日本経済が再び世界をリードするために[前編]

~エネルギーの安定供給と経済性の視点を外さないでほしい~


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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電力不足の懸念が続くなか日本経済が東日本大震災をどう乗り越えていくのか――。先が見えない不透明な状況に不安を抱く人は少なくない。最大の課題となっている、原子力政策を含めた環境・エネルギー問題への対処法を日本経済団体連合会の井手明彦資源・エネルギー対策委員長(三菱マテリアル会長)に聞いた。

――日本経団連は今年7月、エネルギー政策に関する第1次提言を発表しました。この基本的な考え方を教えてください。

井手明彦氏(以下敬称略):東京電力の福島第一原子力発電所事故の影響の大きさを考えると、旧来のエネルギー基本計画に盛り込まれた原子力計画は当然見直しを余儀なくされるでしょう。これによる供給力の不足は、化石燃料、再生可能エネルギー、省エネルギーによって補わなければなりません。

一方、準国産エネルギーである原子力の果たす役割は引き続き重要で、着実に推進していく必要があると考えています。もちろん、安全性を確保し、地元住民をはじめ国民の理解を十分に得ることが大前提です。そのためにも、福島の事故原因の究明と安全対策の実施が、早期に、そして徹底的に行われることを期待しています。

――中長期的視野に立つと、エネルギーの新たなベストミックスの検討が必要であると提言されています。具体的にはどういうことでしょうか。

井手:今後、エネルギーのベストミックスを検討する際には、各エネルギーの長所と短所、技術革新の動向などを、現実的、客観的に分析すべきです。そのうえで、安定供給や経済性など国内で実現すべき目標が何かを考え、開かれた国民的な議論を行う。実現性やコスト負担のあり方などについて十分に検証することなく、政治的な数値目標を安易に掲げるべきではありません。政府が「エネルギー・環境会議」のなかに設置した「コスト等検証委員会」には、国民的な議論のベースとなるデータの提供を期待したいと思います。

 ただし、エネルギーのベストミックスについて議論する際には、2020~30年を意識した中長期的な視点に立ち、エネルギーの「安定供給」「経済性」「環境配慮」のいわゆる3E間の優先順位を、大震災後の状況を踏まえて見直すべきと考えます。近年、わが国のエネルギー政策は地球温暖化防止に大きく軸足を置いてきました。しかし、国民生活を向上させつつ、産業の空洞化を防ぎながら安定的な成長を続けるためには、もちろん安全性が大前提ですが、これまでよりも、国内におけるエネルギーの安定供給や経済性に力点を置いた政策が求められるのではないでしょうか。

井手明彦(いであきひこ)氏。1965年に三菱金属鉱業(現在の三菱マテリアル)入社。常務、副社長を経て、2004年6月に社長就任。2010年6月から現職。社団法人セメント協会会長、日本鉱業協会会長を歴任し、2010年から日本経済団体連合会評議会副議長を務める

エネルギー・ベストミックス推進の4つのポイント

――原子力は近年、地球温暖化対策のベース電源として注目されていました。福島第一原発の事故により世論を含め状況が変わっています。

井手: 原子力を活用していくうえでは、国民や国際社会の信頼回復が最優先課題だと思います。東日本大震災を踏まえた事故の再発防止策の徹底と、安全基準の抜本的見直しを含めた安全性向上にかかる不断の取り組みが必要です。あわせて、自治体や住民の意向を十分に踏まえた情報開示のあり方についても再検討すべきです。わが国の英知を結集し、最高水準の安全性を備えた原子力の実現に取り組む必要があると思います。

――再び評価が高まっている化石燃料についてはどうお考えでしょうか。

井手:化石燃料では、安定調達・供給と高効率利用に向けたさまざまな取り組みが求められています。官民協力による上流権益の確保や、燃料源の多様化、調達先の分散化が必要です。資源国や資源メジャーに対して価格交渉をもつための国内体制の整備も検討すべきです。さらに、火力発電の高効率化やCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の実用化をはじめとする研究開発の強化も欠かせません。

――原発事故以降、再生可能エネルギーが脚光を浴びていますが、普及のためには何が必要ですか。

井手:再生可能エネルギーは、エネルギー自給率向上や地球温暖化対策等の観点から重要です。しかし、普及させるには高コスト問題の解決が不可欠です。まず、費用対効果や物理的な制約を踏まえ、わが国がどの程度導入できるか客観的な分析を実施する。そのうえで、わが国の自然環境に相応しい現実的な導入計画を策定していく必要があると思います。その際、高価格・低効率の機器の普及を急ぐのではなく、研究開発や設備投資の支援、事業者間の競争によるイノベーションを通じた高効率化、低コスト化をまず図るべきでしょう。一方、地熱発電や風力発電については、立地規制の思い切った緩和なども不可欠と考えます。

――日本は省エネが進んでいるといわれますが、この分野でも、さらに努力する必要がありますね。

井手:省エネは、化石燃料の活用や再生可能エネルギーの普及促進に並ぶ大きな項目だと思います。これまでと同様、ユーザーによる主体的な取り組みを後押しする観点から、引き続き、電力の使用状況の見える化や省エネ機器の導入促進、設備投資への政策支援、研究開発の重点化を図るとともに、国民運動として、ライフスタイルとワークスタイルの見直しを進めるべきと思います。

松本真由美 国際環境経済研究所主席研究員

再生可能エネルギーの全量買取制度はベストな選択か?

――再生可能エネルギーの導入促進では、全量買取制度を導入するための『電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法』が8月26日に成立し、来年の7月1日に施行されます。政府に対して何か要望はありますか。

井手:今後の我が国のエネルギー政策を考えるうえで、経団連としても、再生可能エネルギーの普及・拡大は不可欠であると認識しています。しかし、再生可能エネルギーといっても多種多様なエネルギーの形態があり、また、技術開発の段階もまちまちです。今回導入される固定価格買取制度は、エネルギー基本計画の改定にあわせて見直されることになっています。その際に、今の制度が望ましいのか、個々のエネルギー源に応じた適切な普及策があるのかも含めて再検討すべきだと考えています。

――来年の法律施行に向けて、買取価格や買取期間に関するさまざまな議論が展開されています。

井手:買取価格や買取期間は、今後、エネルギー源ごとに決められることとなっていますが、エネルギー源の多様性や経済性を踏まえた検討を期待しています。また、今回の固定価格買取制度では、買取費用の回収策として、各電力事業者がサーチャージ(賦課金)を請求できるとなっています。一方で、電力の購入費用が売上高に占める割合が大きい事業については、事業所ごとに減免措置を行うことも決定されています。現在の経済環境を考慮し、個々の事業の実情や制度全体の公平性の確保の観点から、減免措置の柔軟な運用を強くお願いしたいと思います。

――大きな負担になる事業者への考慮をしてほしいということですね。

井手:そうです。長い目で見れば、再生可能エネルギーを増やしていくことは正しい選択でしょう。しかし、この5年、10年で急速に普及させるという話になると、再生可能エネルギーには、まだまだ課題があります。国民生活に直結する最大の課題は高コストであることです。

「再生可能エネルギー買取制度は、経済環境を考慮し、柔軟に運用してほしい」と語る井手氏

我が国のリスクの全体像が国民に伝わっていない

――東日本大震災では、原発事故対応やエネルギー問題など、政府の情報発信に批判が集まりました。

井手:今回の東日本大震災は、歴史的な大地震と大津波、加えて複数の原子炉の重大事故が重なるという、まさに未曾有の事態でした。初期の対応については、情報が不足したり遅れたりすることも、ある程度はやむを得なかったと思います。初期の政府の情報発信に問題があったかどうかは、事実関係についての公式の報告を待っての判断になろうかと思います。

 ただ、菅政権の末期になると、情報発信のあり方の本質的な部分でいくつか気になることがありました。その一つが、発信される情報が政府内で共有されていなかったことです。原発の再起動に関する経産相と首相のやりとりは、国民の不安をいたずらに増すだけであり、わが国に対する国際的な不信を招きかねないものでした。

 もう一つは、この大震災を契機に顕在化しつつある我が国のリスクの全体像が、国民に正しく伝わっていないのではないかとの懸念です。その結果として、日本が抱えるリスクの総量をいかに最小化するかという議論がまったく活発化していません。原発対反原発、原子力対再生可能エネルギーのような、いわゆる二項対立関係に問題を単純化し、非常事態で不安感が高まっている国民感情を政権延命に利用しようとの思惑があったのかもしれません。

――国民の関心が、たとえば放射能の問題など、実生活に影響のある部分に集中するのはやむを得ないことと思います。

井手:原子炉事故による放射能汚染の問題は、被災地の方々だけでなく、日本にとって第一に考えるべき問題であることに間違いはありません。しかし、残念ながらわが国が対応しなければならない課題は、これだけではないのです。電力の安定供給の見込みはまったく立っておらず、来年の夏は今年の夏以上の電力不足が予想されています。

 今回の震災は、わが国の企業や製品をサプライチェーンに組み込むことのリスクを顕在化させてしまいました。また、復興には巨額の費用がかかりますし、当面の電力確保のためにも追加の費用が必要です。こうした問題もあわせて考えていかないと、産業の空洞化や失業率の増加、エネルギーコストの上昇など、さまざまな形で国民生活が脅かされることになります。

――そのような情報を認識したり、議論したりする場がないように思います。解決策はあるのでしょうか。

井手:国民生活を脅かす様々なリスクや、それが顕在化しつつある状況について国民が正しく認識し、リスクを最小化する手段を議論できるような環境が必要ではないかと思います。この点では、唐突に脱原発の一点のみを掲げ、その影響を国民に正しく伝えることもしなかった菅政権のようなことがないことを期待したいと思います。

 もちろん、国任せにするのではなく企業からの情報発信も重要です。東日本大震災では、現場の情報が不足しているなかで、国民やマスコミが明快な説明を求めるケースが多々ありました。しかし、状況が見通せないなかで、企業として責任ある発信をすることは非常に難しく、常に大きな課題となっています。経営者が直接、マスコミに実情を説明する、あるいは、全体像を示してリスクの所在と現在の対応や効果を説明するなど、国民の納得を少しでも得られる努力は必要だと思います。
(次回につづく)

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