取扱い基準に照らしてみれば、重大な瑕疵があると言えよう。
 このように行政的に極めて不適切な状態は看過できない。内外の一般市民が日本の原子力安全規制がどのような手続きで行われているのか調べようとした場合、それが国民の生命財産に関わる規制であるにもかかわらず、これほど不透明な行政手続きになっているとは思ってもみないだろう。炉規制法の改正を含め、早急な対応が必要である。
 こうした正式な文書化には組織としての意思決定システムが正しく構築されていなければならない。しかし、今の規制委員は個人と組織との峻別ができているのかが疑われるような発言が多い。正式な文書化には無関心である一方、インタビュー等では、規制委員会の正式な審議を経ないうちから、その後の審査や評価に予断を与えるような発言が目立つ。活断層調査や敦賀原発の問題についても様々な例を挙げることはできるが、最近の大きな問題は大間のフルMOXについての田中委員長の発言だ。「そもそもが今の日本が世界でやったことがないようなことをやること自体が、一般論として、私は非常に難しいのではないでしょうかということは申し上げられると思うので、これはあくまで私の今の個人的な考えです。」
 大間原発を建設中のJパワーは上場会社であり、株主は大きな影響を受け、資金調達にも跳ね返る。組織としての規制委員会は原発の安全だけを考え、事業者の経営や経済については考えないのだということは、その法的な所掌事務から説くことはできても、委員長が個人で発言することもそうだとは言えない。むしろ委員長であるがゆえに、今後の正式な審議プロセスを経てでなければ言えないことを軽々に発言することの影響度を推し量るべきだ。委員長職には、自らの権限の大きさとバランスするような謙抑的な姿勢が求められるのだ。



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