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藤井敏道氏・セメント協会 生産・環境幹事会幹事長/三菱マテリアル株式会社 常務取締役に聞く[前編]

コンクリートが人の命を守る


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授


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放射能問題について隠さず公表する情報発信が大事

――震災直後は情報が混乱しましたが、どのように対処されましたか。

藤井:震災当日の3月11日には、私はベトナムにいました。
ベトナムに私どもが参加している日越合弁のセメント工場があり、その日の深夜に帰国する予定でしたが、震災発生が14時46分で、私にメールが入ったのが14時53分でした。携帯電話に危機管理室から安否確認などの緊急情報が入りました。私は当時、工場から移動中でしたが、そのメールで何が起きたかがだいたいわかりました。震災発生直後、飛行機は成田には飛ばなかったので、深夜便で福岡に飛び、福岡から羽田に帰ってきました。

――震災翌日に帰国されたのですね。

藤井:翌日に帰国し、会社にたどり着いたのが12日の正午頃でした。震災当日は、社長もタイに行っていました。当社で地震対策本部を作り正式に発足したのは12日の14時頃で社長も揃ってスタートしました。そこでは、情報がいかに大切かということを改めて認識しました。情報の手段と情報を一元的に管理する、この2つが大事だと思います。岩手工場などはライフラインがストップしたままでしたから、電源が絶対的に必要でした。セメント工場の場合には、非常用の電源があり、なんとか電気を確保しましたが、もう1つ情報手段として確保したのは、衛星電話でした。電話回線がつながったらパソコンは非常用電源を持っていますので、真っ先にパソコンで連絡が取れるようにしました。

 当社では、情報は大宮に情報センターがあり、そこで一括管理していますが、リスク分散のため兵庫県三田にバックアップのシステムがあります。しかし今回改めて見直すとまだ不十分で、バックアップ・システムをもう一度整備することが必要だと考えています。私どもにはいろいろなセメント工場があり、東北には多くのグループ会社がありますから、それらの情報を地震対策本部で情報を一元管理し、どこでどういうことで今困っているのか、どのように復旧作業が進んでいるかを経営幹部が確認できる体制にしたい。

――政府の情報発信についてどう思いましたか。

藤井:セメント業界が今でも非常に影響を受けている問題として、放射能の問題があります。これについては一業界がこれで安全だと判断できませんし、どういう基準の下でどういうものを守れば安全が確保できるかが明確にはわかりません。やはり国が正しい基準を出すべきで、セメント工場も一部操業を止めて、はっきりした指針が出るまで待っていた経緯もあります。

――指針が出されたのは、原発事故発生後のいつ頃でしたか。

藤井:報道ではさまざまに言われましたが、当初、放射能問題について我々もよくわかりませんでした。しかし、5月の連休中に福島県の一部の下水処理施設で放射性物質を含んだ下水汚泥や焼却灰の問題が出た。我々は何をどうすればよいのか、またセメントの安全は担保できるのかについて何も知見がなかった。政府からの指針が発表されたのが、5月13日だったと思います。一般的には放射線の強度、シーベルトで管理すればいいが、その時に出された通知は、放射能濃度でした。放射能濃度にも放射性物質として扱う必要がないクリアランス・レベルがあるが、放射能濃度をどう測ればいいのかわからず、測定に1週間もかかるため対応にかなり苦慮しました。

 その時に思ったのは、隠してはいけないということです。放射能濃度がどのくらいセメントに含まれているかを公表することが大事だと。当社もそうですが、セメント業界では各社ともホームページで、この時期に製造したセメントの放射能濃度を公表しました。

――オープンにしていくことで国民の信頼が得られるように思います。むしろ隠していると思われると、信頼が根こそぎに崩れる懸念があります。そういう意味でもオープンに迅速に対応されたということですね。

藤井:計画停電でもセメントは下水汚泥などを処理しなくてはいけないし、毎日運転しなくてはならない。放射能問題についての指針が出ましたので、それに基づき、下水汚泥の処理を中断した経緯もありますが、受入れ基準を設けて一定の数値以下であることを確認し、下水汚泥を受け入れ、処理を再開しました。