スコープ3の次を狙う新たな環境ビジネス「E-ledgers/ E-liability」


素材メーカー(環境・CSR担当)

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日本以外の先進各国では青息吐息のスコープ3

自社のみならずサプライチェーン全体のCO2排出量を把握する「スコープ3」の構造的な限界について、筆者はIEEI上で繰り返し指摘してきました。改めて、スコープ3が抱える解決不可能な課題を整理します。

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実測は永遠に不可能。
推計の元となる「排出係数」「原単位」が、同じ品目であっても国やデータベースによって桁が違うほど異なる。
国際的に統一された算定手法など存在しない。使用する係数が各社でバラバラのため、ESG評価や企業間比較にはまったく使えない。
係数は毎年更新されない。品目によっては15年前、20年前の古い係数をそのまま使用することになる。したがって、企業が帳簿上の数値を削減するためには、「活動量」、すなわち事業活動やビジネスを縮小するほかない。
推計値では具体的な削減目標が立てられない。CO2削減施策による効果測定もできない。

2020年頃から世界的にスコープ3の算定・開示ブームが起きましたが、2025年以降、日本を除く先進各国においてスコープ3の機運は一気にしぼみました。まず、米国証券取引委員会(SEC)が米国内企業に対してスコープ3の開示義務化を盛り込んだ気候開示規則法案が廃止となりました。続いて欧州でも、サステナビリティ開示指令の対象が売上高や組織の規模で上位1割程度の巨大企業のみとなり、かつデューデリジェンスの対象範囲もTier1サプライヤーに限定されるなど、相次ぐ緩和によって事実上の骨抜きとなりました。

他方、日本においては、金融庁ならびにサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の主導により、上場企業に対してスコープ3の開示が義務付けられました。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の要請を真面目に受けてスコープ3へ盲目的に取り組んでいるのは我が国だけとなり、欧米から完全にハシゴを外された状態と言えます。

何度でも繰り返しますが、グローバルに広がるサプライチェーンCO2排出量を実測するのは不可能です。このため、企業は業界平均などによる推計値(二次データ)を当てはめて辻褄を合わせる、いわば「作文」を強いられてきました。こうした算定方法に対して、世界中から「信頼性がない」「二重計上だ」「CO2削減効果が見えない」といった批判が相次ぎ、現在に至ります。

しかし、ここで「やはり無理があった」「管理できる自社排出(スコープ1・2)の削減に集中しよう」とならないのが、昨今の環境ビジネスのしたたかなところです。スコープ3の次を見計らったかのように、今、世界で新たな炭素会計が動き出しています。

それが、ハーバード大学やオックスフォード大学の教授らが設立したE-ledgers Institute(イー・レジャーズ・インスティテュート)が提唱する「E-ledgers(環境元帳)」、あるいは「E-liability(環境債務)」です。ハーバード大のカプラン教授らはE-liabilityを “the first rigorous approach to ESG reporting”(ESG報告に対する初の厳密なアプローチ)と位置付けています。

今後、コンサルティングファームや金融機関などESGの専門家によるE-ledgers/E-liability普及に向けた解説や、新たな環境規制として企業の危機感を煽る報道(今度はE-ledgersだ!てーへんだてーへんだ!バスに乗り遅れるな!)がたくさん出てきそうなので、IEEI読者向けに先んじてご紹介しておきます。今後3回に分けて、E-ledgers Instituteの公開資料や学術界での議論を踏まえ、E-ledgersの設計思想と実務上の課題、そして日本企業がどう向き合うべきかについて考察します。

「全サプライヤーによるスコープ1の積み上げ」をめざすE-ledgers

E-ledgers Instituteは、GHGプロトコルが策定したスコープ3の問題点を①時代遅れの統計や推計値への過度な依存、②サプライチェーン内での重複計上、③サプライチェーン内で過去(自社よりも上流)と未来(自社よりも下流)を混在して計上、と指摘しています(これらは筆者も大いに賛同します。特に③は目から鱗でした。ご指摘のとおり!)。

そこでE-ledgersでは、財務会計における『複式簿記』の仕組みやブロックチェーンなどの情報技術を組み合わせ、サプライチェーン上の直接排出量実績を積み上げることが企図されています。

企業が原材料を仕入れる際、その原材料に「これまで排出されたCO2の量(環境債務)」が記載された電子伝票(e-ledger)を、サプライヤーから顧客へ引き渡します。受け取った企業は、自社で製造・加工する際に発生した直接排出量を足し合わせ、完成した製品を次の顧客へ販売する際に環境債務として引き渡します。これを最終消費者に至るまで数珠繋ぎに繰り返す、というシステムです。

この仕組みは、財務会計における「仕入価格」の考え方によく似ています。例えば、メーカーが部品を仕入れる価格には、その部品メーカーだけでなく、さらに上流の原材料メーカーや素材メーカーや輸送業者が生み出した付加価値も含まれています。E-ledgersでは、この「価値」を「炭素排出量」に置き換えます。つまり、製品には上流で発生したCO₂排出量が「環境元帳」として引き継がれ、自社で発生した直接排出量(スコープ1)を加算して、次の取引先へ受け渡していくという考え方です。

カプラン教授らは、この仕組みによって企業が財務諸表と同じように、正確(accurate)、適時(timely)、比較可能(comparable)、監査可能(auditable)な環境元帳を作成できる、と主張しています。

つまり、財務会計では「お金」がサプライチェーンを流れるように、E-liabilityでは「炭素情報」がサプライチェーンを流れることになります。財務会計と同様にサプライチェーン全体へ炭素情報が受け渡されるため、スコープ3のような推計値中心の算定から脱却できると考えているようです。

また、サプライチェーン上の各企業に対して炭素重量に応じた税金(つまり炭素税)が課されると同時に製品価格へも転嫁されていきます。そして、製品の総炭素費用を最終消費者が支払うことになっています。この炭素価格積み上げによって最終消費者がより安価な低炭素製品を選択するため、川下の大企業から上流のサプライヤーへと炭素排出量の算定やCO2削減対策要請が強まっていく、という美しい脱炭素圧力の連鎖が期待されています。

E-ledgers Instituteとは別に、BlackRock、ExxonMobil、BASF、三井物産などが参加して設立されたCarbon Measures Coalitionでも、この製品単位での炭素会計を実証する取り組みが始まっています。つまり、E-ledgersは単なる大学研究ではなく、金融機関や事業会社を巻き込んだ実証段階へ移りつつあります。

このように、E-ledgersはスコープ3の問題点を解決しようとする提案のように見えます。しかし、その理念と実務との間にはなお大きな隔たりがあります。次回は、E-ledgersが抱える構造的な欠陥とその実効性について検証します。