MENUMENU

書評:「朝日新聞記者が明かす経済ニュースの裏読み・深読み」(原 真人著)


国際環境経済研究所前所長


印刷用ページ

 この本は、朝日新聞経済部で広く産業経済・金融・環境エネルギー問題などを取材してきた原真人現編集委員の手による経済問題の解説だ。著者が旬のトピックを扱ってブログや署名記事を読んでいつも感じることだが、本書も、複雑でかつ多面的な経済問題を、政治や社会の流れを踏まえながら、手際よく解説している。
 加えて、アカデミアやアナリストによる解説と異なる点は、こうした解説が豊富な現場取材によって得た情報によって裏打ちされているため、より立体的かつリアルな迫力を感じることができることだ。さらに、著者の取材は「週刊誌的」関心を向けているのではなく、純粋に政策論の平面でのものであり、被取材者も、それならばということでいろいろ同氏と議論したのだろう。(大手メディアやネット上でさんざん叩かれた)政策当事者たちが実際にはその時何を考えていたか、また何を実現しようとしていたかを公平に捉えて、著者自身の政策的評価とともに記述していることが、より一層この本の価値を高めていると思う。もし、これが政策当事者の個人的功名心や組織的陰謀説のようなものに帰着させるような解説になっていたなら、きっと途中でページを閉じただろう。
 こうした点の一例が、同書103ページからの記述にある「(消費増税の)財務省陰謀説の正体」という項だ。メディアや週刊誌に頻繁に取り上げられた野田首相と財務省とのパイプの太さを揶揄する同説を、財務省の官僚が財政の将来を心配するのは当然であり、むしろ無限の歳出増加要求を持ち込む政治家に対して、財政破綻しないように国民の側に立つ番人の役割を果たしてもいると著者は一蹴する。こうした記述を見れば、著者も財務省に洗脳されているのではないかと批判的に見る人も多いかもしれない。しかし、私自身の役所時代の体験でも、財務省官僚の大半は「増税しても、その増収が発生する年度の歳出要求が飛躍的に大きくなる。それを止めるのは自分たち以外に誰がいるか」「国債発行が増大することを見込んで、歳出要求は増える一方。国債残高の増大を心配する職責を持つのは政府部内に他に誰がいるか」と真面目に財政悪化を心配していた。こうした体験から、財務省や財務省官僚の思考・行動原理については、本書と同感するところが多い。
 このような消費増税やTPP(基本的に賛成)、アベノミクス(基本的に懐疑論)についての政策的評価は、朝日新聞の社論とそれほど乖離しているわけではない。むしろ、一時期論説委員を務めていた著者自身の評価が、朝日新聞全体の社論形成にも影響しているのかもしれない。しかし、社論と際だって異なるのが、環境エネルギー政策についての評価だ。朝日新聞の社論といえば、言わずとしれた脱原発、再生可能エネルギー礼賛、温暖化対策の率先垂範(=京都議定書守れ)などに代表される「環境優先論」だ。環境優先論が出てくると、経済や国民生活への影響などはすべて劣後してしまい、ものの見方のバランスを一挙に失ってしまうのが、同紙の体質的問題点である。
 だからこそ、経済記者としての著者の見方が際立つ。本書第5章「環境とエネルギーの世界攻防戦」では、このタイトル自身が表しているように、イデオロギーや倫理的な側面からだけ環境エネルギー問題を捉える視点では、世界で起こっているリアリスティックな国益を巡る熾烈な争いが見えていないのではないかという問題提起が行われる。温暖化交渉を巡る各国の虚々実々の駆け引きの意味を、朝日新聞全体がこうした視点で捉え直してくれるといいのだが、今のところは本書の存在だけで我慢するしかなさそうだ。
 エネルギー問題については、さすがに「脱原発反対」とまでは踏み込んでいない。しかし、橋下大阪市長の大飯原発再稼働問題についての態度の変遷などのエピソードやドイツなどでの太陽光発電増大の悪影響についての例を引用しつつ、原発再稼働の現実的必要性や再生可能エネルギー導入による膨大なコスト負担が経済に与える影響などを、あぶり出しのように巧みに記述している。
 こうした見方を持つ著者が論説委員だった頃は、環境エネルギー問題についてどう社説を書くか、きっと社内でも相当議論があったのではないだろうか。私の記憶に残っているのは、数年前に書かれた排出量取引制度を含む温暖化対策全体についての社説だ。なぜ記憶に残っているかというと、これほど論旨不明確な社説は見たことなかったからだ(大学入試の問題には不適当だろう)。温暖化対策の強度について、どちら向きで主張しているのかよく分からなかったのである。
 民主党政権下で破壊されてしまった環境エネルギー政策を再構築する局面を迎えた今こそ、こうした朝日新聞になってもらいたいものが、ないものねだりをしても仕方がない。本書が出版されたことに、ひそかに杯を上げて溜飲を下げることにしよう。

『朝日新聞記者が明かす経済ニュースの裏読み深読み』 
著者:原 真人(朝日新聞出版)
ISBN:9784023311916



澤昭裕 ブログの記事一覧