日本の技術を生かすことが温暖化問題解決のカギになる

関田貴司・日本鉄鋼連盟 環境・エネルギー政策委員会委員長[後編]


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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東日本大震災後、日本政府はエネルギー政策の抜本的な見直しを進めている。表裏一体の地球温暖化問題への対応を含めて、その足元は、いまだ定かではない。日本鉄鋼連盟環境・エネルギー政策委員会委員長を務めるJFEスチールの関田貴司副社長に、日本のあるべきエネルギー論を聞いた。

エネルギー政策は、感情に流されずに冷静な検討が必要

――現在、政府がエネルギー政策の見直しを進めています。これに対して、ご意見を伺えますか。

関田貴司氏(以下敬称略):私どものお客様は広く産業界全般ですから、産業界が競争力を失えば我々も困る。もちろん、我々も競争力を失うわけにはいきません。エネルギー政策の見直しは、我が国の産業、経済の命運を左右するような重要テーマと考えています。時間軸に沿って整理して、感情に流されない議論、冷静な検討が絶対に必要です。

 今の日本は豊かで、電気は当然来るものだという思い込みがあります。その前提を疑わず、短絡的に「原子力発電が悪」、「再生可能エネルギーは善」とするのは、少々楽観過ぎるのではないかと思います。再生可能エネルギーは基幹電源にはなりえない。当面の基幹電力は火力であり、水力であり、原子力です。たとえば太陽光発電は、夜間は発電できません。冷静に議論を進めないと、我々の子孫が困ることになると思います。

――政府に対する要望はありますか。

関田:今、いろいろな制度などを審議する場が出てきていますが、各省庁がばらばらに対応しているように見えることが少し気になります。エネルギー政策は総合的な観点が必要であり、我が国の命運を左右するような問題ですから、実現可能性を踏まえながら、政府全体として、しっかりした現実的なプランを検討していただきたい。もちろん安全性が最優先ですが、感情論や風評で考えられては困ります。私自身は技術屋ですので、技術に基づいた正確な判断をしてもらいたいと思っています。

――再生可能エネルギーについては、どう思いますか。

関田:「環境と経済は両立し、新しいテクノロジーが日本経済を盛り立て、雇用も生み出す」という主張をいろいろな場で聞きます。しかし、たとえば太陽光発電については、日本で使っている太陽光パネルは、2008年まではほとんどすべてが「メイド・イン・ジャパン」でしたが、2009年以降は毎年シェアを下げ、今では中国での生産が主流となっています。少なくとも、太陽光発電の導入を進めれば雇用が生まれ、新産業が育つという見方は結果として偽りがあります。

――日本の「ものづくり産業」はいろいろな課題を抱えていますね。どうしたらいいでしょうか。

関田:技術開発を国として支援するのは有効な手立てですが、もう一方で、ものづくりを巡る事業環境を改善することが重要です。日本は法人税が高いうえ、諸外国に比べると突出して高い二酸化炭素(CO2)の削減目標を掲げています。行き過ぎた円高とTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)構想への消極論も問題です。こうした条件が整わないと、ものづくり産業は海外に移転せざるをえません。空洞化が不可避だと言われる所以です。

 そこまで全体を俯瞰した施策でないと、環境と経済の両立した施策だとは言えないと思います。これは、いろいろな場で申し上げてきました。絵に描いた餅ならまだしも、絵に描いた餅にも全然なっていないということが現実には起こっています。

関田貴司(せきた・たかし)氏。1975年に川崎製鉄(現在のJFEスチール)に入社。水島製鉄所管理部長、常務執行役員、専務執行役員などを経て、2011年4月に執行役員副社長スチール研究所長に就任、現在に至る。日本鉄鋼連盟では、環境・エネルギー政策委員会委員長として鉄鋼業界をリードする

「三丁目の夕日」の時代に戻れるのか? 間違った電車に乗ってはいけない。

――地球温暖化問題を巡る現在の中期目標は業界にとって大きな負担になっていますか。

関田:鉄鋼業界は、ずいぶん前から反対してきました。というのも、現在掲げている中期目標は現実離れしていると感じているからです。自民党政権では2005年比で15%削減を目標としていました。麻生政権時に審議会で議論させていただきましたが、そのときでさえ、最後に削減目標が上乗せされ、相当大変だと思いました。

 2011年の「第17回気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)」で、政府は現実を見据えた対応をしましたが、鳩山由紀夫元首相が宣言した25%排出削減については、どうやって達成するのかというシナリオはきちんと描かれたことがありません。こうした主張をする人は、「三丁目の夕日」の時代の生活に戻ることを望んでいるのかと考えてしまいます。

――映画の「三丁目の夕日」は昭和30年代前半を描いた作品でしたね。

関田:そのころのエネルギー消費レベルまで戻るのであれば実現できるでしょう。あの映画は、家庭に電気冷蔵庫がなく、テレビもやっと来た時代を描いています。省エネ技術も進んでいますから、すべてが当時のままではないでしょう。しかし、あの時代を懐かしむのはともかく、そこに理想を求める国は世界のなかにありませんよ。

――つまり、温室効果ガスの25%削減は、現実味がない目標だということでしょうか。

関田:数字の内訳が明らかにされていませんよね。どういう生活になるのか、どういう社会になるのか。私はちょうど、「三丁目の夕日」の時代に小学生でした。当時のことは、よく覚えています。我が家にもテレビはありませんでした。クルマもほとんど走っていない時代でした。電話もほとんど使われておらず、お隣に借りに行った時代でした。

――そこまでライフスタイルが逆行してしまうことは、さすがにだれも希望していないでしょうね。

関田:おそらく、そうしたことまで考えが及んでいないのでしょう。厳しい目標さえ課しておけば、それをクリアするテクノロジーが開発されるという無責任な主張もありますが、それはいつできるのかということが問題になります。目標年が2020年だとすればあと8年しかないわけです。非常に具体性や現実性に欠ける話だと思います。

 エネルギー政策と地球温暖化対策は表裏一体のテーマです。東日本大震災を経て、国家のエネルギー政策の抜本的見直しを余儀なくされている今、温暖化対策の目標については、現実的な見直しが早急になされるべきでしょう。

――革新技術が温暖化問題への対応に大きく寄与するとは思いますが、将来、どれだけ技術開発が進むのかは確かにわかりませんね。

関田:地球温暖化問題では、もう一つ大きな課題があります。地球規模で論じなくてはならないということです。日本が排出するCO2は世界に占める割合として4%弱にすぎません。

 2010年のCOP16では、当時の松本龍環境大臣が国際社会に向けて、「日本や一部の国だけが削減義務を負った京都議定書ではなく、すべての主要国が参加する枠組みでなければまったく意味がない」と主張されました。よく「日本がリーダーシップを示すべき」と言う人がいますが、日本が25%という高い削減目標を掲げれば、諸外国が後からついて来るという話ではありません。そんなことで国益のかかった問題を判断する国はないでしょう。

 中国をはじめとする新興国諸国の排出量は増える一方です。ですから、すべての主要国が参加しない、実効性のない仕組みに乗るわけにはいきません。COP16以来、政府がそのような立場を一貫して維持したことが、全ての国が参加する枠組みに向けた交渉をスタートさせるというCOP17の成果につながったと思います。2010年のCOP16開催前に、ある会議に参加しましたが、感情的と言いますか、ムードに流された人たちから、日本は国際社会の流れに乗り遅れると指弾されました。しかし、私は、「間違った電車に乗ってはいけない」と反論させていただきました。

――間違った電車に乗ったら、目的地には辿りつけないと。

関田:その通りです、私たちの子供や孫、さらにはその先の世代に迷惑かけることになる。では、どんな取り組みを行えばいいのか。日本はこれだけの技術力を持っているわけですから、いろいろな仕組みを使い、世界に省エネ技術を供与して、地球規模でCO2を削減して温暖化防止に貢献していくことが重要です。いわゆるエコソリューションを提供していくべきでしょう。排出権取引のようなマネーゲームではなく、技術による、地道だが確実な排出削減が実効性のある温暖化対策だと思っています。

日本の鉄鋼業界が推進する「三つのエコ」

――我が国は、どのように強みを発揮していったらよいのでしょうか。

関田:鉄鋼連盟は、鉄鋼業での「三つのエコ」を提唱しています。

 一つは「エコプロセス」です。これは、鉄をつくる際のエネルギー効率を向上することです。日本の鉄鋼業の省エネ技術は世界で最も優れています。鉄をつくる際に発生するCO2は、中国は日本の1.2倍もあります。生産体制の最適化と操業設備・技術の改善、先進技術の導入により、鋼材生産のエネルギー効率を向上し、CO2削減をめざすのが「エコプロセス」です。

 もう一つは「エコプロダクト」です。鉄鋼製品はどれも同じと思っている方が一般的だと思いますが、そうではありません。高機能鋼材の供給を通じて消費者が最終製品を使用する段階で省エネを促進することを「エコプロダクト」と呼んでいます。

――使用する鉄製品によって、省エネの度合いが変わるということでしょうか?

関田:自動車を例にあげると、自動車の軽量化によって燃費向上を実現し、走行時のCO2排出削減に寄与する鋼材があります。自動車の強度を維持・向上させながら車体を軽くするために「ハイテン」と呼ばれる高張力鋼が使用されていますが、これは日本鉄鋼業が大きな競争力を有する商品分野です。ほかにも、最近普及の進むハイブリッドカーや電気自動車の分野で、燃費向上、高出力化、小型軽量化に貢献している電磁鋼板なども代表的な例です。

 2010年度における鉄連加盟各社の高機能鋼材(船舶、変圧器、自動車、発電用ボイラーなど)が使用段階で削減したCO2は、国内で使用された鋼材の効果だけで909万t、輸出品が1130万t、合計で2000万t程度と試算されています。

 三つ目は先ほども少し触れた「エコソリューション」です。世界最高水準の日本の省エネ技術を世界に普及させ、地球規模でのCO2削減のためのソリューションを提供することです。世界鉄鋼協会やGSEP(エネルギー効率に関するグローバルパートナーシップ)、日中鉄鋼業環境保全省エネ先進技術交流会など、国際的な協力体制の構築に積極的に参加し、地球規模での排出削減に貢献しています。

――日本の鉄鋼業界による「三つのエコ」の結果、どの程度のCO2削減を実現できているのでしょうか。

関田:日本エネルギー経済研究所の試算によると、鉄連全体で、2010年度における「三つのエコ」によるCO2削減効果は年間7800万tにのぼります。これは、1990年度の鉄鋼業の総排出量の約39%、我が国の総排出量の約6%に相当します。鉄鋼業の持つ技術の削減ポテンシャルの大きさを示すものです。

日本の鉄鋼業の取り組みによる2010年度のCO2削減効果は「エコプロセス」が1800万t、「エコプロダクト」が2000万t、「エコソリューション」が4000万tで、合計で7800万tに達する(出典:日本鉄鋼連盟のホームページ)

CO2排出をさらに30%削減できる技術を2050年までに実用化する

――将来に向けて、CO2排出量をさらに減らすためには、どのような方法があるのでしょうか。

関田:世界最高のエネルギー効率を誇っていると偉そうにしていてはいけません。次に向けた努力も当然行っています。将来に向けて、「COURSE50」というロングスパンの革新的製鉄プロセス技術開発を推進しています。CO2の排出抑制とCO2の分離・回収によって、トータルのCO2排出量を約30%削減する技術を開発する計画です。

 具体的には、2030年頃までに技術を確立し、2050年までに実用化・普及することを目指しています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発プロジェクトの「環境調和型製鉄プロセス技術開発」として正式に採択されており、2008年にステップ1がスタートしています。そのほかにも、「第三の原料」と我々は呼んでいますが、「フェローコークス」という原料を使うことによって高炉における反応効率を上げる技術開発も行っています。

 日本鉄鋼連盟と加盟各社は、今後も、地球規模の大幅なCO2削減に全力をあげて取り組むつもりです。

「COURSE50」の概要。2050年までにCO2排出量を30%削減することを目指している(出典:日本鉄鋼連盟)

 「三丁目の夕日の時代に戻れますか?」と問われて、一瞬「えっ」と言葉に詰まりました。具体的な生活のイメージとして、そんなに前の時代に戻るような中期目標だという認識はなかったからです。「ものづくり・技術立国としての日本の立ち位置をはっきりさせ、温室効果ガスの削減目標数値ではなく、技術で世界に貢献していくべきだ」と関田さん。今後、中国をはじめとする新興国の経済成長で世界の鉄鋼需要は大幅な増加が見込まれており、日本のエネルギー効率技術がますます必要とされる時代になりそうです。日本の技術へのこだわりに、関田さんご自身が長年技術者として日本の鉄鋼業に携わってきた誇りと自信を感じました。

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