MENUMENU

真の原子力再生に必要なことは何か?

(上)栄光の日々と混迷の日々


組織論リサーチャー


印刷用ページ

組織的学習こそがコア

 この姿を集約したものが下図1だ。この中で経営や価値観、環境という要素は歴史的・文化的に固有の条件だから、組織の本質的学習能力を育て高めるための真に普遍的な要素は、図1の組織的学習の部分に集約されていると言えるであろう。言い換えれば、図1に示した組織的学習のコア要素を健全に保つことこそが、原子力の安全性を保つための組織運営上のポイントだ、という結論が得られたわけである。

プラスが一転マイナスに?
 さて、このような組織運営のあり方は、組織が順調な境遇にあって経営の裕度が確保されている限り素晴らしい強みを発揮する訳だが、往々にして強みの裏返しが弱みであると言われる。具体的には次のような弊害が生じうるのである。
 ◇負荷が不均衡かつ過剰にかかる傾向があり、成員がともすると疲弊しやすい
 ◇内向きの閉鎖性があり、人材の流動性/多様性を保つことが難しい
 ◇暗黙知/経験知/自発性を尊ぶ反面、合理性や透明性/説明責任が軽視されやすい
 ◇漸進的改善を慫慂する反面、本質に迫り見直すような発想を拒みがち

 ソクラテスメソッド自体は普遍的な有効性がある。だが、ここで説明した日本的な在りようは明らかに一定の環境条件を前提としているので、それらが崩れると一転して組織にとってのリスク要因になる可能性も有していることに注意が必要だ。このリスクは以下にご紹介する日本の原子力がうまく行かなくなった事例を見て頂ければよりクリアに感じて頂けるだろう。

混迷の日々~後を絶たぬトラブル

 日本経済が『失われた20年』に苦しんでいる間、原子力関係のある企業ではトラブルの繰り返しが悩みの種になっていた。このケースを調べてみると、MC調査で明らかにされたポジティブな原子力の価値観や行動パターンがどのようにネガティブ側へシフトしてしまったのか貴重なヒントが含まれているように思う。そこにどのようなメカニズムが作用していたと考えられるか、筆者の仮説をご紹介したい。

 この企業では、品質マネジメントシステムを精力的に導入して、各種検査・監査など入念なチェックを行うようにしたが、意に反してなかなかトラブルが減らず、経営者がやきもきしているうちにトラブルが短期間のうちに相次いで発生する事態に陥ってしまった。そのため、頻発したトラブルについて、企業風土と意識面に注目して改めて根本原因分析が行われた結果、図2に示すような組織的学習の劣化メカニズムが働いていると考えられるに至ったのである。

 図2に示されているのは、組織が置かれた事業環境や経営のガバナンスといった大きな要因(統制環境)が、MC調査の時とは正反対にシフトすることによって、組織的学習を構成する基本要素(密接な相互作用を繰り返す4つの軸に分類)がダメージを受け、その結果組織の管理行動が機能低下し、最終的に個々のメンバーの内側で安全を蝕む気質や態度をもたらして、全体としての安全文化が劣化してしまうという一体的な構造とメカニズムである。

 特に組織的学習プロセスに注目すると、こうした基本要素がお互いに密接に結びついていることにお気づきになるだろう。例えば当事者同士の人間関係が希薄だということは情報の偏りにつながるし、情報が共有できていなければ自ずと当事者意識も湧かない、当事者意識が湧かなければただでさえステークホルダーの言いなりに振り回される人々は形式的な仕事をこなすことに追われ、組織同士の連携は失われる、そしていよいよ情報は偏るようになる、そういう一連のサイクルがいくつもぐるぐる回って変えようのない強固なパターンとなるのだ。

 組織的学習プロセスの本質がこのように基本的要素の繰り返し・密接な相互作用による自律的なパターン形成にあると考えれば、ひとたび形成され固定化した思考/行動パターンは常に強化され続けるしかなく、生半可なシステム改革や意識改革ではびくともしないということに他ならない。これこそ組織が分かっていても失敗を繰り返す自己増殖的な組織的学習劣化メカニズムの本質だ。そしてそのようなデフレ・スパイラルを変えようとするなら企業やそこで働く人々を包み込んでいる事業環境や経営の健全性、経営者の価値観、世論といったマクロ的な要素に遡って手を打つ必要があることに思い至るであろう。

図2 トラブル発生に至る経路分析

記事全文(PDF)